テスタルトと隔離された神の島、ラクシアスランド。
そこの海は荒れ決して船が近づくことはできず、人間に侵されることは有り得ない。
ラクシアスランドに足をつけた人間はラフィス・クロードノアが初めてであった。
無事にラクシアスランドに着いた二人。彼女が着陸したのは、集落の近くの空き地。
既にドラゴンから、いつもの姿になっていた。
「懐かしいわー。まさかこんな風にして戻ってくるとはね」
フェーンフィートは思いっきり伸びをして、嬉しそうに笑った。いつも笑っている彼女だが、こんな笑顔は初めてだ。
やはり、故郷にかえったということはそれほど嬉しいものなんだろう。
「ラフィス、こっちよ。神様のところに案内するわ」
フェーンフィートは足取り軽く先を歩き、ラフィスの案内をする。
ラフィスは、見たこともないこの島に興味があるようであたりを見渡していた。見るものすべてが新鮮だ。
ずんずんと歩くフェーンフィートについて黙々と進んで行くと、集落が見えた。
人(?)の気配もある。その中の一人が、二人の存在に気づいた。
「フェーンフィートさん!?」
頭から角の生えた不思議な・・・恐らくラフィスとあまり変わらない年に見える少年がフェーンフィートをみるなり瞳を輝かせた。
そしてすぐさま駆け寄ってくる。
「ディア!元気にしてた?」
フェーンフィートも顔をほころばせながらその少年を迎えた。ラフィスはものめずらしげな目でその少年をみていた。
「どうしたの!?ラクシアスランドに帰ってきたの?」と、ディアと呼ばれた少年はフェーンフィートを見上げた。
「ううん、まだよ。神様に用事があってねー」
「そうなんだ!で、その人は例の・・・」
ディアはようやくラフィスに目を向けた。この少年もめずらしげな目でラフィスを見た。
「へぇー、初めて人間を見るよ」
その痛いくらいの視線にラフィスもちょっと不快なようだ。
「そうだ!アルミオンファラールやリースナージョやフィーナレンスにも教えてあげなきゃ」
ディアはコロコロ表情を変えて、今度は集落の方へ走って帰った。
「今のはディアペガサス。まだまだ3000歳とちょっとよ」
フェーンフィートがその後ろ姿を見送りながら、ラフィスに教えてあげる。
(まだまだ3000歳とちょっとって・・・)
ラフィスが固まった。
「・・・じゃあお前が一体何歳なんだ」
「私は・・・1万歳くらいじゃなかったかしら」
平然といってのける彼女に、ラフィスももうついていけないようだ。
(・・・妖怪だ)
呆れにも似た目をフェーンフィートに向けた。
彼女は集落をとおるたびに、いろんな人(?)に声をかけられていた。
それほど皆に信頼され、そして期待されているのだろう。
その度に、ラフィスもみんなから凝視されひそひそと噂される。
人間がこの地に足を踏み入れるのをあまり快く思わない奴もいるだろうし、人間を初めてみたという好奇心もあるだろう。
ダークヴォルマを倒す勇者としての期待ももちろん。
その視線の嵐を抜けて、二人は神殿の前にたどり着いた。
簡単なつくりの真っ白な壁と柱の神殿だ。
「ここに神様がいらっしゃるわ」
フェーンフィートが言う。
確かにここはどこか異質な雰囲気をもつところだ。この世界にはない、独特の世界を築いてるように思える。
回廊を歩いて、奥の聖堂へ向う。
フェーンフィートが正面にある石の扉を開いた。そして一言。
「フェーンフィートドラゴンとラフィス・クロードノア、参りましたー」
気の抜けるようなあいさつだ。
聖堂の真ん中にいたのは『神様』なのだろう。僧侶のような格好に身を包んでいる。
フェーンフィートにも人間との異質感を感じたが、それ以上にこの正面の人物は強い力を感じる。
目の前に『神様』がいるといわれて信じれない気持ちだが、一方納得させてしまうほどの威厳を感じてしまう。
ダークヴォルマのせいで弱弱しく感じるものの、セントラル王国の王様など足元にも及ばない。
ラフィスが呆然と眺めていると
『ラフィス、はるばるようこそいらっしゃいました』
声をかけられた。夢見の声と同じ。
ラフィスは我にかえって、バラバラになった自らの武器を取り出した。
『これは・・・見事にバラバラですね』
神は苦笑するような声だ。
『すみません、もう少し私の力が強ければ強い斧も生成できたのに。もう少し斧の力を強化したいのですが、今はもう時間がありません』
神が、聖堂の中心にある台のうえに置かれている水晶を示した。ラフィスがそれに目をむけるとそこにはひどく廃れたゴルマーシュの姿。
空は黒く、森は枯れ果て、生き物は死滅し・・・。水晶から声がきこえる。ゴルマーシュの城の王が声を上げている。
「我々がこんな生活を強いられるのも、周辺国の仕打ちのせいである!さっさとつぶせ!!」
どうやらゴルマーシュの人々は、廃れて行く原因を周辺国のせいだと思っているらしい。火に油を注いでいる。
『このままでは、ダークヴォルマの力は強くなるばかり・・・』
神はラフィスの手から、分解された斧を受け取る。
『ラフィス。斧を直すのには少々時間がかかります。申し訳ないですが、明日また取りにきていただけませんか?』
時間がかかるのではしょうがない。このまま丸腰のまま敵の本拠地に乗り込むわけにもいかない。
「はい。また明日の朝取りに参ります」
ラフィスは頷いた。
「ラフィス、それならフェネックの家で一日過ごしましょう。きっと彼女なら喜んで了承してくれるわ」
フェーンフィートが言う。
「と、その前に私は神様にお話があるからラフィス、ちょっと神殿の外で待っててくれない?」
そういわれるとラフィスは、彼女のいわんとすることを察して黙って踵を返して出て行った。
彼が出て行ったのを確認すると、フェーンフィートは水晶を覗き込む。
「神様、正直嫌な予感がします」
いつになく弱気な発言だった。
「この様子・・・私たちの予想を遥かに超えてます。ダークヴォルマがこの元凶なのだとしたら・・・」
『ダークヴォルマは破壊神・・・』
神が答えた。
「ラフィスはとても強いです。私も息をのむほど。ダークヴォルマに対抗できる奴は彼しかいないと思います。
だけど・・・」
いくらラフィスでも破壊神と戦って勝てるの?フェーンフィートは言葉を飲み込んだ。
下級の魔物と戦って斧が折れるほどなのに。
『フェーンフィート。彼を支えて導けるのはあなたしかいません。彼だけが頼みの綱なのです。どうか彼を信じて・・・』
神に言われて、フェーンフィートはしばらく考え込み
「はい」
力強く返事をして頷いた。
フェーンフィートが聖堂から出て神殿の前まで出てきたときに、ラフィスの姿を発見した。
彼と一緒に誰か女性もいる。あの独特の瞳と顔の模様は・・・。
「フェネックバルト!」
フェーンフィートが叫ぶと、フェネックバルトと呼ばれた女性はフェーンフィートに気づきそっちへ近づく。
「フェーンフィート、お帰りなさい!」
まるで久々の再会というように手を取り合い、子供のように無邪気に喜んでいる。ラフィスはそれを横目で見ているだけ。
「元気そうね、よかった」フェネックは言う。
「まぁね。あんたも。ラフィスと何を話してたの?」と、フェーンフィート。
「テスタルトの話とか。それと今日はもう遅いからうちに泊まっていけばいいのにって言ってたところ」
フェネックバルトは神殿の外で、帰ってきたというフェーンフィートを待っていたところラフィスと出会って話をしていた。
外は薄暗く、いつの間にかこんな時間になっていた。
「言われなくてもそうするつもりだったのよー」
「神様の斧が折れて修復までに時間がかかるらしくてな」
フェーンフィートと、その発言を補足するラフィス。するとフェネックバルトは、歓喜の声をあげた。
「そうなの!じゃあ準備しなきゃね!!さっさとうちまで行きましょう!」
集落に帰るまでの道のりをフェネックバルトとフェーンフィートがラフィスの数メートル先を先行して歩く。
こんなときはさすが女の子、会話に華が咲いて話題が尽きることはない。
とフェネックバルトが小声でフェーンフィートに告げる。
「ラフィスってあなたとよく似てるわね」
「そうかも、似た者同士かもね」
フェーンフィートも笑った。
「自分ですべてを背負い込んで・・・不器用な人たち」
フェネックバルトは苦笑した。
「大丈夫よ。二人で背負い込んでるから重さは半分になってるわ」
フェーンフィートは後ろを振り返ってラフィスをちらりと見た。あいかわらず無表情で歩いている。
(ラフィスが私よりも重いものを持ってくれてるから、私の肩の荷物は随分軽く思えた・・・)
「はい、のろけないの。もうすぐ着くわよ」
フェネックバルトが、ぼうっとしているフェーンフィートに言うと彼女は我に帰って前を向きなおす。
よく見慣れていたフェネックバルトの家の明かりが見え始めた。
そのドアの前に、金髪の少年がいた。
「フェーンフィートさん!」
少年が駆け寄ってきた。額の宝石、耳、フェーンフィートに似ているところからドラゴンのようだ。
「アルミオンファラール!」
フェーンフィートの声が高くなった。
「どうしたのこんな時間に!!元気!?」
「ちょっと海岸の方にいってて今帰ってきたところなんだ!フェーンフィートさん元気そうでよかった」
アルミオンファラールという少年は顔を緩ませて笑う。まだフェーンフィートに比べたら幼いような感じがする。
そしてアルミオンファラールはラフィスに気づくと
「初めましてラフィスさん。アルミオンファラールドラゴンといいます」
丁寧な挨拶をしてくれた。集落の人たちみたいに、痛いほどの視線を送ってくることはなく優しい笑顔だった。
「フィーナレンスもきっと喜ぶよ」
アルミオンファラールはドアをあけて、フェネックバルト、フェーンフィート、ラフィスを家の中へ入れた。
家の中にいたのは深い緑色の髪の毛のドラゴンの少女。何かフェーンフィートにも似た強いオーラをもつような娘だった。
少女はフェーンフィートを見るなり、目の色を変えた。
「フェーンフィートさん!」
顔色が一気に明るくなった。
「フィーナレンス!」
フェーンフィートも笑顔で彼女に微笑みかけた。
皆何千年と生きているはずで、たった数日会えなかっただけなのにフェーンフィートに会うととても喜んでいる。
これは彼女の存在感の大きさなのか、彼女の人望なのか。
疎外感いっぱいだが、水をさすわけにはいかずその様子をただじっと見ることしかできないラフィスだった。
食事をとったフェーンフィートは、一人川辺にいるフィーナレンスのところへ向った。
辺りは暗く、ただ月の光を反射して水面がキラキラと光るばかり。
水の音以外は、あまり音もしなかった。
「フィーナレーンス」
夜空をじっと見上げるフィーナレンスに声をかけると、彼女ははっと振り向いた。
「フェーンフィートさん」
「こんなところで何してるの?」
「いや・・・」
フィーナレンスは言葉を濁した。フェーンフィートはフィーナレンスの隣にたつ。
「私が黙ってテスタルトに行ったの、気に喰わなかった?」
「そんなことはない・・・けど・・・」
フィーナレンスは空からフェーンフィートに視線を移した。
昔からフェーンフィートに懐いていた彼女は、やはり旅立たないといけないのがショックだったんだろう。
「私はテスタルトに行ってよかったと思ってるわよ」
フェーンフィートは微笑んだ。
「はじめは使命だからと思ってたけど、実際にテスタルトに行って・・・テスタルトに触れてみてわかったの。
とても綺麗だった。山や、海や、文明・・・。そこに住む生物。そして人間の優しさ。この世界が本当に好きになったわ。
私は幸せ者かもね。この国を守れて。そしてラフィスを支えることができて。ラフィスってば驚くほど強いのよ!きっとダークヴォルマなんてメタメタよ!!
それにテスタルトのセントラル王国ってとこ。ラフィスが腕輪もらったんだけど、そこも私たちに協力してくれるっていうしね!!
・・・だからフィーナレンスも命をかけて守るほど大切なものができるといいわね」
フィーナレンスもいろいろと一人でがんばろうとする性質だから・・・。むしろこの子を支えてあげられる誰かが現れてくれればいいのだけれども。
きっと今はアルミオンファラールがきっとそうなってくれてるわ。面倒見のいい子だから。
でもあの子じゃちょっと優しすぎるかもね。フェーンフィートは思いをめぐらせた。
「フェーンフィートさん、必ず帰ってきてくださいね。また魔法教えてください」
フィーナレンスは真剣なまなざしでフェーンフィートを見上げる。
そのあまりにも純粋な瞳に、フェーンフィートは一瞬言葉に詰まった。
そしてすぐ笑顔になり「もちろん」と返す。
「約束するわ」
さぁ、もう遅いから帰りなさい。とフェーンフィートが促すとフィーナレンスは素直に家に帰っていった。
その後ろ姿が見えなくなるまで見送るフェーンフィート。
「・・・危ない危ない。あの子、いい勘してるからな・・・」
気づいたかしら、私の覚悟に?
もしもここで私がダークヴォルマを倒さなかったらきっと、あの子たちまで犠牲になるわ。
それはさすがにかわいそう。
だから刺し違えてでも―――。
フェーンフィートは満天の夜空を見上げた。この夜空も・・・
(見納めかもね・・・)