モノリストンネルに行く最も早く効率的な手段は馬車を使うことだ。
トゥルムから北西の町ファンクには馬車が行き来しており、その途中にモノリストンネルが存在する。途中下車すると、4〜5時間で着く。
歩くと丸一日かかるので、これでもかなりの短縮である。
4人は早朝に出発するファンク行きの馬車に乗り込んだ。
中には交易品などが木箱に入れられ、大量に積まれているが人が乗るスペースも十分にあった。
ベンチ式の椅子が2つ向かい合って並べてあった。8人は乗れるくらいの広さだ。
リアス、ティラミス、ラースド、ルルフが乗り込むと間もなく馬車は動き出した。
馬車に乗ったとき、既に一人先客がいた。端の方に座る、若い男であった。
彼の隣に座っているティラミスは、警戒することもなく相手に笑いかけた。
「こんにちは」
すると相手は最初驚いたものの、すぐに返事を返した。
「こんにちは」
珍しい、琥珀色に輝く瞳が彼女を映すとにっこりと人懐っこい笑みを浮かべた。
「旅をしているんですか?」
ティラミスを挟んでリアスが彼に問いかける。すると彼は首を振った。瞳と同じ色の髪の毛が柔らかそうに揺れた。
「いや、オレの仕事はトレジャーハンターなんだ」
「トレジャーハンターなんですか!?」
それに目の色を変えたのは当然ラースド。向かいの席から身を乗り出すように。
並々ならぬ食いつき方に一瞬彼も身を引いた。
「それで、金目のものは見つかったのか?」
ラースドは無遠慮に失礼な質問を投げかけた。
「いや、このあたりの宝は大体小物しかなかった。だからそろそろ別のところに移動しようと思ってな」
それを聞いたラースドの瞳が輝いていく。
「いいなぁ。オレも行きてぇー・・・」
羨望の眼差しで少年を見つめる。それを隣で呆れるルルフ。
「・・・二兎を追うものは一兎も捕まえられないのよねー・・・」
一部始終をみて、ティラミスとリアスは顔を見合せてクスクスと笑った。トレジャーハンターの彼はというと苦笑している。
「ところであなた名前は?」
ティラミスが尋ねた。
「オレはセルウィン。セルウィン・ダークス」
とても人懐こっそうな笑顔で、彼は答えた。
「君たちは冒険者なのか?」
「まぁ、そんなところだよ。これからモノリストンネルに行くんだ」
リアスが言う。それを聞くなりセルウィンは目を丸くした。
「あのトンネルに?」
訝しげに4人をみる。
「あそこはモンスターの巣窟な上に、落石まであって危険なのにどうしてわざわざ・・・」
そんなとき、馬車が一回大きく揺れた。馬車が停止したのだ。
はっとしたセルウィンは急いで荷物をまとめて立ち上がった。どうやら彼はここで下車するらしい。
「オレはここでサヨナラだ。オレもまたあっちの地方に行くつもりだから縁があったらまた会おう。幸運を祈るよ」
セルウィンは、右手をヒラヒラさせて馬車から下りた。
そんな彼を名残惜しそうに見ていたのはラースド。
「オレのお宝・・・」
「はいはい。ラースド、これからまだまだ長いんだし休めるときに休んでた方がいいよ」
リアスが宥めると、ラースドも渋々眠ることにしたようである。
ルルフもしばらくすると、瞼が重くなっていき規則正しい寝息が聞こえてきた。
リアスはというと妙に目が冴えてしまって休むに休めないでいた。ティラミスも同様なのか、二人とも他愛ない話をして起きていた。
「そういえば、ティラミスはまだ何も思い出せない?」
リアスが何となしに聞いたら、ティラミスは「うん」と申し訳なさそうに笑って瞳を伏せた。
「ただね、感応石が大事なものだってことは覚えてるの。これを持っていたら帰れると誰かに言われた気がして」
ティラミスが胸で光る感応石を握りしめた。
「そっか。でもそれだけでも覚えてるんならきっと大丈夫。この先、きっと見つかるよ」
リアスが元気づけるように肩を叩いた。
その時、わずかにティラミスの胸が痛んだ気がした。
(見つかる・・・。故郷が見つかったら、リアス達ともー・・・)
そう思ったとき、ティラミスが下腹部に異常を感じた。ぎりぎりと締め付けるような痛み――・・・。
ティラミスがお腹を抱えて顔をゆがめていることにすぐさま気づいたリアス。
「ティラミス、どうしたの!?」
焦って彼女の顔を覗き込むと
「大丈夫・・・」
そう言って首を横に振ることしかしなかった。
とにかくこのままではどうしようもない。医者に見せなければ・・・!
そう思ったリアスは運転手にすぐさま近くの町によってくれと頼んだ。
その間にティラミスの苦しみが止むことはなかった。ひたすらに痛みに耐えるティラミスを、リアスは励まし続けることしかできない。
もどかしさやら、焦りやら、不安やら、いろんなものがリアスを支配していた。
数分後に馬車は停止した。小さな町だったが診療所くらいはあるだろう。
突然の停車にラースドもルルフも目を覚ました。
「どうしたの?ここはまだモノリストンネルじゃないわよ」
ルルフが目を擦りながら、大きく伸びをする。
「ん?ティラミス、どうかしたのか?」
ティラミスの異変を感じ取ったラースド。
「ちょっと様子がおかしいんだ。すぐ病院に行かなきゃ」
リアスは必死に説明し、4人はすぐさま病院に急いだ。
「どうかしましたぁ〜?」
木で作られた小さな診療所のドアを開けると、若い女性の看護師が間延びした声で出迎えてくれた。
「この子を診てほしくて」
リアスがティラミスを看護師のほうに差し出すと、看護師はティラミスの顔色や様子をみてから
「ふむ・・・。食中毒かしら・・・。こちらの部屋へどうぞ」
看護師に連れられて、ティラミスは奥の部屋へ連れて行かれた。
残された3人は待合室で、彼女が帰ってくるのを持つことにした。
「それにしても遅いわね」
かれこれ30分以上は待っている。ルルフはじっと診察室を見つめた。
「何事もないといいのだけれど・・・」
そのとき、ガタンと診察室の扉が開かれた。
中から現れたのはティラミスではなくて先ほどの看護師。深刻そうな顔で、こういった。
「一緒に中に入っていただけますかぁ?ちょっと話をしたいので」
言われるがまま、リアスたちは診察室へ入った。
そこにいたのは難しそうな顔をした年老いた医師と未だ苦しみが癒えないティラミス。
医師はこちらに気づくと
「すまないが、私ではまったくわからない。この子にはわからないことが多すぎる」
そう頭を抱えた。
「心拍数も脈拍もおかしいし、だからといって体に異常があるわけでもない。この腹痛の原因だって思い当たるものがないんだ」
リアス達もどうしていいのかわからず、ただ立ち尽くすことしかできない。
「・・・ならティラミスは治らないのか?」
ラースドが睨みつけるように医師をみると、医師は目を閉じた。
「・・・入院してもらって、少し様子をみてみようと思う。いいかな?」
さすがにあの状態のティラミスを連れまわすわけにもいかない。そうするしか道はない。
3人は静かに診察室から出て行った。
「明日の昼前の馬車にのって、モノネナにつくのが・・・」
3人は宿屋のロビーで明日の予定――ティラミスが治っているということ前提で――を相談していた。
ラースドがリアスとルルフに説明しているものの、
「おい、リアス。きいてるのか?」
「あてっ」
ラースドが頭を小突く。心ここにあらずと、ぼーっとしていたリアスは思わぬ攻撃に驚いた。
「ティラミスが気になるのはわかるけど・・・」
ルルフが息をついた。
「・・・ごめん。ちょっとオレも疲れたみたい。もう休むよ」
リアスは低いトーンでそういうと、部屋に戻って行った。
その後ろ姿を見送って、ルルフはやれやれと盛大な溜息をついた。彼女なりに心配もしているのだろう。
「まったく・・・子供なんだから」
「まぁ、それがあいつのいいところなんじゃねぇの?」
ラースドがいう。
「あいつにはあのまま大人になってほしいもんだな。・・・オレみたいにはならずに・・・」
そういった彼の言葉には、どこか哀しみが込められているような気がしたのは気のせいだろうか。
*
* *
午前7時。リアス起床。農家である彼にとっては、なかなか遅い起床時間であった。
「あら、リアス。おはよう」
廊下ではちょうどルルフと出会った。
「早いわね」
「ルルフこそ、珍しく早いね」
リアスが悪気なしにそう返した。
「余計なお世話よ」
ぴしゃりと返された。まぁ、さして怒ってる風でもないのだが。
「それはそうと病院にいくんでしょう?」
「うん」
奥の方からラースドが歩いてくるのも見えた。もう全員準備は整っていたようだ。
3人はティラミスが入院している病院へ向かった。
そこには随分顔色の良くなったティラミスの姿。
「ティラミス、もう大丈夫なのか!?」
その姿をみて、リアスの顔に笑顔が浮かんだ。
「うん!もう元気だよ!」
そういった彼女はもう普段となんら変わりのない様子であった。歩くこともできる。
医師も看護師も安心していたが、不審そうに首を捻った。
「晩くらいから銚子が良くなってね。点滴をしていたんだが。結局何が原因だったのかさっぱりだよ」
「でもよかった!」
リアスが嬉しそうにティラミスの手をとったとき、彼の頭に閃光が走った。
―――触れるな―――
そう、頭の中で聞こえたような気がしたのだ。
「でも、よくなってよかったわ。モノリストンネルに行くこともできるのね?」
ルルフがティラミスに笑いかけると
「うん!」
「ったく。無理すんじゃねぇぞ。こっちに迷惑がかかるんだから」
「あら、素直じゃないわね?」
ラースドとルルフのやり取りを楽しそうに笑うティラミス。
(きっと気のせいだろう・・・)
リアスは先ほどの閃光は疲れからきたものだと解釈した。