ガバッ
何も見えない暗闇の中、リアスは飛び起きた。つもりだったのだが、腹部の痛みのせいか自分で思うよりもゆっくり起き上った。
あたりを見渡しても何もない。
(どうなったんだっけ・・・)
リアスは今までのことを懸命に思い出そうとする。
確か巨大トカゲと戦って、勝って、それから薄れゆく意識の中で岩が崩れていくのをみた気がする。
どうやら岩と岩の空間に見事に納まって、命だけは助かったらしい。
無理やり岩をどけることもできるだろうが、それでは今度こそ生き埋めになってしまう。
今何時だろうか、とかお腹すいたとかぼーっとくだらないことを考えていると
「リアス?起きたの?」
誰もいないと思っていたのに、近くから声がして飛び跳ねた。
この声は・・・
「ティラミス?」
彼がそう聞くと
「うん。大丈夫??」
と可愛らしい声が帰ってきた。
「ティラミスこそ平気?ラースドやルルフも大丈夫かな・・・」
暗闇の中、リアスは探るように右手を前や横に出すとちょうど左側に温かいものに触れた。ティラミスの手だ。
「リアスは強いね。びっくりしたよ」
彼女が穏やかな声でそう言う。
「そうかな?・・・昔さ、父さんが死んだとき顔も見たことがない父さんだったけどすっごく悲しくて
銃剣を預けられたときにとっても嬉しくて、何度も何度も訓練したんだ・・・」
リアスも優しげな声で言う。
「オレがリストース村や母さんを守らなきゃって思ってた。きっとそのために父さんがオレにくれた力なんだと思う。だから、今回もそう思ったんだ」
照れくさそうに笑うリアスに、一方のティラミスはしばらく何もしゃべらなかった。
数秒してティラミスがようやく口を開く。
「でも・・・」
ぎゅっとつないでいた手を強く握るティラミス。
「無理はしないで・・・」
泣きそうな声でそう言われて、リアスは言葉を失った。
「私じゃ何もできないかもしれないけど・・・。お願いだから・・・」
消え入りそうな彼女の声に、リアスもぎゅっと手を握り返した。
「うん。・・・ごめん、ティラミス」
しんみりとした沈黙が、どれくらい続いただろうか。
この沈黙を破ったのは、岩の外からの音だった。
「ここから生命反応があるわ!」
小さくだがルルフの声がする。
そしてガラガラと岩をどけていく音。
ルルフとラースドが助けにきてくれたんだろう。
前方にあった岩が崩れ落とされ、リアスとティラミスに光が差し込んだ。ルルフの炎の灯だ。
「おっと、無事だったな」
ラースドが二人も見つけて、ニッと笑った。
人が出れるくらい岩をどけてやり、呆然としゃがみこんでいた二人に手を差し伸べ立たせてやる。
「助けが遅くなって悪かったな」
「これでもずっと探してたのよ」
と、二人を見つけて安堵したのか息をつくラースドとルルフ。
「オレ達、どれくらい埋もれてたの?」
のん気にリアスが尋ねると、ルルフが軽く頭を小突く。
「3時間くらいかしらね。ったく、初めからトンネル崩れるなら私の魔術で退治した方が早かったじゃないの」
確かに。リアスも苦笑した。
「まぁ、二人とも無事でよかったわ」
「そして喜べ。出口までもう目と鼻の先だ」
ラースドがトンネルの奥を指した。
崩れたせいで、道もせまくもはや穴くらいの大きさになっているが、この先がトンネルの出口につながっているらしい。
4人はモノネナトンネルをようやく抜け出すことができたのだった。
「久々の空だぁー!!」
トンネルから出て第一声。リアスの腹の底からの叫びだった。
あの暗く、じめじめしたトンネルから一転し明るくなんと清々しい空気か。
外というものがこんなに素晴らしいものだったのか、と大袈裟なほどに思ったほどだ。
空は薄暗く藍色であるが、正面の山の間からは太陽の光が差していた。
「夕日?」
ティラミスが尋ねる。彼女の跳ねるような声色からも、脱出の喜びがうかがえた。
「馬鹿ね。トンネルに入ったのが昼過ぎなのよ。朝日よ」
ルルフがぴしゃりといった。確かにこのトンネルをたった2〜4時間で通り過ぎたとは思えない。ということは夜通しこの長さを歩いたのか。
リアスも、ティラミスも改めてモノリストンネルに驚愕した。
「とりあえず、今日は1日ゆっくりしようぜ。こんなんで進んでも身が持たねぇしな。元気なのはリアスくらいだ」
ラースドは頭をぼりぼりと掻きながら大あくびをした。
モノリストンネルにいる間は、ろくに睡眠もとってなかったし、体力も消耗しただろう。それが最善だろう。
満場一致した。
4人が向かったのは、そこから一番近くにある名もない小さな宿場町。
以前はモノリストンネルの工事のために多く利用されていたらしいが、今ではトンネルがこの有様なので全くと言って栄えてはいない。
と、いっても首都モノネナが崩壊したことのダメージの方が大きいだろうが。
町の中に入るなり、一行の耳にはとても美しい歌声が響いた。
このように寂れた町で、道端で一人歌っている女性がいたのだ。周りに聞いている人間はいない。
身なりもきちんとした、若い女性。投げ銭目的でもないだろう。
それはとても不思議な光景だった。
心に沁み入るような、澄んだ声。
気がつくと、4人は吸い込まれるようにその女性に近づいた。
すると女性はこちらに気づき、歌うのを中断した。
にっこりと微笑みかける。
「あ、すみません。邪魔するつもりはなかったんだけど・・・」
リアスが言うと、女性は首を振った。
「いいえ。旅の方ですよね」
「あんた、その格好からすると神官・・・ベルリアル修道院か?」
ラースドが女性の服装を眺める。言われれば神官に見えなくもない。
「はい。神に歌を捧げる巫女でした」
そこまで言うと、女性が慌てて
「シルフィール・エリナシアと申します」
と付け加えた。
「どうして修道女さんがこんなところで歌を?」
ティラミスが不思議そうに首をかしげた。確かに、この宿場町には修道院なんてものはない。
シルフィールが、何かを言おうとして躊躇しているとさっとラースドが口を挟んだ。
「あんただろ?次期王のオヨメサマ。シルフィール・エリナシア、聞いたことがある」
リアス、ルルフ、ティラミスに衝撃が走る。つまりは次期王妃様ということである。
さらに「どうして」が深まっていった。
「・・・よくご存じですね」
シルフィールが観念したかのように、ゆっくり話しだした。
「私はもうすぐ王家に入籍するつもりです。ですが、私は次期王妃である前に一歌姫であります。
モノネナが崩壊した今、私にできることといえば歌で元気づけることだけ。そうして様々な町をめぐっているのです」
歌には不思議な力がある。人を楽しませることも、悲しませることも、怒らせることも、落ち着かせることも。それは即ち歌い手次第である。
彼女の声にはそういった心を動かすことができる何かがある。
だからこそ、今沈んだこの世界を少しでも落ち着かせることができる気休めになればいいと思ったらしい。
ほう、と4人が感心した。随分と芯の強い、健気な子である。
「でも、どうしてただの神官なんかが王妃に?」
ルルフが怪訝そうな顔をした。彼女のいわんとするところは、身分の差ということだろう。
「私はもともと上流貴族の出です。ですが二女であるが故に、修道院に出されたのですが・・・王子が私を見染めてくださったというわけですね」
ある程度話終えたシルフィールが今度は質問をしてきた。
「あなたたちは?この様な情勢の時に、わざわざこんなところを旅するなんて・・・ボランティアの方ですか?それとも・・・」
彼女の瞳が、リアス、ティラミス、ラースド、ルルフと順に移ってゆく。
「あなたたちですか?今、王家の話題となっている冒険者というのは・・・」
彼女の話いわく、イブストリームの研究者――おそらくメリックだろう――の申請によりこの災害が人口的にもたらされたという説が有力になっており
そしてその解明をとある冒険者に依頼したという。
その報酬として、国に4000億Gを用意するように頼みこんでいるらしい。
まだまだ精密な調査やその冒険者の身元調査などが行われていて、その案は易々と通りはしないそうだがそこまで本格的な話になっていたとは。
メリックも本気であるし、モノネナが破壊された今、国も重い腰を上げた。
どうやらこれはメリックの夢物語ではなかったようだ。
「シルフィール、その4000億Gは国の再興に使うべきだと思うよ。報酬なんてオレ達もらえないよ」
シルフィールの話が終わった後に、リアスが凛として言う。ラースドに「そうだろ?」と同意を求めると
「・・・別に構わねぇよ」
と顔を背けた。彼のことだからちょっと惜しいとか思ってるのかもしれないが。
それを聞いたシルフィールは優しげに目を細めて笑う。
「王族を・・・いえ、国民を代表して貴方達を応援しています。私も精一杯の援助をさせて頂きたいです」
彼女は今後も嫁入りするまでの間、各地で歌を歌うという。(もちろんボディガードもいるらしいが)
シルフィールならばきっと良い王妃になれるだろう。4人はそう思った。
あれから宿場町の宿屋の一室。
リアスとラースドはモノリストンネルを抜けてからようやく初めての休息であった。
「ところでラースドってなんてあんな情報知ってんの?」
ベッドに寝転がりながら、同じくベッドに仰向けに寝転んでいるラースドに尋ねると不服そうな声が返ってきた。
「あんな情報?」
「だってシルフィールの王家に嫁ぐ話だってオレ、全然知らなかったし。どこの裏情報なのかと」
「お前が知らなさすぎるだけだろ」
と、言われて言葉を飲んだ。確かに、と納得できる。
「それよりも、あの不自然災害。そんな大規模なことを引き起こすくらいだから、組織ぐるみでやってんのかと思ったけど、国にも心当たりがないとはな。
テロリストが目的なのかと思ったけど、モノネナを破壊してからは一切仕掛けてこない。一体何がしたいのやら」
ティラミスの感応石とのかかわりも未だ不明である。第一ティラミスのこと自体、不明なことが多すぎる。
「リアス、ティラミスの故郷がわかったらあまり深入りしない方がいい」
ぼそりと小声で囁くのを、聞き取れなかったんだろう。リアスは「え?」ともう一度聞き返すが、ごろんとラースドが寝返りを打ち、リアスに背を向けた。
「オレはもう寝る。お前も休んどけよ」