己の奥に眠るもの






遺跡はなんとも古く、入ることすらままならない。

絶壁絶海で囲まれた孤立の島の遺跡。

空からしか行けない閉鎖的な遺跡。

「ここが、マドラージェ遺跡だよ」

アルミオンが、唖然と見回しているシオンに言う。

フィーナが推薦するくらいの遺跡だ。きっと何か特別なところなのだろうと思っていたが、これほど空気が違う場所とは思いもつかなかった。

張り詰めた空気や、重たい空気ではない。ピリピリと肌を刺す冷たい空気。

ここに吹く風さえも、痛い。

「シオン。さっさと入るぞ。時間がないんだ」

その空気の中、遠慮もなしに入り口に足をかけたのはフィーナだった。



「ここの主よ。私がわざわざ来てやった。…出て来い」

入り口から数歩歩いた後に広がる大きなホール。そこでフィーナが大声を上げるとふわりと一行の前の空気が揺れた。

「久しぶりだな。フィーナレンスドラゴン。それからアルミオンファラールドラゴンよ」

落ち着いた荘厳な声が響いたかと思うと、フィーナの目の前に人ともモンスターともいえない何かが現れた。

「わ!!」

「なんだ、こいつ!?」

リコリスとシオンが突然のことに一歩引き、そのモノをまじまじと観察するように見つめた。

変わった肌の色。変わった瞳の色。老いてるとも、若いとも判らない。

体は布で覆っていて見えないが宙に浮いてるようにゆらゆらしていた。

変わった気を持つその物体。あえていうならば、時のモンスター…プルートのようだった。

「これがここ、マドラージェ遺跡の主だよ。名前なんかない。ここの番人さ」

「ちょっと堅苦しい奴じゃがの」

アルミオンとリースが慣れた様子で説明する。この空気にも平然としている。

すごいなぁと関心しつつ、その番人と目のあったシオンはへらっと引きつった笑顔を見せた。

「今日はこいつのことを頼みたい。…よろしく頼むぞ」

フィーナは、そのシオンをぐいっと主の前へ突き出す。

勢いがよすぎて前へ倒れこむところだった。

じっと不思議な目はシオンを探るように覗く。

「…少々貧弱そうだが…承った。シオンといったな。準備が出来次第、奥の部屋に来い」

そういったここの主は、またふわりと姿を眩ました。

奥の部屋とはホールの向こうに構えている扉のことだろう。

何気なく、そのままシオンはその扉へと足をすすめようとしたが…。

「シオンさん。ちょっとまって」

アルミオンに呼び止められ、足を止めた。

「マドラージェ遺跡はね、失敗すると二度とでてこられないんだ」

「…は!?」

思わず目が点になる。二度と出てこられない。それは即ち…

「もしも失敗すれば、シオンさんは二度と出てこられないってことですか…?」

リコリスがおずおずとアルミオンの顔色を伺う。それに対してアルミオンは瞳を閉じただけだったが十分意味は感じ取れた。

それだけでシオンからは腹の底から冷たいものが流れたような気分になった。

一体ここで何をするのか、これから何が起こるのかさっぱりわからない。

ただ命賭けであるということ。

「落ち着けシオン」

蒼白、混乱しているシオンにフィーナから声をかけてきた。

「…ここはラクシアスランドとテスタルトの中間にある島だ。

私とアルミオンが昔に修行した場所。ここは己の力を最大限まで引き出すための修行の場。

ここを超えなければお前はこれ以上強くなれはしない」



――これを超えなければこれ以上強くなれはしない。――



シオンの中で重くのしかかる言葉。これを乗り切ること前提でダークヴォルマに挑むということ。

たとえ、どんな試練であっても――・・・。

「だからさっさと行って…必ず戻って来い」

そういうや否や、フィーナはシオンに何も考える間も与えずその奥の扉の中へと蹴りいれた。

「え!?ちょっ…!まだ心の準備が…!!」

すんなりとシオンを受け入れたその扉は、彼の声も虚しくそのまま遮断した。

「シオンさん、大丈夫でしょうか…」

「主もいってたように、ちとシオンは貧弱じゃからの」

リコリスとリースの不安そうな声。

「大丈夫だよ。シオンさんなら、ね」

微笑んだまま、アルミオンはそういいきった。そしてフィーナに同意を求める。

「あぁ。…あいつなら絶対戻ってくる…」

フィーナはじっとその閉ざされた扉を見つめた。







扉の奥は、無の世界のように真っ暗で。先ほど感じていた冷たい空気も何もない。

ただ、恐ろしいほどの黒い世界が広がっているだけ。

その中でシオンはひとりぼっちで投げ出されたのだ。

「なんだ、ここ…。ここで何すればいいんだ?」

キョロキョロと適当に見回してみたが、何もない。

てっきり、何か恐ろしいモンスターとでも戦うのじゃないかとか、痛い思いでもするんじゃないかと考えたいたシオンは拍子抜けしたような困惑したような気分になった。

と、ちょっとして何かの声がきこえた。

『お前はこの世に何を望む?力か?権力か?金か?永遠の命か?』

あたりには誰もいない、だがはっきりした声。その声は、まるで直接脳に語りかけてきたようであった。頭に響き、のしかかる。

『お前は平和を望むのか?そんなちっぽけな世界を望むのか?本当はこの世のすべてがほしいんだろう?』

寒気が走った。心の中が覗かれているのだと確信した。

『ここで私に従えば、お前はすべてを手に入れることができるぞ。

何よりも強い力を』

「何よりも強い力―…?」

ダークヴォルマを倒す力も、大切なものを守る力もー…?

シオンは今この空間の中で底知れぬ力を感じた。体からあふれ出るほどの強い力が体中に流れている。

あぁ、これならば本当になんでも手に入れられるかもしれない…でも。

「オレはこんな力いらない。オレの幸せは幼馴染と一緒に狩りをしたり、仲間と一緒に笑いあえることができればそれで幸せだから。

いくら弱くても、本当にほしいものはいくらでも手に入れられるしさ」

はっきりと、強く言い放った。

『…そうか。では今一度己の無力さをかみ締めるがいい!』

「!?」

“声”が口調を荒らげた途端、腕に足に気持ち悪さが駆け抜けた。

闇が、体を食らってる…!?

(逃げられない!食べられる!!)

だが自分でも不思議なくらい抵抗しなかった。むしろ闇を受け入れてるようであった。

『お前、闇が怖くないのか?』

「いや、怖い…けど例え闇に食われたとしても精神はオレのもんだからさ。

オレはオレだって、ついこの前フィーナに教えられたばっかりなんだよ」

ふと微笑むと、体に纏わりついていた闇の物体は煙のように蒸発していった。

『そうゆう思考の持ち主だったとはな…。いいだろう』



真っ暗だった世界が、光を帯びた。

気づいたときにはシオンは、蹴り飛ばされた扉の前に突っ立っていた。

「あれ!?ここって…」

状況の展開についていけず四苦八苦するシオン。フィーナもアルミオンもリコリスもリースもそこでシオンの帰りを待っていた。

「思ったよりも早かったな、シオン」

「シオンさん、おかえりなさい」

「お疲れさまです」

「うむ。さすがじゃ」

労いの言葉に、『修行』とやらが終了したのだとわかるとシオンは一気に胸をなでおろした。

「た、ただいま…」

「さすがだな。不思議な少年だったよ」

マドラージェの主が、また神出鬼没に現れた。今回はリコリスの横だ。

「この少年ならば、ラフィスを越えられるかもしれんな…」

呟かれたその言葉は、シオンの耳には届いていなかった。



だが安心感はそう長く続かなかった。

アルミオンが何かただならぬ気配に気づいたようだ。マドラージェの入り口のほうを見据えながら

「シオンさん、フィーナ。こっちに何か向かってきてるよ…。すごい力だ」

注意と警戒を促した。そういわれてみれば、何か気配が押し寄せてきている。

「よし、行ってみよう」

シオンたちはマドラージェの外へ駆け出していった。




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