水底
「あぁ、シオンさんとフィーナ。遅かったね」
アリーナの宿屋。ロビーで小さな少女と頭から布をかぶった少年が座っていた。
リコリスとアルミオンだ。
「あぁ、ちょっとな」
フィーナがそっけなくそういうと、リコリスがおずおずとフィーナに何かを言い出そうとしていた。
「あ、あの・・・私これから・・・」
「・・・もう分かってる。承知の上だ」
フィーナはあいかわらずそっけなかったが、リコリスの表情は明るくなった。
「ありがとうございます!」
「だが・・・モンスターズトレーヤーにはなれたんだろうな?」
ぎろりと、リコリスを睨むとそれにも気圧されずにリコリスは「はい」とうなずいた。
それにしても、フィーナが“アルミオンはリコリスを仲間にする”をいっていたのが見事に当たったな、とシオンは目を丸くしていた。
さすが幼馴染といいうべきなのだろうか。
ギィー・・・
「あれ?フィーナもう寝るの?」
「あぁ。明日は早いからな」
一人部屋に向かうフィーナをアルミオンは呼び止めた。まだ日が沈んだばかりだからだ。
「じゃあ、おやすみ」
「あぁ」
フィーナはそのまま部屋に消えていった。
――――神さま、フェーンフィートさん・・・
どうかダークヴォルマを消し去ることができますように・・・―――
シオンの夢見が世界の闇だとすれば、フィーナの夢は心の闇。
大切な、尊敬する人がダークヴォルマを封印する夢・・・。
でもそれは・・・。
「おい、いつまで寝ているつもりだ」
眠っていたシオンに、フィーナの声がかかる。
「んん・・・?まだ夜も明けてないじゃないか・・・」
必死で、起きたくないと密かな抵抗をするが・・・
「それなら永遠にここで眠らせてやろうか?」
フィーナの冷たいオーラに気付き、勢いよく飛び起きた。
アルミオンも、リコリスももう起きているようだ。見た目、最年少のリコリスもさすがに年上だけあってシオンよりしっかりしている。
「でもなんでこんなに早いんだよー?」
まだ眠そうな顔して町をでたシオンがフィーナにきく。
“日と共に現れし幻の柱”
これが今回の魔石の在り処。
「日と共に・・・?」
「これ、たぶんオリエンタ湖のことだよ」
不思議そうなシオンにアルミオンが言う。
オリエンタ湖とは、日の出と共に水が引くという不思議な湖。日が昇りきれば、水がまた満水になる。
今回の件はスピード勝負のようだ。
その日の出の時間に終わらせなければ、水死してしまう。
オリエンタ湖まではそこまで遠くない。日の出まではまだ時間がある。
きっと余裕で間に合うだろう。
4人は暗い道の中、ひたすら歩いていった。
「なぁー・・・フィーナちょっとくらい・・・」
「休む気はないぞ」
すぱんと否定されたシオンの足取りは重い。十分な睡眠をとらないとまったくやる気がでない。
「あ、あれがオリエンタ湖じゃないですか?」
リコリスが、先にある湖を指差す。薄い星の光が、黒い水面に反射している。
「日の出までまだ時間があるな・・・。シオン、休んでもいいぞ」
「もう休んでるよ?」
アルミオンは、近くの芝生で大の字になるシオンをフィーナに見せる。
「まったくこいつは・・・」
呆れた目でシオンを見るも、気持ちよさそうに寝ていた。
「あ、私。モンスターに水あげてきますね」
「それなら僕も行くよ」
リコリスとアルミオンは、オリエンタ湖に向かって歩き出す。
そんな2人を見送ってフィーナもオリエンタ湖周辺の視察に行ってしまった。
―――シオン、闇の力は日に日に増していってます。彼ならきっとあなたの力になるでしょう・・・。
彼の名前は・・・―――
ふと、声が途切れた。目をぱっちりと開く。
あぁ、夢見だったのか・・・。
「シオンさん、そろそろ明け方だよ」
ぼーっと寝っ転がっているシオンを、アルミオンが覗き込む。その言葉に急いで上体を起こした。
山並みは、もう明るくなりつつある。
そろそろ時間だ。
シオンたちは湖のすぐ前まで移動した。近くで見るオリエンタ湖はずっと、深く、漠然と広がる海のようだ。
どこまでの水深なのか、透き通った水であるのに確認できない。
仄かな光だけが映っていた水面は今や、溢れ出した朝日をキラキラと輝かせている。
それは一枚の絵画であるがように、幻想的な湖だった。
と、山間から眩しいほどの朝日がシオンたちを照らす。日の出だ。
しかし、その朝日に見とれるまでもなくオリエンタ湖に張っていた水がぐんぐんと下がっていく。
湖の水が流れ出るほどのスピードでひいていっているのだ。
「すご・・・」
「すごいけど、怖いですねー・・・」
「あれが柱だな」
呆然とするシオンとリコリス。その傍らで、オリエンタ湖から現れた鉄の柱を指差すフィーナ。
湖は数秒とたたないうちに枯れてしまった。
どれくらいの深さだろう。かなり深いことは肉眼で確認できる。
そしてあの水量の水はどこに消えたのだろう・・・。
「日の出が完全に終わるまで時間が少ない。急ごう」
アルミオンは、怖気づきもせずそのぽっかり空いた穴を覗き込んだ。
枯湖から現れたのは鉄柱はもちろんだが、ご丁寧に階段も完備されている。
シオンはもちろん、それを使おうとしたのだが・・・
「そんなちんたら降りる暇はない」フィーナのはっきりとした声。
同時、大きく口をあけた黒々と広がるその中に、なんの躊躇もなく蹴り落とされたのだ。
「ぅ、わぁぁぁーーーーッッ!!!!?!?」
土気色の岩に、無残な叫びだけが響き残る。だが・・・ぽすっと音とともにシオンの体は何か柔らかいものの上に落下した。
「ちょっと毛が多いですけど、乗り心地は悪くないですよ」
真っ白となったシオンの脳内に、リコリスの声が飛び入ってきた。シオンが着地したのは彼女が持つトルティスの背中のようだ。
まずは騒ぎたてていた胸をほっとなでおろした。それから急いで湖底に向かう。
あの二人はというと。もちろん竜は空だって飛べちゃうわけだから・・・・・。
ばさばさと翼を揺らしながら2匹の竜も急降下していった。
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