「えぇ?もしかして、歩いてレンドディウム地方までいくの?」

先の戦いがあった海岸の近くに、ひとつの漁港がある。

そこの小さな料理屋で、フェーンフィートの声があがる。

朝、船で出発したにも関わらず既に昼近く。昼食をとりながらラフィスは机に地図を広げた。

「幸いなことに山ひとつ越えるとすぐだ。そこにセントラル王国がある。きっとそこで何かしら情報がゲットできるはずだ」

「山ひとつねぇ・・・」

どこが幸いなんだか、とフェーンフィートは笑う。

「船で行ったほうが近いんじゃないの?」

「・・・魔物はどうやら鼻がいいらしい。オレたちの居場所なんてすぐ知られてしまうぞ」

ラフィスは地図を丸めて懐にしまった。

「またきっと狙われる。海の上なんて袋のねずみだ。山から行く」

食べたらすぐに出発するぞ、とラフィスは言った。



それから言葉どおりすぐに、山登りが始った。

海から一変して今度は、木、木、木。

たまに襲い掛かってくるモンスターを払いのけ、彼らは黙々とすすんでいった。











ようやく山頂についたころには既に太陽は沈んでいた。

火をたき、今日はここで野宿しかない。

簡単で質素な食事をとったあと、二人は火を挟んで向かいあって座っていた。

珍しくあまりしゃべろうとしないフェーンフィート。ただ一点の炎を見つめていた。

炎を通して彼女の様子を伺うラフィス。すると徐に立ち上がり、荷物袋から何かを取り出すと

フェーンフィートの傍に寄ってきた。

不思議そうにラフィスを見上げるフェーンフィート。

「背中を見せろ」

ラフィスは一言そういった。彼女は意味が分からず、ぽかんと口をあけた。

「へ?」

「怪我してるだろう」

ラフィスがフェーンフィートの背後でしゃがみ、荷物袋から取り出してきた薬草やガーゼを準備する。

「たいしたことないから大丈夫よ!」

笑顔で彼女が軽くあしらおうとすると

「足でまといになったら困る。ここに来るまでも、肩を庇ってただろう」

彼がぴしゃりというと彼女は黙り込んだ。そして

「・・・よくわかったわね。いつから?」

「様子がおかしいとはずっと思ってたが、確信したのは山を登る途中だった。隠してるようだから深くは追求しないようにしようと思ってたが。

お前がいくら白魔法を使えるといっても背中は自分じゃ治療できないだろ」

彼が背中を診ると、肩から背中にかけて皮膚が裂けていた。あの海で魔物に翼を食いつかれたときの傷だ。

ラフィスは手際よく薬草を傷口に押し当て、消毒していく。

「・・・ラフィスって不器用で損な性格よね」

不意にフェーンフィートが言った。ラフィスは黙ったまま。

「今みたいに、本当は優しいのに、あえて人を突き放すようなこと言ったり。山からレンドディウムに行くのだって、お昼を食べてすぐ出発したのだって

町の人たちを巻き込みたくないからでしょ?」

「・・・お前の勝手な想像だ」

ラフィスは処置の手を休めず言った。

「そうかしら?あの船乗りも言ってたわ。本当は町の人や門下生からも慕われてたって。

・・・ラフィス、皆を危険に巻き込みたくなくてあえて人を突き放してるんじゃないの?」

フェーンフィートが言った。

「・・・本当は・・・」

ラフィスは重く口を開いた。

「夢見を見てたときから、こうなることを予想してたのかもしれない」

自分のまわりに危険が付きまとうことを。

二人の間に沈黙が流れる。

ラフィスはガーゼでフェーンフィートの傷口の周りを覆い、テープで固定した。

「終わったぞ」

「ありがとう」

傷の処置が完了するとラフィスは、自分がいたもとの位置まで戻り腰を下ろす。

「オレが見張りと火の番をしててやる。お前は今日は寝てろ」

「何いってんのよー。ラフィスだって疲れてるでしょ」

「背中が疼くだろう。今は安静にしてろ」

彼が荷物袋から毛布を投げてよこした。

きっと、もう何をいっても聞かないだろう。フェーンフィートは諦めて睡眠をとることにした。

「眠たくなったら起してね!」

そういってウインクすると、彼女はすぐに横になり毛布をかぶった。

彼に背を向けて、目を瞑る。

(精神は大丈夫かしら、なんて野暮な疑問だったわね・・・)

フェーンフィートは心の中で思った。そして微笑する。

(随分と屈強な精神をもったお人好しね)







ダークヴォルマとは一体何者なんだ?

何が目的で、今何をしている?

今どこにいる?

オレたちはどうしたらいい?

ひとまず、セントラル王国に行ってどこか異常がある地域があるかないか調べないといけない。

国立研究所もあるから、様々な情報も集まってるはずだ。



焚き火が消える頃には、気づかなかったが山際が明るくなってきていた。

もう朝だ。

「おい、フェーンフィート。起きろ」

ラフィスが向いで静かに寝ているフェーンフィートに声をかけた。

フェーンフィートは意外にあっさりと起き上がり、彼の方に顔をむけた。

「おっはよ」

「・・・あぁ」

フェーンフィートは起きたばかりにも関わらず、嬉しそうに顔をにやけさせている。

「なんだ、不気味な奴だな」

ラフィスが怪訝そうな目をむけると彼女は

「だって、初めて私の名前を呼んでくれたじゃない」

くだらない、よくそんなこと覚えていたなとラフィスは心の中で思ったがフェーンフィートはいたって本気であった。















「で、なんでこんな展開になってんの?」

フェーンフィートがげんなりした表情で言った。

というのも、彼ら二人は数匹の魔物に囲まれていたからである。

下山している途中に、不意に襲い掛かってきた。まさに油断も隙もない。

ラフィスは既に斧を真正面に構えている。

「俺らの居場所は筒抜けのようだな」

彼は言うなり地を蹴って、斧を振り上げた。魔物は毛に覆われた狼のような獣。

ラフィスの斧をさっと避けて、その柄に噛み付く。

「トルネード!!」

フェーンフィートが叫び、手を挙げたと同時に魔物たちに空まで伸びた巨大な竜巻が襲い掛かる。

竜巻が収まったとき、魔物たちはダンっと強く地面に打ち付けられた。

もう気を失っていてピクリとも動かない。

ラフィスはそいつらのとどめを地味にさしていく。

と、最後の一匹にとどめをさそうとしたときに

ガシンッ

妙な音がした。まだ意識があったらしい。魔物はラフィスの斧の刃を口で止めた。

さすがのラフィスもこれには驚いたようだ。

力いっぱい斧を振って魔物を払いのけようとしたのだが

パキンッッ

斧の刃と、柄の部分が綺麗に分かれた。

「!」

ラフィスの持っていた斧はいまやただの金属の棒。

魔物はチャンスとばかりに、ラフィスに飛び掛り牙をむいた。

「ラフィス!!」

フェーンフィートが叫ぶが間に合わない。

持っていた斧の柄の部分で牙を食い止めはじき返すラフィス。落とされた斧の刃を掴み取り、再び突進してくる魔物の

喉を切り裂いた。

魔物はついに倒れて消滅した。

フェーンフィートはすぐさまラフィスにかけよる。彼の手には柄と刃がそれぞれ握られている。

「悪いな、フェーンフィートが用意したものなのに」

見事なまでに分割されている。

「ありゃー。まぁ、それはいいんだけど・・・これじゃあ使いものにならないわね」

フェーンフィートは彼の手から斧の刃を取った。

「セントラル王国に行ったら、鍛冶屋で修理してもらえるといいんだが」

とラフィス。

「きっとムリよ。この斧は、この世の鉱物からできているわけじゃないの。いわゆる神の意思の具現化ってやつ?

だから、もう一度神に直してもらわないといけないんだけど・・・」

ラクシアスランドまでいかなきゃいけないわね、とフェーンフィートは唸り声を上げた。だが次の瞬間にはぱっと顔を明るくして

「じゃあ、ちゃっちゃといっちゃいましょうか。善は急がないといけないし」

「お前はまだ、気軽に言うな・・・」

ラフィスは彼女のテンションに振り回されっぱなしだ。

「だが、ちょっとまて。それなら余計にセントラル王国に用がある。オレたちが留守にする間にも魔物はうようよといるはずだ。

恐らくオレたちをかぎつけてセントラル王国に集まってるはず。オレたちがここに戻ってくるまで、持ちこたえるように体制を強化すべきだ。

それから、ダークヴォルマに対する情報もきかなきゃいけない。・・・王に謁見するのが一番だな」

ラフィスがスラスラと話すのをフェーンフィートは首をかしげた。

「王?」

「テスタルトで一番偉い人間だと思っていい」

「うひゃー・・・。それってエッケンできるの?」

「難しいだろうな」

その割には全く難しそうな声色をしていないラフィス。

「オレたちの旅の目的を話さないことには」

「・・・それは無理!!神様と約束しちゃったんだもんー!!ラフィス以外の人には話さないって!」

フェーンフィートは、駄々を捏ねる子供のように拒絶した。

「だが、それをしないことにはもうこのテスタルトは破滅するぞ」

「んー・・・」

フェーンフィートは渋い顔をした。

(どうしよう。そりゃあ一番偉い人に会うなら、それくらいしなきゃいけないんだろうけど・・・。

ラフィスでさえ、はじめ信じてくれなかったんだし一般人が信じてくれるのかしら)

悶々と悩んでいる。

「・・・まぁいい。オレはお前のいう『規則』なんてわからないんだ。お前のいうやり方が神の意向通りなんだろう。

とりあえずセントラル王国へ行くぞ。そのときに考えたらいい」

ラフィスは斧の刃、柄を大事にしまった。