それから予定通り、昼前の馬車に乗り無事にモノリストンネルについた。
巨大な山脈を突き破るようにして、一本のトンネルが口を広げている。
真っ暗なそこは、まるっきり誰も通っていないということを示していた。露出した飛び出した岩肌や、大きなクモの巣、まるで絵に描いたようなホラーな図である。
この中に、ウヨウヨと凶悪なモンスターがいるんだろう。そう考えると、リアスの背筋に悪寒が走った。
「あら、怖いの?」
ルルフが冷やかすように、リアスに笑いかける。
「リアス、ここでは銃剣使っちゃダメだよ」
ティラミスも彼に念を押す。こんなところで銃剣なんて使われては、崩れてしまうかもしれない。
「わーかってるって。大体こんな狭いところじゃあ使えないし。ルルフこそ、魔術使わないでよ」
「はいはい」
そんなリアスとルルフのやりとりをラースドが呆れた目つきで見ていた。
「・・・そろそろ行くぞー」
ラースドを先頭に、リアス、ティラミス、ルルフが薄暗いトンネルの中に足を踏み入れた。
外からではわからなかったが、中はトンネル整備のためのトロッコやつるはしなどが転がっていた。
足元を照らすための燭台も設置されているが、ロウソクがないため灯をつけることもできない。
「真っ暗だー・・・」
ティラミスの声が、トンネル内に木霊する。
ラースドも手探りで前に進んでるのだが、こんなんじゃあ1年経ってもトンネルを抜けることなんてできないだろう。
そんな時、赤い光がが暗闇の中4人を浮かび上がらせた。
それはルルフの手から放たれている燃え上がる炎。
「魔術は使うなって言ってたけど、これくらいならいいでしょう?」
どうやら、灯がわりとして役立ててくれるらしい。ルルフの魔法がこんなにも有り難かったとは。
「ルルフすげー!ありがとう!!」
リアスの賞賛と歓喜の声に、彼女も得意げである。
と、そのとき。ティラミスの足が止まった。
皆も不審に思い、足を止める。
「今、向こうで何か動いたような・・・」
彼女が向こうと、岩陰を指差すと暗くて見えないがわずかに動くものが確認できた。
ルルフが炎で恐る恐るそれを照らすと、チクチクと尖った針が全身を覆う――まるでハリモグラのようなモンスターがこちらを警戒していた。
オートマターではなさそうだ。
「・・・噂どおり、モンスターが住み着いてるのね」
ルルフが炎を近づけると、なんとハリモグラモンスターは悲鳴を上げて目を押さえだしたではないか。
こちらに牙をむきつつも、炎から逃げるように後退していく。
「このモンスター、火が怖いのか?」
ラースドが言うと、ルルフがニヤリと笑った。
「いいえ。きっと光に弱いのよ。こんな暗いところで生活してたんですもの。目が暗闇に慣れてしまったのね」
光に怯えつつも、リアスに飛び掛ってきたハリモグラモンスターは銃剣の刃によってなぎ払われた。
「じゃあこいつらなんか敵じゃないな!!サクサク先に進もう!!」
モンスターに圧勝したリアスは気をよくしたのか、軽い足取りで進んでいった。
その後も、何十匹とハリモグラモンスターが現れたがもはや彼等の敵ではなかった。
「うーー・・・。なんかもう腹減ったし、疲れたー・・・」
もう10kmは歩いたのではないだろうか。リアスが、ヘロヘロの頼りない声を上げた。
それに便乗してルルフも歩みを止める。
「私も疲れたわー」
彼女においてはその場にへたり込んでしまった。
(わがままな奴ら・・・)
ラースドは声には出さないものの、顔には素直にそう書いてあった。
「まぁ、少しここで休憩するか」
ラースドも渋々腰を下ろす。
「ティラミスは大丈夫なのか?一応病み上がりだけど」
リアスは隣に座り込むティラミスに声をかけると
「うん、まだ平気!」
と、意外にも大丈夫そうな様子である。
「ところでどのくらいまで歩いたのかしら。もう随分進んだと思うけど」
ルルフが手の中の炎を見つめながら言う。魔力だって結構体力使うのよね、と独り言のように愚痴っている。
確かに、彼女には灯分の負担もかかっているので他の皆よりも疲労が溜まっているだろう。
早くここから脱出してやりたいのも山々だ。
はぁ・・・と、一際大きなため息をついた。と思うとルルフはいきなり元気よく立ち上がった。
「よしっ!そろそろ行きましょうか。こんな狭苦しいところ、さっさとおさらばしたいわ」
自分で休んだかと思うと、また自ら歩き出す。なんというマイペースだ。
リアスもラースドもティラミスも苦笑した。
「じゃあさっさと抜け出ようか」
リアスもひょいっと立ち上がり、ティラミス、ラースドも足を立たせた。
「おっし!」
倒し終わったハリモグラモンスターを通りすぎ、リアスが銃剣を背中に背負う。
彼らが通ったあとにはたくさんのモンスターの亡骸が転がっていることだろう。
ここまで順調に進んできた彼らだったが・・・。
「気をつけろ、なんかいるぞ!」
ラースドが槍を前方に傾けると、リアスも直したばかりの銃剣を再び構えた。
またハリモグラモンスターと思ったのだが、暗闇から現れたのは今までのやつらとは異なる形相だった。
トカゲのようなもったりとした体。ザラザラの黒い皮膚。
長い尾を左右に揺らしながら、こちらに頭を向けるのだが・・・
「あれ?こいつ、目がない・・・?」
もたげた頭の先には、リアスの言葉通り目がついていなかった。そのかわり髭のように伸びた2本の触覚が生き物のように動いてこちらを探っている。
「どうやらこの暗いトンネルの中で生きるうちに目が退化していったんだろうな。今までのような戦い方じゃ無理そうだ」
と、ラースドの言葉と同時にこの巨大トカゲは素早い動きで間合いを詰めてきた。
槍という長さの得物を利用して、ラースドがすかさず頭に刃を突き刺すのだがリリムクロスの時のような皮膚の固さである。
「私のアシッドレインならばこいつの固い身ぐるみを剥いであげるけど?」
後方のルルフが言うが、アシッドレイン・・・つまり酸性雨なんてとんでもない。
「このトンネルも崩れちゃうよ!」
リアスが叫んだ。
と、その刹那壁に弾き飛ばされるリアス。あの長い尾で弾き飛ばされたのだ。
予想以上の力に受け身もとることができず、強く背中を打ち付けた。
痛みを感じる間もなく巨大トカゲがリアスに襲いかかった。
「リアス!!!」
ティラミスがそう悲鳴を上げたときには、リアスの腹部は既に赤く染まっていた。
トカゲの大きな口が、そして牙がめり込んだのだ。幸いなことに周りの岩々に阻まれてあまり深くは突き刺さっていないようだが、それでもかなりの出血量であった。
ずるずるとその場に崩れ落ちた。
ラースドが力任せにトカゲを薙ぎ払うのと、ティラミスとルルフがリアスに駆け寄るのはほぼ同時だった。
「リアス、じっとしてて・・・!」
ティラミスが両手をリアスの腹に翳す。そして、白い光が傷口を包んでいく。
彼の夥しい出血は彼女の治癒によって徐々に回復していってるのだが・・・
「傷口が大きすぎるわね」
リアスを支えていたルルフが瞳を細めた。
確かに徐々に回復してはいるものの、未だに血が流れ続けている。
ティラミスの顔から血の気が引いていく。
「どうしよう!?リアス、死んじゃう!!」
「ティラミス、落ちつきなさい!大丈夫よ」
ルルフが必死になだめるも、声も届いていない。
そんなとき、リアスが銃剣を杖にして力なく立ち上がった。
「大丈夫、傷はそんなに深くないよ・・・」
血色の悪い顔のまま、重い体を引きずるようにトカゲと戦うラースドのところへ向かうリアス。
(嘘・・・。そんな出血が多いのに・・・!!)
そんな彼の様子を止めることもできずに、ティラミスはただ見てることしかできなかった。
「ちっ、この馬鹿力めが・・・っ!」
一人で巨大トカゲを引きつけていたラースドの体力も限界に近い。
そんな状況でリアスが来てくれたことに安心したんだろう、片膝をついた。
ラースドは休んでいてくれ、と目で合図するとリアスは巨大トカゲと対峙した。
血を流しすぎたからだろうか、目がかすむ。狙いも定まらない。腹部の痛みから地面に踏ん張って立つこともできない。
(きっと触覚を切ればなんとかなるだろうけど・・・)
あのウネウネ動くやつの触覚を切り裂けば、きっとあいつはもう動くこともできないだろう。
しかし、今のリアスではあいつを正面きって切り裂く力はない。それならば一発で仕留める方法・・・。
リアスは銃剣を握りしめ、敵を見据えた。こちらに這い寄ってくるのがわかる。
その一瞬。リアスの銃剣の煌めきが走った。
目に見えぬ間に銃剣は振り下ろされ、そして巨大トカゲは悲鳴をあげて真っ二つに切り裂かれていた。
あの苦戦していた頑丈な表皮もろともに。
「なに、いまの・・・」
あまりの瞬間的な出来事にルルフが唖然としていると
「真空裂波だろ・・・」
ヘトヘトに地面に座り込んだラースドが、立ち上がり感心した様子で言った。。
「瞬間的な素早さで空間を切ることによって生じる衝撃波で切り裂くという。まぁ、あそこまで強烈なのはオレも初めてみたけどな。いや、アルストラ流っていうところなのか」
と、敵を倒して安心したのも束の間だった。
ゴゴゴ・・・
トンネル内に大きな地響きが響き渡る。
「この音はもしや・・・」
ルルフの額に冷や汗が流れる。ぼろぼろと土や砂が上から降り注ぐ。
「崩れるのか・・・!?」
ラースドの顔にも恐怖が張り付いた。
「ここから逃げろ!!生き埋めだぞ!!」
走り出すラースドとルルフ。
「ダメ、リアスが!!」
だがティラミスは、その場で倒れこむリアスに駆け寄った。さきほどの戦いで意識を無くしてしまったらしい。
ラースドとルルフが振り返ったときには、リアスとティラミスの姿が巨大な岩や砂の中に消えてしまっていた。