ラフィスとフェーンフィートは全速力でセントラル王国へ向っていた。

風を裂き、一直線に巨大な王城を目指す。

もう一分一秒も惜しい状況に陥っている。急がなければ。

『ラフィス、ちょっと様子がおかしくない?』

ドラゴンのフェーンフィートが、前を見据えて背中のラフィスに言った。

彼女の視線の先をラフィスも追い、強風に耐えながらも前方に目を凝らす。

青空のある一点に、なにやらドス黒い靄のようなものがかかっている。

ちょうど二人の目的地であるセントラル王国の頭上の位置だ。

そしてその靄の中に、巨大な鳥のような影が飛びまわっている。

「あれは・・・魔物・・・!?」

ラフィスが目を見張った。

あの黒い影は鳥などというかわいいものではない。禍々しい紫色の羽毛に覆われた全長は2mはあるのではないだろうか。

紛れもなく魔物の姿だ。

「セントラル王国が襲われているのか!?」

その時、セントラル王国からドンッという爆音とともに、空中で火花が弾けた。

どうやらあの靄は、セントラル王国の攻防―――大砲による硝煙のようだ。

その砲弾を魔物は軽やかに避けて、ギャーギャーと威嚇の声を上げる。そして、翼を広げて王城に急降下し始めた。

『王国が危ないわ!ラフィス、しっかり捕まっててね!!』

フェーンフィートは言うや否や、一気に加速した。

 

魔物は砲撃場所に狙いを定めて、翼でなぎ払う。その強靭な翼の力に、いくらしっかりとした防壁を備えているセントラル王国もおもちゃのように壁が崩れた。

大砲を5つ備えた第一砲撃部が全滅した。

またも魔物は翼を大きく広げる。その刹那、フェーンフィートの爪が敵の背中を掴み、数十メートル空中へ投げ飛ばした。

ラフィスが、フェーンフィートの背中から身を乗り出して目下のセントラル王国の様子を確認する。

城の壁はところどころ崩れ落ち、瓦礫が散乱している。何十人もの負傷者が運ばれているのも見えた。

(ちっ・・・。もうちょっと早くこっちに着いてれば・・・!)

ラフィスは後悔を胸に、吹き飛ばされた魔物を睨む。

近くで見ると、ますます大きい。竜となったフェーンフィートと対等の大きさだ。目は額にも2つついており、この世の生物とは思えない。

相手も同じく殺気立ち、鋭い4つの目を、もはやラフィス達一点に集中させている。

『貴様らが神の遣いというやつらか・・・』

魔物が低い声を発した。

『我らが創造主、ダークヴォルマ様の邪魔などさせはせん・・・』

元々ラフィスたちが狙いだったのだろう。テスタルトからラフィス達の気配が消えていたために、セントラル王国を襲っていたのではないか。

ラフィスはフェーンフィートの背中の上で、斧を構えた。新調した斧を魔物に向けるのは初めてだ。

「フェーンフィート、アイツにできるだけ近づくことはできるか?」

ラフィスが彼女に問うと

『できるけど・・・空中戦じゃあちょっとキツクない?』

私に任せて、とフェーンフィートは少しだけ魔物との間合いをつめると

『ファイアストーム!!』

業火の炎が大爆発を起こした。魔物に直撃する。

『やった!』

赤竜が期待を込めてガッツポーズをした。なにせ彼女の自慢の炎魔術である。あの大爆発に巻き込まれてただではすまないだろう。

炎が納まり、黒煙が風に吹かれて晴れていく。

「いや・・・」

ラフィスの目が煙の中の影を捉える。

「どうやらやつの羽根は耐火性らしいな」

あの燃え盛る炎の中でも、魔物は火傷ひとつ負っていない。魔物も表情ひとつ歪めていなかった。

『トルネード!アイスストーム!』

フェーンフィートが立て続けに呪文を唱えると、それに伴い竜巻、氷の嵐が魔物を飲み込んでいく。

だがそれもファイアストームと同じく、奴にとっては無意味なものだった。

「魔術全般が効かないらしいな・・・」

ラフィスが言った。

『もっと強力な魔術が使えればいいんだけど・・・』

それは破壊魔術を主とする黒竜にしかできない魔術。どんなに高い魔力を誇っていてもフェーンフィートは赤竜だ。

フェーンフィートがこれ以上の言葉を失った。

その時、魔物がこちらを嘲笑うかのように急接近してきた。フェーンフィートが避ける間もなく、魔物の片翼が大きな鱗の体躯を打つ。

竜の巨体がバランスを崩して吹き飛んだ。

慌てて体制を整える。

『ラフィス!乗ってる!?』

「あぁ、なんとか・・・」

この高さから振り落とされては、ひとたまりもない。ラフィスの両の手はしっかりと彼女の背を握っていた。

魔物がすぐさま鋭い爪先をフェーンフィートに定めた。それから逃げるだけで必死である。

魔術も効かない。ラフィスの斧も空中では戦力にならない・・・。こちらとしては打つ手がない。

そのとき

ドンッ

再びセントラル王国から砲弾の音が轟いた。その弾丸は、こちらに気を取られていた魔物の右翼をまっすぐに打ち抜いたのだった。辺りに紫色の羽根が雪のように舞い散る。

不意をつかれた砲撃に、魔物の体もぐらりと傾き、落下していく。

「いまだ・・・!」

ラフィスが右手に斧を握り、魔物を目掛けて彼女の背中から飛び降りた。

斧を両手で握り、大きく振りかぶった。落下の勢いを利用して魔物の脳天にその刃を振り下ろす。

『ぐぎゃぁぁあああーーー』

魔物の断末魔が、耳が裂けるほどに響き渡った。スッと、摩擦する空気に溶けるように魔物の姿は消えていった。

 

ドン

 

なおも落下するラフィスの体は、硬いものの上に着地した。

赤いぎらつく鱗。赤竜の背中だ。

肩を打ちつけ、十分痛かったのだがこのまま地面に衝突して命を落とすよりマシである。

『ちょっとラフィス!いきなり飛び降りたら危ないじゃないの!!』

フェーンフィートの怒声が飛んだ。

『勝手な行動をするなって私に前言ったけど、あなたも人のこと言えないわよ』

己の行動を振り返り、ラフィスは確かにと言葉に詰まる。

「・・・悪かった」

斧をおさめながら、素直に謝罪した。