フェーンフィートが話している一方でラフィスはフェネックバルトとアルミオンファラールと一緒にいた。
というもの、二人は話をききたいといってるからダイニングでお茶でも飲みながらテスタルトの話をしているわけである。
ラクシアスランドのお茶というものはラフィスの口には合わなかったが。
「で、ラフィスさんから見てフェーンフィートってどんなかんじ?」
フェネックバルトは尋ねた。
どんな感じといわれても・・・。
「変わった女だ」
ラフィスは率直に答えた。
「ラフィスさんはフェーンフィートさんが突然来て、何の不思議も思わずについていったんですか?」
今度はアルミオンファラールの質問。
「そんなわけはない。始めはもちろん断ったが、魔物に襲われたときにフェーンフィートに助けられてそれからあいつの話を信じるようになったんだ」
でなければ、どうしてあんな悪い説明で納得できようか。
アルミオンファラールは、想像つくよといいながら笑っている。ラフィスからしたら笑いごとではない。
「じゃあ、この旅が終わったらラフィスさんはどうするの?」
不意のフェネックバルトの質問だった。ラフィスの動きが止まる。
(この戦いが終わったら・・・)
何をするかなんて全く考えていなかった。この旅の終わりなんて想像していなかった。短い時間ではあるが、ゆっくりと当たり前になりつつある今の時間。
また道場に戻って斧術の師範代をしようか。この世界を見て回るのも面白いかもしれない。
いや、それよりも終わらせることができるのか?生きてかえることはできるのだろうか・・・。
(あいつは――・・・)
「ラフィスさん?」
フェネックバルトが不安そうに声をかけると、ラフィスがはっとなる。
フェネックバルトもアルミオンファラールもラフィスを見ていた。
「まだ・・・よくわかっていない。まだこの旅の終わりというものが予想できない」
彼は正直に答えた。
「ラフィスさん」
フェネックバルトが優しい声をかける。
「この集落の人たちは、本当はあなたに感謝しているの。この世界の希望だと思ってる。こんなことを押し付けてしまって申し訳ないとも思ってる。
今は興味の目線であなたを見てしまっている人も多いと思うけど。あなたは一人で戦っているわけじゃないわ。
私たちはあなたの味方だし、テスタルトでも貴方達を理解してくれている人もいるわ」
フェネックバルトはラフィスの銀色に光る腕輪に目をやる。
「それに、何よりもあなたにはフェーンフィートもついている。彼女、随分とあなたのことを気に入ってるみたいだからきっと一番のサポーターになってくれるわ」
ラフィスは口を噤んだ。
何を言おうか迷い、数秒間の沈黙のあと静かに
「あぁ。」
といった。
なんだかその真面目で重い空気に居た堪れなくなり、ラフィスは急に席を立った。
「ちょっと外の空気を吸ってくる」
それだけ言うと、さっさと外へ出て行ってしまった。
飛び出してきたのはいいものの、この周辺の地理なんてさっぱりわからない。
家のあたりを回ったらすぐに帰ろうと思っていた。
そのときに、ちょうど見覚えのある少女が歩いてきていた。
(あれは確か・・・)
フィーナレンスドラゴン。
声をかける用もなく、フィーナレンスもこちらを気にとめている様子もない。
彼女の横を通りすぎようとすれ違ったときに
「テスタルトと、フェーンフィートさんのことを頼んだ」
フィーナレンスの声がした。
ラフィスは振り返ることも、足をとめることもせず、しかし彼女に声が届く程度の大きさで
「あぁ」と短く答えた。
そして彼女は何事もなかったかのように、フェネックバルトの家へと帰っていった。
ラフィスも、また何事もないように家の周辺にある川辺へ足を向けていた。
そこには、川の近くの岩の上に座り込み夜空を眺めるフェーンフィートの後姿。
夢中で上を見上げている。
ラフィスは背後から声をかけた。
「おい」
フェーンフィートは驚いて振り返る。
「ら、ラフィス!!」
びっくりしたぁ、と胸を押さえるフェーンフィート。よほど驚いたのだろう、挙動不審な動きをしている。
「こんなところでどうしたの?」
「・・・散歩だ」
そういってラフィスも空を眺める。テスタルトとはまた違った表情の夜空。キラキラと美しい星が輝いている。
あたりに聴こえる川のせせらぎも心地よい。
フェーンフィートは再び、視線を川面にうつす。岩の上で足をブラブラして、子供のような仕草だ。
ラフィスは立ったままフェーンフィートの頭を見下ろした。
「お前は、この旅が終わったらどうする?」
「旅が終わったら・・・」
視線はそのままに、彼女は呟く。
しばらくの沈黙が続く。水の流れる音だけが二人の間で流れる。
フェーンフィートがゆっくりと口を開いた。
「まず、ラクシアスランドに帰って・・・皆に吉報を知らせて、喜んで貰って。
フィーナレンスとアルミオンファラールに魔法教えてあげて・・・リースナージョ達の成長を見守ったら隠居したほうがいいのかしらね。
でも、テスタルトの冒険もしてみたい・・・」
フェーンフィートの声が途中で止まった。ラフィスは不審に思い、ちらりと彼女に目をやると顔を伏せたまま。
彼女の口から言葉の代わりに嗚咽がもれた。
「本当は・・・ちょっとさみしい」
ラフィスは黙ってきいていた。
「ラフィスと出会って、テスタルトを旅して、この世界の美しさとか醜さが全部わかった。それを全てひっくるめて大好きになった。
だから、この世界を守りたい。命をかけてでも。もう命を捨てる覚悟なんてできてる。でも・・・まだちょっと寂しいかな」
幼い竜たちにはいえない。自分を尊敬していることがわかっているから。あの子たちには、こんな弱い姿は見せられない。
友人のフェネックバルトにも見せたことはなかった。
本当の自分を隠して隠して、強気に見せて、実際に心が弱かったのは私なのかもしれない。フェーンフィートは思った。
ラフィスは、自分の羽織っていたマントをフェーンフィートの頭にかけた。
顔まですべて覆われている。
彼は静かに彼女の横に座った。
「好きなだけ泣け。別に死を恐れることは恥じゃない」
「ラフィスって何歳なのよー。実は私より年上じゃないの?」
マントのせいでくぐもって聞こえるがしっかりとフェーンフィートの声。
「・・・一万歳の人間がどこにいる」
「ラフィスは怖くないの?」
そういわれて数秒考えるラフィス。
「怖くないといえば嘘になる。でも、オレはお前の実力のことも知っている。人の憎悪が闇となるというのなら
その希望もまたオレたちの力になる。そうだろう」
フェーンフィートは、黙ったまま。ただ、マントが少し揺れた。
それをみたラフィスは徐に立ち上がり、フェーンフィートに背を向けた。彼女は見ているわけではないが、きっと気配でわかっているだろう。
「オレは先に帰ってる」
彼がそういったあと、彼女の耳に石を踏む音が響く。それは少しずつ遠くなっていく。
じゃり、と数歩進んで音が止まる。
「大丈夫だ」
再び彼の声。先ほどよりは遠くに聞こえるが、彼女の耳には届いていた。
「お前は死なせない」
それだけ言うと、また石を踏む音が聞こえて最後にはしんとしたせせらぎだけの世界になってしまった。
「ばーか。気が済むまで一緒にいるとかしなさいよ。乙女心がわからない奴ね」
フェーンフィートは静かに言った。そうして、彼が残していったマントの裾を握り締めた。
(嘘。ありがとう)
彼女は瞳をゆっくりと閉じた。
(それは私のセリフだけどね)
翌朝、ラフィスが起きた時にはダイニングには角が頭に生えた妙な女の子がいた。
初めてここにきたときに出会った少年・・・ディアに似ている。ということはこの子もペガサスなのだろうと連想した。
女の子はラフィスを、マジマジと鑑定するように下から上まで見つめる。
「おぬしがラフィスか」
妙なしゃべり方だ。この妙な島でも異質な感じがする。それを気にも留めず、少女はしゃべり続けた。
「ほう、なかなか立派なものじゃな。フィーナレンスやアルミオンファラールやディアが話していたが、ふむ」
なんという上から目線。ラフィスは訝しげに少女を見る。すると、それに気づいた少女が
「おぉ、自己紹介がまだじゃったな。わらわの名前はリースナージョペガサスじゃ」
といった。あぁ、と軽く返事をするラフィス。
奥からガチャと扉の開く音がし、振り返るとフェーンフィートが出てきたところだった。
「あ、ラフィスにリースナージョ!おはよう。二人とも仲よさそうね?」
笑顔を二人にむけた。
「これがそんな様子にみえるか?」
ラフィスは呆れ混じりのため息をついた。
「フェーンフィートさん。今日出発をきいて、二人をお見送りにきたんじゃ」
リースナージョはフェーンフィートに駆け寄った。
「ありがとう、リースナージョ」
彼女が笑顔で、礼をいうとリースナージョは嬉しそうに笑った。
リースナージョやフェネックバルトに挨拶をして、二人が向ったのは神のいるという神殿。
斧がそろそろ出来上がっている頃だろう。
向う途中の山道で、フェーンフィートが思い出したように話し始めた。
「ラフィス、昨日はありがとうね」
「・・・なんのことだ」
ラフィスは変わらずそっけない言葉。そんな彼にずいっと差し出したのは昨日借りていた彼のマント。
「・・・マントのことよ」
彼女はいたずらっぽく笑ってマントを彼に押し付け、軽い足取りでどんどん神殿に向って歩いていった。
長い回廊を抜けて、聖堂にいくと昨日と同じように神様がそこで二人を待っていた。
『お待たせしました』
神様が光輝く斧をラフィスに差し出す。元通り、白銀に輝く斧の姿があった。
ラフィスは両手でそれを受け取り、深く礼をした。
「ありがとうございます」
それをいつもと同じように背中に装備する。
神様が今度はフェーンフィートに目を向けた。
『昨日と比べていい表情になりましたね』
「え、そうですか?」
フェーンフィートは、首をかしげた。
『はい。頼もしい限りです』
神様の言葉にフェーンフィートはラフィスの方を見、笑った。
「・・・神様」
先ほどとは打って異なり、彼女は急に真面目な表情となった。
「ラフィスにマドラージェの試練をさせてもよろしいでしょうか?」
彼女の言葉に、神は言葉をなくした。
「マドラージェ遺跡は私達神族でさえ、危険な場所。・・・でもラフィスなら」
なおの食い下がりと彼女の必死さに、神はゆっくりと縦に頷いた。
一方のラフィスは話が分からずに二人の顔を見比べているだけなのだが。
フェーンフィートが軽く礼をした。
ラフィスに向って頷くと、二人は聖堂から退出した。
そんな二人の後ろ姿を見送って神は独り言のように
『いってらっしゃい』
と呟いた。
――あなたたちのことですから、きっと試練から無事帰還しいい報告をきかせてくれることでしょう――
神は振り返り、部屋の中央になる水晶に目を向けた。
「これから、テスタルトとラクシアスランドの中間点マドラージェ遺跡に行くわ」
「マドラージェ?」
ラフィスがオウム返しに尋ねる。
「そう、己の力を最大限にまで引き出すことができる試練。ただし、失敗したら・・・」
彼女は徐々に言葉を濁していった。言いたいことは大体わかる。
ラフィスはあぁ、と頷いた。
「行くぞ。そのマドラージェ遺跡に」
その一言にフェーンフィートは安心し、力強く頷いた。
二人は飛び立てるような空き地を目指して走り始めた。
ここの林を抜けていけばすぐあるはずだ。
と、ラフィスの足が途中で止まった。今まさに通りすぎた木の影でなにやら気配がしたからだ。
フェーンフィートはそんなことには目もくれず、さっさと先を突っ走っている。
その気配の主は・・・。
「いよいよ行っちゃうんですね」
木の幹を背に、大人びた落ち着いた声の少年――いや、これでもラフィスよりも年上なのだろうけども――アルミオンファラールがいた。
蒼眼がまっすぐにラフィスを見上げている。
「がんばってください。あなたほどの人ならきっとできるはずです。テスタルトのためにも、ラクシアスランドのためにも、それと・・・」
「ラフィス!何してるのー!?」
背後にラフィスがいないことに気づいたフェーンフィートが数十メートル先から叫び声を上げた。
あぁ、とアルミオンファラールの様子に気をかけながらもラフィスはその先の言葉を聞けないまま彼女の元へと走っていった。
アルミオンはその背中を見送りながら、微笑んでいた。
「なんだかあの2匹の竜は変わっているな」
フェーンフィートに追いついたラフィスは、走りながら彼女に言う。
「え?フィーナレンスとアルミオンファラールのこと?まぁね。将来大物になるわよ!」
彼女はにやりと笑った。
木が茂っていた彼らの視界が開けてきた。
ここから目指すのはマドラージェ遺跡。
赤いドラゴンは翼を大きく羽ばたかせ、孤高の遺跡へと向った。