女王
「シオン、そろそろマントを頼む」
「あ、あぁ」
村に近づき例の如くマントを要求するフィーナ。
一体なんの意味があってかぶるのかわからない。
それすらも教えてくれない。
今日訪れた村は小さな村でこんな時間であるため人っ子一人すらいない。
「それじゃあ、シオンと私はぶらぶらと必要なものでも買って来ますからフィーナは先に宿にいっててくださいな」
と、カルナはにっこりと微笑んでシオンの腕を引く。
あぁ、とだけ返事したフィーナはそのまま宿へ直行しようとしたが
「カルナ・ノーリン様ですね?」
その声に足を止めた。
暗いのではっきりとはわからなかったが、声をかけてきたのは怪しい兵士2人組み。
「そうですわ」
そいつらを睨みつけるような勢いでカルナは凛とした声で言い返す。
兵士も怯むことなく、淡々と用件を告げだした。
「カルナ様。そろそろセントラル王国へお帰りください。お父様も心配なさってます」
それにようやく思い出した。カルナは王家の者だったという事に。
と、いうことはこの兵士たちがカルナを呼び戻しにきたんだろう。
だが、一筋縄にはいかない。
「嫌ですわ。王家の言いなりになんてなってたまるものですか!」
声を荒らげ、兵士に背中を向けた。帰れ、そう告げるように。
困り果てた兵士は首を軽く振った。
上の命令でわざわざ使わされた兵士なのにかわいそうである。
「・・・これは言うなと言われていたのですが・・・王様は今病で伏せっております」
「そんな嘘には騙されませんわ」
そんな兵士のやりとりを、シオンとフィーナは遠くから見守って(?)いた。
なぜそんな頑なに嫌がるのか。
兵士のもう一人がまたカルナを説得すべく口を開く。
「今、セントラル王国は危険な状態にあります。女王さまが亡くなられて王様がお一人で国を支えなさっていたのはご存知ですね?
王様は病によって国を治めることができません」
聞いているのか、聞いていないのかそっぽを向いてた王女様であったが、
ようやく兵士を向き合った。
「・・・本当に・・・?」
わずかに彼女の声が震えた。
セントラル王国は内乱で満ち、多くの人の血が流れ、多くの人が命を失った。
そこで、国を治めるべき人は王女であるカルナだと決まったらしい。
「・・・少々待ってくださいませ。私にも時間が欲しいわ」
カルナの声色が低くなる。2人の兵士は頷き
「明日の朝、また迎えに参ります」
と、村の門付近へと遠ざかっていった。
静かな村だけに、しんとした寂しさが残る。
その中、初めに言葉を発したのはフィーナ。
「・・・貴様は邪魔だ。ここにいてもなんの用もない。必要であるべき場所へさっさと消えろ」
(うわ、キツっ)
せいぜい役にでもたつんだな、と聞こえたのはシオンだけだろうか。
しかし優しい励ましの表情ではないのは見て感じられるだろう。
だが、本当に嫌気がさしている表情ではないと感じたのもシオンだけだろうか。
フィーナはそのまま踵を返し、宿の中へと消えていってしまった。
カルナの表情は怒りとか、悲しみとかそういった感情が入り混じった
複雑なものになっている。
「ねぇ、シオン。あなたはどう思う?」
シオンは村の敷地にあった、民家から少し外れた岩場に座ってさきほどのことについてカルナの相談相手をさせられていた。
しかし、もちろんシオンには王家の友達なんかいるはずがないから、相談といえるほどのことじゃないのはすぐさま分かる。
だが、こんなときこそ不満を吐き出してしまいたいカルナの気持ちもよく分かる。
シオンは自分に言える程度のことを言ってやるまでだった。
「俺は・・・帰るほうがいいと思うよ」
「・・・」
「カルナはどうして帰りたくないんだ?」
しばらくの沈黙の後、カルナによって再び話が紡がれた。
「・・・私は・・・お母様にだけ愛情をかけられて育ってきましたわ」
お母様・・・。それは亡くなったといわれたセントラル王国の王妃。
「お父様は国のことで手いっぱいで私の相手などしてもくれませんでしたから。
お母様が亡くなられたときは、それはそれはショックでしたわ。
父と、法に縛り付けられた生活。それならば、
自由放浪の旅に出る方がマシだと・・・」
例え、どんな危険がまっていようと各地を自由に歩き回る決意は固かった。
シオンはただただ黙って話をきいている。
「そして今回は・・・帰ってきて国を治めろですって?
私からすべてを奪った国のために?こんなの、勝手じゃないですの?」
一通り、弱音を出しきったカルナは今度はうつむいてシオンの返事を待った。
「カルナは、セントラル王国が嫌いなのか?」
こんな風に返事を返されるとは思ってなかったのかカルナは少しためらったように思えた。
しかしすぐに言葉を返す。
「いいえ」
凛とした声だ。まさに威厳がある声色。
「じゃあ、帰るべきだと思う。王国はカルナしかもう手に負えないんだから。
それにカルナは親や法律に反発してるだけだ。自分で何かをしないと意味がない。
法律なら自分で変えられるじゃないか。父さんには自分から話しかけられるじゃないか。・・・まだ・・・生きているんだから・・・」
シオンは空にちらつく無数の光を眺めながら言う。落ち着いた声だったが、あたりが静かなためか響いて聞こえた。
言葉はシオンの悲しい思い出を甦させた。
「・・・そうね。シオンの言うとおりよ。」
カルナは瞳を閉じて、軽く微笑んだ。そして座っていた岩から腰を浮かせる。
「そろそろ宿に戻りましょうか」
「あぁ、そうだな」
シオンも彼女にならって、村の小さな一角の宿へと歩き出した。
2、3歩進んだそのとき、数歩前を歩いていたカルナが不意に立ち止まり振り返らずに一言。
「ありがとう」と―――・・・。
「短い期間でしたけど、楽しかったですわ!」
日が山から昇った、質素な村の門。
いつもの口調といつのも笑顔でカルナは二人にそう告げた。
「私は楽しくはなかったがな」
こちらもいつもと変わらぬ口調で言い返すフィーナ。
「じゃあな、カルナ!またきっと会いに行くよ!」
「えぇ。そのときはバッチリ完璧な国にしておきますわっ」
カルナはシオンににっこりと笑って返す。
兵士が早朝から迎に来ていた馬車にカルナが乗り込み、馬車は出発した。
「セントラル王国に1回は行って見たいな」
馬車の後ろを見送りながら、シオンは言った。
「あぁ、復興後が楽しみだな」
どんな意味でかは分からないが、フィーナもにやりと笑いながらそう言ってくれた。
馬車のうしろ姿は、間もなく地と空の境に見えなくなった。
「さて、フィーナ。次の目的地にでも向かうか」
寂しく(静かに)なったメンバーに味気なさを感じたものの、シオンは横に突っ立っている少女に問いかけた。
しかし、いつになく返事が遅い。いつもならば「あたり前だ」と即答する彼女なのに。
そして帰ってくる言葉もいつもどおりではなかったのだ。
それの代わりに出てきた言葉は・・・。
「頼みがある。少々寄り道になるがいいな?」
シオンに有無を言わせず、フィーナは続ける。
「水晶の魔窟へ行く」
「水晶の魔窟ッ!?」
耳を疑い、思わず声をあげてしまった。それもそのはず、そこは数知れないモンスターが
うようよと巣くっている。しかもすべてが命を奪うほどの強敵。
命がいくつあっても足りないではないか。
「なんでそこに!?」
「そこにアルミオンがいる」
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