比翼の神獣
"はるか西より西の塔 月光の導きより闇あり"
アルミオンを仲間に入れた一行は、その場所へ向かうべく恒例の謎文を解読していた。
フィーナとアルミオンの話によると、この西の塔っていうのは、夜、月のごとく光を放つライティングタワーという建物らしい。
大陸の西に浮かぶ孤島に佇む塔だ。
「っつうかさ、海どうやって渡るんだよ!?」
ライティングタワーは古きに使われた連絡塔。今は船なんて当然出ていない。イカダか?
「月光の導き、か」
フィーナはシオンを無視し、軽く薄ら笑いをした。
「まったく、冗談をきかせた謎解きだな」
「冗談?」
アルミオンが聞き返す。月光の導き、ライティングタワーの導きで魔石を発見できる。
どこが冗談なのだろうか。
「そこには船は出てないんだろう?つまりは・・・」
フィーナがそこまでいうとアルミオンもようやくフィーナの言う「何か」に気づいたらしい。
だがシオンにその意図はまったく伝わらない。伝わるわけがない。
しどろもどろするシオンに、再び二人が話し出す。
「ライティングタワーに人気がないのが幸いだね。
・・・もうシオンさんにはばらしちゃおうか」
「・・・あぁ。いずれは知ることになるしな」
シオンに二人の会話が飲み込めないまま、混乱したまま、フィーナとアルミオンの額の宝玉が真っ白の強い光を放った。
まるで何かのエネルギーが放出されたように・・・。
何秒としないうちに光はゆっくりとおさまり、まぶしさで目を固く閉じていたシオンも恐る恐る瞼を上げる。
だが、さきほどのシオンの視界とは何かが違う。
あの二人の姿はない。代わりに、なにか大きな影が彼を覆ってるような感じがした。
唖然としたまま目線を上へと持ち上げると・・・
「うわッ!?」
声が裏返り、腰を抜かしてしまった。顔色が一気に青冷め、体中に冷たさが走る。
シオンの前にいたのはシオンの何倍もの大きさの体を持つ、
2匹のドラゴンだった。
『まぁ、シオンさん落ち着いてよ。これが僕たちの本当の姿なんだから』
純白の体をもつドラゴンから優しく穏やかな声が放たれた。聞き覚えのあるこの声は・・・
「ア、アルミオン・・・?」
金魚のようにぱくぱくと硬直した口を動かし、シオンがその竜を見上げた。
『男のくせに情けない奴だな』
もう一方の黒竜からは、はっきりとした強い声。フィーナだ。
「どうゆうこと・・・?」
シオンは交互にその二人、いや二匹を見つめた。
『僕の名前は正確にはアルミオンファラールドラゴン。で、フィーナはフィーナレンスドラゴンだよ』
「長い名前・・・」シオンは心の中でつぶやいた。
『私たちは、神の命令によりここテスタルトにやって来たんだ』
神・・・。それでシオンもぴんときた。
そう。この1000年前、神の島からやってきた一本の光。
あれはドラゴンのことだ。
『皮肉なものだな。月光の導きを、神の導きにたとえるなんて』
あのとき見せた笑い、フィーナレンスドラゴンもそれを見せた。
『まぁ、今は世間話してる場合じゃないね。詳しいことは後で説明するから』
シオンはいまいち納得がいかないらしく、難しい顔していたが。
アルミオンに頷き、緊張のとけた足を立たせた。
『のって』
純白の竜はシオンに背中を向け、翼を下げた。
怖々と鱗だらけの広い背中に手をつき、シオンはアルミオンファラールドラゴンにつかまった。
すると翼が広がり、それを上下させると軽々と地面から浮き上がった。
「うわ・・・!!空飛んでる・・・!!」
『あはは。当たり前だよ、っていってもシオンさんは慣れてないからね。
しっかりつかまっててよ、振り落とされないように』
その瞬間、スピードが急速した。まさに振り落とされるほど。風の抵抗も強く、目すらも開けられない。
つかまっているのがやっとだ。
それから何分か何秒か・・・すぐに竜の腹は安定した場所に着陸した。
そこはライティングタワーの屋上。さすがに誰もいないだけあってもの寂しい。
アルミオンをおりたあと、ふらつく足でようやく少年は地面を踏んだ。
「へぇー・・・。ここがライティングタワー・・・」
きょろきょろとあたりを見回す。普通の塔らしい。
「あぁ。ここのどこかに石があるはずだ」
行くぞ、と進むフィーナの姿とアルミオンの姿は人間(に近い)形に戻っていた。
広くもなく、ただ階段しかないこの塔を一階一階下りて回るのは容易いこと。
だが、それらしい気配はどこにも微塵も感じられなかった。
本当にここにあるのか、すら疑わしくなってくる。
2階くらいの位置にきたとき、アルミオンが階段近くで足を止めた。
「あぁ、これ。隠し扉ってやつだね」
拍子抜けするほど、緊張感のない調子。
階段のすぐわきの褐色の無機物な壁を、彼は2、3回軽く手の甲でたたいてみた。
すると・・・
ズズズ・・・と重苦しい音で壁が真横にスライドされた。
奥に続く道が明らかになる。
「アルミオンすご・・・。よくわかったなぁ」
素直に関心させられ、奥の道を覗き込むシオン。また無機物な壁が一直線に伸びている。
「まぁ、この手の仕掛けは多いからね」
本当に多いのだろうか。それはともかく、シオンはその一直線の上で再び足を動かしだした。
静かに足音だけが反響する。
これを壊せば、残りは6つのはずだ。その思いが自然と足を早くさせた。
だが、それと同時に油断も生まれたらしい。
「うぉっ!?」
床に空いた大きな穴。先頭を歩いていたシオンは見事にそれに落っこちてしまったのだ。
「シオン!」
「シオンさん!?」
どす、と鈍い音をたてて彼はしりもちをついた。幸いなことにあまり深くない。
フィーナとアルミオンのふたりも、彼がおちてしまった穴を覗き込んだ。
「まったく、注意不足だ」
「シオンさん、大丈夫?」
「いてて・・・。大丈夫じゃないよー・・・。なんなんだ、ここ」
打ち付けたお尻をさすりながら、シオンは歪めた顔を正面へ向けた。
「ん?あれって・・・」
彼の目にうつったもの。正面の開けた場所にある禍々しい黒い石。
その様子を察し、上にいた二人もその穴へ綺麗に着地した。
フィーナも前を見据える。
「あれはダークマジックストーンだな」
「毎回毎回のことながら、どんな魔物が出てくるんだろうな・・・」
「無駄口をたたく暇があるなら、剣でも抜いておけ」
魔石の数メートル近くまで来た。石がぐにゃりとゆれる。
出てきたのはスライムのような形の魔物だ。だが、動きは外見と違い素早い。
3人の姿を確認したのだろう奴は、這い寄るように素早く近づいてきた。
「はぁっ!!」
剣を抜いたシオンは剣先でそいつをなぎ払う。
だが・・・。
「なんだ、こいつ!?」
スライムの体はぼよんと剣を跳ね返し、まったく無傷のまま。
不意をつかれたシオンは、手首にスライムの吐き出した液体を浴びてしまった。
じゅっ・・・
音をたてて、めったりと手首にまとわりついた。
皮膚は赤くなり、やけどのようにベロベロになってひりひりする。溶解液だ。
「いっ・・・てぇっ・・・!!」
顔をしかめて手をかばう彼に、すかさず近づいてきたのはアルミオンだった。
「ちょっとおとなしくしててね」
フィーナのように呪文を静かに唱える。そしてやけど部分に片手をかざし、
「ヒール」
そういうと、みるみる傷が治っていったではないか。痛みすらも感じられない。
「何、今の・・・?」
唖然と、一瞬で治療してしまった彼を見つめた。
だが・・・
「メイルストローム!」
今度は魔物のほうに目を奪われた。
巨大なあり地獄のような水の渦が、魔物を飲み込んでいく。
フィーナだ。
毎回毎回の派手なありえないような魔法に思わず目を凝らしてみてしまう。
『キーーー』
金きり声のような、耳障りな悲鳴を残して魔物は水の中から出てきた。
ぐったりと倒れている。
そこをシオンがとどめをさす。
パキンっと、魔物の消滅と同時に石も弾け散った。
「あ、フィーナもやけどしてるじゃないかっ」
シオンが彼女に目をやると、両腕に痛々しい小さなやけどの数々。
「あぁ・・・。あいつが水に飲み込まれるとき溶解液が飛び散ったせいだな」
彼女はこともなげにいった。やはり、人間とは体のつくりも違うのだろうか・・・。
「もう、フィーナは・・・。ちょっと手、かして」
苦笑したアルミオンは先ほどのシオンのときと同じくフィーナの腕に手をかざした。
「キュア」
やはり、すっと傷口が消えてゆく。かなり不思議な光景だ。
「はい、終わり」
「・・・すまないな」
「どういたしまして」
フィーナの腕は元どおり。奇術としか思えない。
「なぁ、アルミオンの力って一体・・・?」
アルミオンとフィーナを見比べながら、シオンは二人に尋ねた。
「アルミオンは白魔法使いでな。治療系だな・・・。
毒、麻痺、時には・・・・死人さえ甦らさせる」
フィーナがさっと答える。
「・・・ちなみ私は黒魔法使いだ。」
(黒魔法に白魔法・・・。竜って不思議だな・・・)
神に遣わされた生物はこんなにも人間とかけ離れてるのか。
「さぁ、そろそろ帰ろう。なんだかここ、薄暗くて気持ち悪いしね」
こうしてライティングタワーをあとにした。
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