「それにしてもいいのー?あなた、まだ若いんだし、別れを惜しむ人くらいいるんじゃないの?」
フェーンフィートは町を出ていく際、誰にも別れを告げず人知れず町を出て行ったラフィスを不審に思っていた。
恋人はいなくとも、道場の師範くらいには留守を告げるべきじゃないのか。
「煩わしい人間関係は断ち切っている。俺にはそんな必要はない」
ラフィスはそれしか口にしなかった。
もしかして、すっごく性格悪い人間で友達ができないんじゃ・・・。フェーンフィートは心の中でそう思う。
二人は町を出発してから、海岸を沿って港町へ向かっていた。
闇の発生地は正確にはわからないというフェーンフィートだが、きっと東の方角からだと言ったからだ。
船で東の大陸に渡ることとなった。
「そういえば、ラクシアスランドとはどういう所なんだ?」
ラフィスが唐突に尋ねる。
「とってもいいところよー。空気もここみたいにあんまり汚れてないし・・・食べ物もおいしいし・・・」
「そうじゃない。お前みたいに妙な種族がうようよ居るのかということだ」
「妙って・・・あのねぇー」
フェーンフィートは、ため息をついてラフィスを睨むように見た。しかし、すぐにそれを逸らす。
「まぁいいわ。そうよ。竜やペガサス、蛇や狐の化身とかもいるわ。ケンタウロスとかもみたわね」
「・・・不思議な島だ。そんな島、ないと思ってたが・・・」
ラフィスはいまいち信用できないのか、眉をひそめた。
「なによ、信じてないのー?・・・って、あ!あそこが港町ね!?」
フェーンフィートは表情をコロリと変えて、目の前の紺碧の海の前に聳える町を指差した。
ちょうど何隻かの船が出港したり、寄港したりしていた。
「わぁ、すごーい・・・。あんな大きな鉄が水面に浮いてるだなんて・・・!!」
フェーンフィートは目を輝かせて、その様子を見つめていた。まったく子供のようだ、とラフィス。
「さっさと行くぞ」
 
 
 
港町、ミレース。東の『レンドディウム地方』への一番の近道。
どうやらレンドディウム行きの船はどうやら明日の朝出港らしく、今は停泊していた。
随分と歩いて辺りも暗くなっていたし、何よりもフェーンフィートの格好が目立つのでラフィスは今晩は宿屋を取り休養することとした。

港町だが、もう市場もしまっており人通りも少ないのでフェーンフィートの異質さも目立たない。
二人はさっさと宿屋へ向かった。
「いらっしゃいませ」
宿屋のおじさんが優しそうに微笑みながら二人を迎えた。
「お二人様ですね。お部屋は二つで?」
ラフィスの後ろで身を隠すようにしているフェーンフィートを少し気にしているようだが、おじさんは変わらぬ様子で振舞った。
「あぁ。二部屋頼む」
「はい、こちら鍵ですね。500ゴールドになります。部屋は右の通路の奥の方です」
おじさんに鍵と交換に500ゴールドの料金を支払う。そして言われたとおり、右の通路へと歩いていった。
「ほら、これがお前の鍵だ。俺は買出しに行ってくるから先に休んでろ」
差し出された鍵をひとつ、フェーンフィートは受け取った。
「ありがと。・・・って買出し?私も付き合いましょうか?」
「馬鹿か。お前や島のことをバラすなといったのはお前だろう」
大人しくしてろと、それだけいってラフィスは宿屋の外へと出て行ってしまった。フェーンフィートは言われたとおり部屋に入りベッドの上に座り込んだ。

一人部屋にしたらなかなか広く、快適そうだ。
「導き役ってのも意外と疲れるのねー。特に何をしたってわけでもないんだけど・・・」
フェーンフィートは自身の腕についている導き役の証である刻印を眺めた。飛行する竜のシルエットがくっきりと焼きついていた。

とりあえず自分がなすべきことは、闇の根拠地を調べて、ラフィスをサポートすること。闇の根拠地だって

レンドディウム大陸のほうってことしかまだわかっていないし、まさに前途多難だ。自分の行動だって今のように限られていてフェーンフィート的には楽しくないらしい。
(・・・あっちの皆は元気にやってるかしらー・・・)
ごろんと上体を倒し、そのまま仰向けのままフェーンフィートは目を瞑った。
 
それからどれくらいたったのか。フェーンフィートが不意に目を覚ましたときには辺りは真っ暗でしんとしたまま。

部屋にかけてある時計を見上げると3時すぎを指していた。再び目を瞑っても目が覚めてしまっていて眠りにつくのは難しい。
(・・・そうだ!せっかくだし、ラフィスが本当に強い奴なのか確かめちゃおっかな)
もう3時すぎだし、いくらラフィスでも熟睡中だろう。フェーンフィートはベッドから音もなく起き上がる。

あたりは暗いが彼女は元は夜行性なのでこんな暗さはものともしない。するりと部屋を抜け出すと向いのラフィスの部屋の前に立った。

気配を消し、音をたてずにドアノブを回す・・・が、当然鍵がかかっている。フェーンフィートは、人差し指を鍵穴にむけ「ライトニング」と

小さく呟くと一瞬の閃光が鍵穴を通り抜け、それを破壊した。しんとした空間にパシンという音が響いたため、ラフィスが目を覚ましたのではないかと

思ってドアを少しだけ開き中を伺うがどうやらまだ熟睡中らしい。フェーンフィートはあっさりとラフィスの部屋に侵入した。

ベッドに横になっているラフィスに近づき、首元に人差し指を向けようとしたその時、
フェーンフィートの首に何かがかすった。ラフィスの斧だ。唖然とラフィスを見つめるフェーンフィート。
今の一瞬の瞬間で、ラフィスは上半身を起こして斧を掴み、彼女の首に斧の刃を突きつけていた。彼の目がまっすぐにフェーンフィートを捕らえる。
「お前か・・・。なんのまねだ?」
斧の刃を彼女の首から少し離し、睨みつけたまま言う。
「や・・・やー、パートナーの色男、ラフィスくんを夜這いなんてしようとしちゃったりしてー―――・・・」
一瞬言葉に詰まったフェーンフィートだが、いつものようにおちゃらけた風に答える。ラフィスの鋭い視線が呆れた視線に変わる。

それと同時に、斧がごとりと床へ下ろされた。
「俺の力量を試したんだろう。・・・まったく、そんな暇があるなら体を休めろ」
「安眠の邪魔しちゃってごめんねー。ちょっと出来心で・・・。もう二度としないから安心して」
失礼しました、と慌てたように出て行こうとするフェーンフィート。だが、
「ちょっとまて」
ラフィスに呼び止められその足を止める。何か咎められるんだろうか、と恐る恐る振り返ると
バサッ
「わっ!?」
彼女の顔に、何かが投げつけられる。布地のものだが・・・。
「朝渡そうと思ってたが、今渡しておく。それでその耳と額をなんとか隠せ」
どうやらラフィスがさきほど買出しに行ってたのはこのためのようだ。薄い藤色の薄い布。ベール、というには少し厚いが。

自分のことも気を使ってくれていたのか、とフェーンフィートなんともいえない感動が沸きあがっていた。
「あ、ありがとう・・・」
フェーンフィートはぎゅっとそれを握り締めた。
「それじゃ、ラフィス、今度こそおやすみなさい!」
フェーンフィートは踵を返して静かに部屋を出て行った。それを見届けてからラフィスはまた布団をかぶって、数秒もたたないうちに寝息を立て始めた。
 
自分の部屋へ入り、ドアを閉め、フェーンフィートは扉を背にもたれかかった。彼女の額にはうっすらと汗がにじんでいる。
(まさか、あれほどとは思わなかった・・・)
あおむけの、しかも睡眠状態からあの一瞬の動き。力。そしてあの威圧。斧を突きつけられたとき、びっくりしたせいもあるが体がうごかなかった。

そして何よりあの判断力。深夜に、しかもあの暗闇で寸分の違いもなく首元を狙い、寸止め。
フェーンフィートはラフィスから渡された薄い藤の布を見つめた。
(でも・・・あれほどの力があって・・・精神のほうは大丈夫なのかしら・・・)
しばらくぼうっとしていたが、考えてもしょうがない。残り数時間だが体を休める時間はある。
フェーンフィートは、さっさとベッドにもぐりこみ、そして目を瞑った。