「失礼します。フェーンフィートドラゴン、ただ今参りましたー」
イマイチ間の抜けた声で、神の神殿に参上するフェーンフィート。だが、いつものような聖気を感じない。違和感を感じながらも奥へ足を踏み入れるフェーンフィート。
そして奥の部屋に何かが倒れているのを感じた。まさしく、彼女が探している存在――
フェーンフィートは目を見張って急いで神のもとへ駆け寄った。
「神様!?どうなさったんですか!?」
今までにみたことのないくらい神の苦しむ姿。ただごとではないと、フェーンフィートは戸惑い、焦る。
『フェーンフィート・・・。闇が・・・闇の力が増してるのです・・・』
神が辛うじて言葉を発した。実に弱弱しい。
「闇の力・・・?」
『そう・・・。この世界が作り出す、破壊と欲望の負の力・・・。それが私の体内に溜まり溜まって外へ流れ出ていっているのです・・・』
正直、フェーンフィートには考えられなかった。ラクシアスランドで暮らす以上、テスタルトの様子なんてたまに神殿に参上したときに水晶でながめる程度。
こんな恐ろしいことが起こっているなんて予想外なことであった。
「闇の力・・・。それが外へ放出して・・・どうなるんですか・・・?」
恐る恐る神の尋ねると
『きっと、その力は一つとなり、具現化し・・・負の力に突き動かされるがごとく世界を破滅へと導くでしょう。まさに破壊神となっているのです・・・』
「は、破壊神・・・」
ぞっとした。そんなかけ離れた存在が、生まれることに。
「どうすればいいのですか?どうすればその破壊神を止められるのですか?」
彼女の凛とした声はわずか震えていた。
そんな神は彼女の姿を見、よろよろと立ち上がって水晶の前まで歩み寄る。透明だった水晶に美しい町の姿が映し出される。
『正直、私達の力ではどうにもなりません・・・』
ふわりと神が右手を上に掲げると、きらきらとした小さな光の粒子が集まって何やら形を成していく。それはやがて斧のように姿を変えて・・・
『これは私の力から作った神具・・・。いくらあなたでもこれを使いこなすことはできないでしょう・・・。ですが、人間にいるのです。精神も肉体も強い力をもった若者が・・・』
水晶の美しい町がクローズアップされていき、一人の少年を映し出した。
『彼の名は、ラフィス・クロードノア・・・。この神具を唯一使えると考えられる者です。この者ならもしかして闇の力に対抗し、消せることができるかもしれません・・・』
フェーンフィートは、訝しげに水晶の中をのぞきこみ、その男を見つめる。黒髪の、整った顔立ちの少年のような子だった。
とっつきやすそうな奴ではない。彼は、水晶の中で随分重そうな斧を扱っている。小さな建物の中にいるようだが・・・。
「あら・・・随分と若そうな奴だけど・・・本当に大丈夫なんですか?何歳なんですか?」
フェーンフィートは心配そうに、その男を見続けている。
『・・・19歳です』
「わかっ!え、まだ赤子じゃないですか!」
フェーンフィートが声を荒らげ、水晶と神を交互に見る。不安が増してきたようだ。
『フェーンフィート、人間は貴方達とは寿命が随分と違うのです。大丈夫、あちらではもう彼は十分大人なんですよ』
神が柔らかく言うと、フェーンフィートはまだ不思議そうではあるが幾分かは安心したようだ。
「それで・・・私はどうすればいいんですか?」
神と向き合い、真剣な面持ちで。フェーンフィートはごくりと唾を飲んだ。
『あなたには、ラフィス・クロードノアを、闇の消滅へ導いてほしいのです』
それが、どんなに大変なことかはわからないかもしれません。闇の力がどれほどかわからない以上、命を落す危険すらあるでしょう・・・。それでも、やってくれますか?
神のこれまでにないほどの真剣な声。そして、自分に課せられた重大な責任・・・。フェーンフィートは一瞬大きく瞳を見開いた。
「・・・それで・・・この世界のものはみんな救われるんですね・・・」
神は静かに頷く。
「わかりました。私が、導き役として、テスタルトへ参りましょう」
凛とした声だった。美しい、銀の髪がいつの間にかにでていた月の光にきらきらと輝く。
『すみません・・・。あなただけに・・・こんなつらい使命を課してしまって・・・』
「いいえ・・・。こんな思いをするのは・・・私一人で十分です・・・」
フェーンフィートは薄く、小さく苦笑した。
『では・・・導き役の証として腕に刻印を刻みます』
「フェーンフィートさんが・・・テスタルトに?」
フィーナレンスがフェネックバルトに聞き返す。
「ええ・・・。闇が世界を侵食し始めてるってことで・・・。テスタルトに、その闇を倒せる人間がいるらしいの。そいつの導き役をフェーンフィートは任されたのよ」
フェーンフィートとほぼ同じ年代であるフェネックバルト。彼女にとってはフェーンフィートはよき友人でもある。きっとつらいのだろう。ますます声色は低くなる。
「それは・・・命を落す危険すらもあるのよ・・・」
周りの空気がさらに重くなる。フィーナレンスもアルミオンファラールもそれ以上、言葉を発せなくなった。
「フェネックバルトさん・・・私、ちょっと神殿のほうにいってくる・・・」
突然口を開いたかと思うとフィーナレンスはいきなり家を飛び出していき、神殿のほうへ翼を広げる。
「フィーナレンス!待って!!」
そしてフィーナレンスを追ってアルミオンファラールも神殿のほうへむかった。
二人は会話もなく、ただひたすらに神殿に飛んだ。月の光がまぶしいくらいに輝いている。暗い夜空に浮かぶそれが余計寂しさを増大させた。
ふわりと神殿に舞い降り、急いで中へ走って行く。奥の部屋には神とフェーンフィートの姿。
「フェーンフィートさん!」
「フェーンフィートさん!」
二人で同時に部屋に飛び入った。
「あ、あんた達・・・」
二人の姿に驚いたものの、フェーンフィートも事態を察したのだろう。二人の頭を優しくなでた。
その片腕にはドラゴンの紋様が。
「心配しないで!私、絶対この世界を救ってみせるから!・・・って私が救うわけじゃないわね」
あはは、と笑いながらフェーンフィートは言う。だが、そんな明るい振る舞いも虚しくアルミオンファラールとフィーナレンスは暗い表情だ。
「やっぱり・・・行ってしまうのか、フェーンフィートさん・・・」と、フィーナレンス。
「そうね。だけど、大丈夫。私はこの使命を負ったことを誇りに思うわ・・・。私は明日お昼に旅立つことにするの。よかったら見送りにきてね」
二人はそんなフェーンフィートを黙って見つめる。いや、黙ることしかできなかった。フェーンフィートの覚悟を感じ取ったから。
神も、その三人の様子を見守っていた。
「さ、二人とももう帰りなさいな。フェネックバルトが心配するでしょ?」
さぁさぁとフェーンフィートに背中を押されて、二人の子供は強制的に神殿から出された。そして家路につく。
「明日・・・なんだね・・・」
「・・・」
「急だね・・・。すっごく・・・」
「・・・そうだな」
二人は会話もそこそこに、フェネックバルトの家へと帰っていった。
「さぁて、なんて気持ちのいい朝なんでしょうねー」
フェーンフィートは、神殿の傍の人気のない海岸で、テスタルトの方向を眺めていた。
月はすでに沈み、太陽の光が山の間から見える時間となっていた。
『・・・本当に見送りはいいのですか?』
フェーンフィートの少し後ろに神がいる。彼女の後ろ姿を見つめていた。
「いいのいいの。私のほうが悲しくなっちゃうじゃない」
フェーンフィートは相変わらず、明るい声だ。そして笑いかける。
見送りは神だけ。
『いいですか。最後にもう一回、約束してください。人間の国ではラフィス・クロードノア以外にあなたが神族だということを明かさないでください。
そして、神の島の存在を明かさないでください。・・・そして必ず生きて帰ってきてください』
「・・・はいっ」
神のその言葉を最後に、フェーンフィートは赤い翼を左右に広げてラクシアスランドを飛び立った。
その後ろ姿をずっと神は見送っていた。
「・・・」
フィーナレンスは南西にある森の一番高い木の上で、赤い一筋の光がテスタルトへ流れていくのをじっと見つめていた。
わかっていた。あの人がさよならもいわずに旅立つことは。
きっとアルミオンファラールも・・・。
彼女の羨望の光は、ただひたすらにまっすぐと流れていった。