あぁ、この醜い毎日が嫌い。

この醜い生き物が大嫌い。

この醜い世界が嫌い。



人々の生み出す心の闇は、世界が平和になればなるほど膨大になっていった。



もっと富が欲しい、名誉が欲しい。

不老長寿の命が欲しい・・・。



人は欲望のために争いをした。



深い、深い心の闇を宿して







LEAD OF THE DRAGON―0―【ゼロ】







「フェーンフィートさん!」

金髪の髪をした小さな少年がフェーンフィートと呼ばれる女性に近づいていった。

手にはバケツを2つほど持っている。

「あら、アルミオンファラール。水汲みご苦労様!」

赤みがかった銀色の髪を揺らしてフェーンフィートはしゃがみ、アルミオンファラールと同じ目の高さにあわせた。

「フェーンフィートさん、これからどこか行くの?」

アルミオンファラールがそうきくと

「そうよーん。フィーナレンスに魔術を教えてあげようと思ってね。南のほうの海岸に」

「え、フィーナレンスに!?いいなぁ。僕にも教えて!」

「いいわよ。水汲みが終わったら海岸にいらっしゃい」

フェーンフィートがそう言うなりアルミオンファラールは空のバケツを振り回し、川のほうへ駆けていった。

その後姿を微笑ましく見たあと、フェーンフィートは南の海岸へと向かった。赤い翼を広げて、大きな空を飛んで。



着いたときには既にフィーナレンスがそこに待っていた。アルミオンファラール同様にまだ幼いドラゴンだ。

波の音のみがするその海岸でその子は一人で魔術の練習をしている。

手を前に突き出し、ブツブツと呪文を呟いて炎を呼び出そうとしてるがどうにもうまくいかないらしい。焚き火ほどの炎も出ていない。

「ちっちっちっ。フィーナレンス、呪文の発音がちょっと違うわねー。最後の音をもう少し高くして」

ぬっとフィーナレンスの前に現れ、人差し指をフィーナレンスの顔の前で振る。

急に目の前にフェーンフィートが現れたことで驚いたようだが、すぐにフィーナレンスの表情は柔らかいものへかわった。

「フェーンフィートさん・・・。さっきからうまくできなくて・・・」

「焦ることはないわよー。フィーナレンスはまだまだ若いんだし」

「でも、フェーンフィートさんは昔から魔術レベルがすごかったってフェネックバルトさんからきいた」

フィーナレンスの無表情が心なしか暗くなった。

「私だって昔からすごかったわけじゃないわよー。フィーナレンスのようにいっぱい練習したんだから!あら、もしかして私って天才に見えちゃってたの?」

やだーと軽口を叩きながらフェーンフィートは炎の術の構えをとる。先ほどのフィーナレンスの術だ。

瞬きもせずに見つめるフィーナレンス。フェーンフィートが詰まることもなく呪文を唱え

「ファイアストーム!」

と叫ぶと同時、彼女の手からは想像もできないほどの炎があふれ出し、海のほうへ向かって大爆発を起こした。その大爆発を唖然と見つめるフィーナレンス。

「フィーナレンスも呪文をもちょっと綺麗に唱えて、自身の魔力をあげていけば私よりもすごい炎が出せるわよ」

何事もなかったかのようなフェーンフィートの姿にフィーナレンスは羨望を感じた。

強い魔術、強くて優しい性格、そして美しいその姿。どれも憧れるものをフェーンフィートは持っていた。

「さ、フィーナレンス。やってみて」

フェーンフィートに促されるままに、フィーナレンスは戸惑い気味に魔術の構えを取り、言われたとおりに呪文の発音を注意して「ファイアストーム」と唱えると

ぼっ

フィーナレンスの身長ほどの真っ赤な炎が手から飛び出した。それは儚くもすぐ消えてしまったが。

「よしよし。後は練習あるのみね」

にっこりとフェーンフィートが微笑む。

「大丈夫。フィーナレンスは黒竜だもん。私より黒魔術の才能はあるわ」

と、そのとき

「フェーンフィートさーん!」

どこからか声がしたかと思うとぶわっと木の葉が舞って小さな風が起こった。そしてそこには白竜アルミオンファラールの姿が。

「神様がお呼びになってる。大至急だって」

「大至急・・・何の御用かしら」

不思議に思いながらもフェーンフィートは赤竜の姿へと化し、

「私は今から神殿に行ってくるわ。気をつけて村まで帰るのよ」

神の神殿へと飛び立ってしまった。ばさばさと翼を揺らすたびに、辺りの木々が擦れる音がする。

アルミオンファラールとフィーナレンスはその赤竜の姿が見えなくなるまでじっと見つめていた。



残されたフィーナレンスは踵をかえして再び魔術の練習をし始めた。

「フィーナレンス、熱心だね」

その様子をアルミオンファラールはしゃがんで傍観している。フィーナレンスはアルミオンファラールの言葉には耳も傾けず、ひたすらにブツブツと呟いている。

「今そんなにがんばる必要なんてあるの?」

その言葉にぴくりと反応したフィーナレンスは、呪文の手を止めてじろりとアルミオンファラールを睨んだ。

「うるさい。貴様には関係ない」

「いくらフェーンフィートさんのようになろうと思っても僕たちは経験も力もないんだし・・・。何より、そんなにも疲れてちゃできるものもできなくなるよ」

アルミオンファラールのいうとおり、フィーナレンスの顔色はもう青白くなっていた。魔力の使いすぎだ。

「今日のところは一緒に帰ろうよ。フェネックバルトさんも心配するよ」

そろそろ暗くなってくるし、と言われるとフィーナレンスは渋々と練習を中断し、アルミオンファラールと共に集落のほうへ帰ることにした。





村はなぜかしんと静まりかえっていた。フィーナレンスもアルミオンファラールも妙に感じながらさっさとフェネックバルトの家へ入っていく。

きぃ・・・

小さく音をたてて扉が開く。それに気づいた二人の親代わりのフェネックバルトは

「あ・・・おかえりなさい」

と迎えてくれた。元気がないのは言うまでもない。

「フェネックバルトさん、何かあったの?」

居心地の悪い空間に耐え切れないのかアルミオンファラールが尋ねると



「えぇ・・・。フェーンフィートがテスタルトへ行くのよ」



どうにか聞き取れるくらいの大きさでフェネックバルトが声に出した。

「勇者の使者として・・・」