彼らが降り立ったのは、まさにポツンと島の真ん中に遺跡があるだけの島だった。
他には何もない。生き物がいるのかさえ、わからない。
冷たい空気が島を取り囲んでいるだけだ。
ラクシアスランドを離れてから結構時間がたったように思えるけど、それは急かす気持ちがそう感じさせたのだろう。
実際の距離としては、あまり離れているわけではない。
「テスタルトが魔物に襲われていないか心配だ。さっさと終わらせて戻ろう」
ラフィスは、気負うことなく遺跡に足を運んだ。
(さっきいった意味、本当にわかってるのかしら)
フェーンフィートは苦笑した。失敗したら還ってこれないかもしれないのに。
二人は遺跡の中へと入っていった。
石でできた通路を抜け、広いホールへたどりついたとき二人の前の空気が一瞬歪んだ。
そこに現れたのは、ここの主―――。ゆらゆらと宙に浮いている。
ラフィスは警戒し、斧を手にしたが相手に殺気が感じられないと分かるとその手の力をゆるめた。
「ラフィス、こいつがここの番人よ」
「こいつ呼ばわりとは、なかなかひどいな。フェーンフィート」
布で覆われたその姿は見ることはできない。ただ、人間とも神族とも違う、精霊のような気をまとった奴であった。
顔は見れないが、その視線はラフィスに向いているような気がする。
「こいつは・・・人間か」
「そう。ラフィスは神に選ばれたダークヴォルマを倒す人間よ。ここで力を最大限に解放させたいの」
フェーンフィートがそう言い切ると、番人は唸り声をあげた。
「・・・このような、人間に果たして我が試練を耐えられるのか?神族でさえ、命を落とした奴は数しれん。
ましてや人間なんて前代未聞だ。」
「耐えてみせる」
ラフィスは睨むような眼差しを番人に向けた。その気迫に番人は言葉を詰まらせる。
数秒間の沈黙の末、番人は正面にある扉を開いた。
「覚悟はいいんだな?」
念を押す主に、ラフィスは黙って頷いた。
「ならば、この奥に進むがいい。」
布に覆われたその姿は煙のように、ふわりと消えていった。
ラフィスは斧を握り、意識を集中させて奥の部屋へと歩いて行く。
(ラフィス、あんたならきっと・・・)
フェーンフィートは、その彼の後ろ姿を扉がしまるまで見送った。いや、扉が閉まったあともその一点だけを見つめていた。
ラフィスが目にしたのは、真っ暗な場所。
地に足が着いている感じがしないが、浮いている感覚でもない。不思議な感じだ。
その暗闇の中から、突如ラフィスの腕に激痛が襲い掛かる。
見れば、えぐるような傷あとと滴る血。
(いつの間に・・・!)
ラフィスは、舌打ちして斧を構えて正体不明の敵に神経を集中させた。
しかし、いくら集中しても殺気が感じられないどころか暗闇が広がるばかりで何もわからない。
ザシュッ
今度は彼の右足に切り裂いたような痛み。
腕、腿、腹、肩・・・四方八方からの予測不能な攻撃にラフィスは、防御する術を知らなかった。
じわじわと痛めつけられるように、切り刻まれていく。
次第に息が乱れ、出血の多さから眩暈もし、片膝をついた。
焦る気持ちだけが逸る。
『どうだ、この恐怖。絶対的な壁の違い・・・』
彼の頭の中で何者かの声が響く。
「絶対的な、壁・・・だと?姿も見せないくせに何を・・・」
ラフィスは呼吸を整えながら言う。
『それが壁だ。姿を隠してなんかいない。私の姿が早すぎてお前の目に捉えられぬだけ』
嘲笑が彼の頭の中で駆け巡る。
(早すぎて・・・?)
確かに彼の目では、何も捉えることはできなかった。これが、絶対的な格差だというのだろうか。
『どうだ、この恐怖。死んでいくしかない己の運命・・・』
ラフィスは、呼吸を整え終わったのか再び立ち上がり綺麗なフォームで斧を構えなおした。
「そんな運命、この暗闇ごとぶち壊してやる」
ラフィスは瞳を閉じて、再び全神経を己の斧に集中させた。
手を傷つけられても、わき腹に血が滲もうともぴくりとも動かない。
と、次の瞬間彼の瞳は開かれ、斧を刃を自分の足元へとつきたてた。斧から光があふれ出す。
「はぁああッ!!!」
衝撃波が、彼を中心とした円状に広がり暗闇の世界が粉々に砕け散っていった。
パァンと世界がはじけ、気がついたときにはラフィスは自分が入っていった扉の前に立っていた。
ラフィスは何が起こったかわからず、辺りを見回した。石でできた遺跡のホール。そして目の前にいるのは唖然とラフィスを見つめるフェーンフィート。
つまりは戻ってきたということか。
「ラフィス、お帰りー!!」
フェーンフィートは満面の笑みで彼にかけよった。
そんな彼女の横に、ふわりと例のマドラージェの主が再び姿を現した。
「恐怖に臆することなく、冷静な判断と貫き通す意志・・・。ふむ、いい人材がこの世界にいたものだな」
主はラフィスをみて静かに言った。
どうやら修行は成功みたいだ。特に何も強くなった気はしないのだが・・・。
それなのに、あんなに傷だらけにされて割りに合わないと、彼が自分の体を見直すと
傷は不思議なくらい綺麗に癒えていた。痛みもない。
「ここは己との戦いの場。実際に傷つけられてはいない」
主は、そんなラフィスを見てにっと笑った。
「これからダークヴォルマを倒しにテスタルトに行くのであろう。頼りにしているぞ」
「さすがラフィスね!」
本人以上に満足げな様子のフェーンフィート。一方でラフィスは腑に落ちない様子だった。
「さー、流れに乗ってテスタルトの魔物を一掃しちゃいましょう☆」
上機嫌のフェーンフィートはラフィスの背中をおして、テスタルト行きを促した。
「己の本当の力は、本人にはわからないものさ」
去って行く二人を見守りながら、マドラージェの主は一人小さく呟いた。