ベッドに横たわり、苦しむリアス。意識はない。

そのベッドの傍につくのはティラミス。彼が目覚めるのをひたすら待っている。

もうかれこれ半日はこの調子であった。

「どう?ちょっとは良くなったかしら?」

ルルフォールがタオルや氷を持ってきた。それに対してティラミスは静かに首を横に振った。

「・・・私の治癒術でも・・・ダメでした・・・」

「そう・・・。あなたもそろそろ休んだら?そんなんじゃあなたまで倒れるわよ」

「いいえ。元を辿れば私の責任です・・・。私がリアスにこんなことを頼まなければ・・・」

ティラミスはルルフォールのほうを見向きもせずに、答えた。

「私、これくらいのことしかできないから・・・」

そういうティラミスの背中をルルフォールは

(やってらんないわね)

と思いつつ、ため息をついた。

 

 

 

「リアスの調子はどうだ?」

ルルフォールが寝室を出ると、ダイニングにはリアスの回復を待つラースドの姿。

「・・・まだずっとあの調子よ。疲れが溜まってるだけならいいんだけど、あんな苦しそうな症状みたことないわ」

ルルフォールがお手上げだと、肩をすくめた。

「・・・ところで、あのティラミスって子は何者なの?あの子の治癒術は一体・・・?」

ルルフォールが神妙な顔でラースドに尋ねた。

「って、ことはあいつの能力は魔術でもないんだな」

ラースドも真剣な声だった。

「ええ。魔術は基本的に自然界を操ることを意味するのよ。治癒なんて、生命を左右できるようなものじゃないわ」

「あいつの治癒はオレにも分からないし、ティラミス自身も分かってない。ティラミスは記憶喪失だしな」

「そう・・・」

それだけ言うとルルフォールは黙ってしまった。

(オートマターに詳しい。そして記憶がない。この世にはない治癒術の使い手。そしてそのティラミスの持つ感応石は不自然災害と波長が一致する・・・

まったく分からないわね。一番考えられるのは、ティラミスが宇宙人で他の星から治癒術やオートマターをもたらし・・・)

ルルフォールはそこまで考えると、頭をぼりぼりとかいた。自分の低脳な考えに呆れた。

(私としたことが何くだらないこと考えてるのかしら。宇宙人なんて不確かなもの)

 

 

 

 

翌早朝。

「んーーー・・・・」

リアスは差し込む光に目を覚ました。体を起こして大きく伸びをする。

あの痛かった頭痛や、呼吸困難はどこへやら。万全の体調に元通り。

(オレ・・・どうなったんだっけ・・・)

必死に記憶を辿り、リリムクロスを倒して自分の意識が朦朧となったことをなんとか思い出した。

ふと、視線を下に向けるとティラミスが自分の体に覆いかぶさるようにして眠っていた。

寝息を立てて、気持ちよさそうに寝ている。

彼女の傍においてある水の張った桶や、タオルを見るとどうやらずっと看病しててくれたのだろう。

リアスは優しく微笑んだ。

「・・・ありがとう、ティラミス」

「うーー・・・」

ティラミスがうめき声を上げながら、上体をゆっくり起こした。

目を擦りながら、寝ぼけているのか辺りを見回す。

「ごめん、ティラミス。起こしちゃった?」

リアスが申し訳なさそうに言うと、ようやくティラミスは状況を思い出したのか

「リアス!もういいの!?」

嬉々として声を上げた。

「うん。もう元通り!!ティラミスも看病してくれたんだろ?ありがとう」

素直にお礼を述べられたことに、照れくさそうに笑うティラミス。

そんな時、寝室の扉が開かれた。

「リアス!もう大丈夫なのか?!」

ラースドだ。起き上がったリアスを見て、駆け寄ってきた。

「うん。面倒かけちゃってごめん」

「まぁいいさ。腹減ってるだろ。」

「確かにおなかペコペコだ」

そうするとティラミスが立ち上がり

「私、ルルフォールさんに言って何か食べるもの用意してもらってきます」

嬉しそうに寝室から姿を消した。

「リアス、ティラミスが随分自分のせいだと落ち込んでたぜ。あとでフォロー入れてやれよ」

その後ろ姿を見ながらラースドが密かにリアスに告げた。

 

 

御飯も無事に平らげ、体も全回復し、いざ旅の再開かと皆がルルフォールの家を出発しようとした時。

「さて、そろそろ行きましょうか」

そういったのはルルフォールだった。

「一緒に来てくれるんですか!?」

気合十分に準備完了の彼女に驚くリアス。昨日までは懇願しても行かないの一点張りだった彼女がどういう風の吹きまわしだろうか。

「そう。私もちょっとオートマターというものに興味が湧いてね。あれは人口皮膚にしては随分と完成されたものだったわ。

もはや今に生きる創造者と言ってもおかしくないくらいね」

淡々と言ってのけるルルフォール。

やったぁ、と無邪気に喜ぶリアスとティラミスを横目に見つめ心の中でこうも呟いた。

(ティラミス。あなたの力も気になるしね)

「それじゃあさっそくギルバースに向けて出発しよう。よろしく、ルルフォールさん」

何の気なしに言ったリアスの言葉にルルフォールはなぜか顔をしかめた。

「別にルルフでいいわ」

「そっか。じゃあよろしく、ルルフ」

リアスはにこっと笑った。

後の話では"ルルフォールさん"なんてよそよそしい話かけ方だと、自分だけ妙に年配扱いされているようで嫌だったらしい・・・。

 

 

 

 

ギルバースに向けて、東の大地を進む一行。

元気いっぱいに回復したリアスとティラミスは、ラースドとルルフの数歩先を歩いていた。

前に歩いた枯れ果てた平野とは違い、ここは風も日光もとても心地よく歩きやすい。

「それにしてもリリムクロスは強かったな。ルルフがあの場にいてよかったよ」

リアスが苦笑しながらティラミスに話しかけた。

「まさか、治癒が使えるなんて思ってもなかった」

「・・・私も・・・治癒するオートマターなんて始めてでした。私の知る限りでは・・・」

ティラミスが表情を曇らせた。

「もしかしたら、オートマターは進化してるのかもしれない・・・」

「ティラミス。オレはこの旅に出てきてよかったと思ってる。こんな世界が広いってこともわかったし、今大変な状況だってこともわかった。

むしろティラミスに感謝してるくらい」

「でも・・・リアスにはお母さんもいたし、私のせいで辛い思いもたくさんしてるでしょう?」

彼女は顔を歪める。きっとリアスが倒れたことを気にしてるんだろう。

「大丈夫。あれはティラミスのせいじゃないよ。気にしないで」

リアスが笑い飛ばすと、少しだけティラミスに笑顔が浮かんだ。

 

「貴方達ってなんか不思議ね」

ルルフがリアスとティラミスの後ろ姿を見つめながら言った。それを聞いたラースドは

「まぁオレはオートマターで金儲けしたいだけだけどな」と、そっけなく答える。

「あらそう?」

ルルフはにやりと笑った。

「あなたほどの狡猾な人間なら、こんな効率の悪い方法選ぶとも思えないけど?」

「・・・」

ラースドは口を噤んだ。

 

 

 *    *    *

 

 

ギルバースにつくまでに存在する町、トゥルム。

とりあえず今晩はここで宿をとろうということになったのだが。

「なんだか町の様子がおかしいな?」

ラースドがまずその異変を口にした。

なんだか、騒がしいというか生気がないというか。既に夜だから静かなのはわかるがそれ以上に妙な空気が漂っていた。

「・・・そうですね、なんだかとても寂しいような」

「何かあったのかな」

ティラミスとリアスも首をかしげた。

そんなとき、ルルフが足もとに落ちていた一枚の紙を取り上げた。

新聞のようだ。

「な、んですって・・・!?」

それを見てすぐにルルフは声を上げた。みるみる蒼白する顔。

なにがあったのか、ただならぬ様子を気になった3人はその新聞を覗き込んだ。

そこには号外と書かれており、大きな見出しで『首都モノネナ崩壊』と書かれていた。

ルルフが記事の一部を読み上げる。

「昨夜未明に嵐に見舞われ、建物や近くのダム、橋などが全滅。王宮も多大な被害を被むかれたが王家の方々は無事に全員避難された。

死者は200名以上、行方不明者は50名以上。首都の崩壊ということで経済的、政治的に大きな打撃を国全体に及ぼした。

今後は復興作業に向けて力をいれていくつもりであり、救援物資などが送られている。

なお、他の都を襲った自然災害との関係も懸念されており現在研究がなされている」

「崩壊って・・・」

あまりの予期せぬ事態にさすがのリアスも言葉を失った。

「きっとこの国は大変なことになるだろうな。まぁ、新聞を見る限りではモノネナ王も生きていて今は別の都で指揮をとってるそうだが・・・」

「この町が寂しいのもそのせいなんでしょうね」

ティラミスが再び、がらんとしている町を見渡した。きっと援助や救援物資などで大変であるだろう。

「とりあえず、オレたちも宿をとろう。こんなところで途方にくれても仕方ないよ」

リアスが促すと、ティラミスもラースドもルルフも賛成した。

 

「それにしても、晩御飯が大豆だけっていうのがなぁ・・・」

ラースドが豆スープを口に運びながら言った。

テーブルに並んだのは大豆のスープに大豆の煮物。あとはパン。

「仕方ないんだよ。貿易のルートも今途絶えちまってるからね。この辺りの特産物である大豆料理しか今出せないんだよ」

店主のおばさんがすまなそうに言う。

「そんなことないよ。とってもおいしかったよ、おばちゃん」

リアスは既に食べ終えており、おばさんに満足そうに笑顔を向けた。

「ところで、もうギルバースにいく必要はなくなったわね」

リアスの向かいに座るルルフが、リアスの方を見ながら言った。

「? どうして?」

それに対してリアスは不思議そうである。

「ギルバースよりもモノネナにいく方がここからだと近いわ。そこで何があったのか調べてみましょう」

ルルフは道具袋から地図を取り出した。そして長い指が、トゥルムを指した。

「この町からモノリストンネルを通っていくとすぐモノネナに着くわ」

指はするすると東側の山を移動して、モノネナに行きついた。

確かに地図はトゥルムとモノネナの間に山を挟んでいるだけで、とても近い。

「おや、あんた達モノリストンネルを通るのかい?」

話をきいていた店主のおばさんが突然声をあげた。リアス、ティラミス、ラースド、ルルフを順に見ていき心配そうに眼を細めた。

「あそこはやめた方がいいわよ。なんたってとっても危険なモンスターがウヨウヨいるんですもの。最近じゃめっきり使われていないからね」

「でも、ゆっくりしてたらまたどこかが町が狙われるかもしれない。」

珍しく、リアスの真面目な声。はじめはあんなにもお子様だったリアスであったのに・・・。

「モノリストンネルを通ってモノネナに向かおう。」

リアスの真剣な瞳に、ラースド、ルルフも肩を竦めて薄く笑った。

「まぁ別にオレはとめねぇよ。」

「私も。遠回りなんてごめんよ」

ティラミスも頷き、微笑んだ。

「明日に向けて早く寝ないとね」