宿場町を出発した、翌日。
モノネナには東へまっすぐ進んでいけば歩いても2日もかからないほど近いものとなっていた。
そのためか一行は足取りも軽かったのだが・・・
ポツ・・・
「あ」
リアスの鼻先に何か冷たいものが触れた。
「雨だ」
ぽつぽつと空から落ちてくる雨。雲は分厚く空を覆い、いよいよ本降りになることを知らせている。
「どこか雨を凌げるところを探そう!」
と、ティラミス。
大きな木でもなんでもいい。そう思っていたのだが、数十メートル走ったところに人が十分に入れるほどの洞窟があるのを発見した。洞窟というよりも切り立った崖を掘っただけのような洞穴だが、雨風は凌げるだろう。
4人はその中に入り込んだ。
ジャー・・・
リアスが上着を固くしぼると、大量の水が出てきた。ティラミスも洋服や髪の毛の水を搾り出す。
「不幸中の幸いとはこのことね」
ルルフは洞穴の中から、雨が降りしきる外を見つめた。
「まったくだ」
ラースドもため息をつく。服を乾かすため火を熾そうと洞穴内の木の葉や木の枝をかき集める彼だったが、この洞穴の奥がずっと続いていることに気づきニヤリと笑った。
「絶対ここは何かあるぜ!雨が止むまでどうせ暇だろ?」
明らかに先に行ってみようと心躍らせるラースドに、ルルフは顔を思い切りしかめた。
「風邪引くわよ」
「動いてる間に乾くだろ」
嫌ならそこにいろよ、とラースドは悪びれもせずに言うと一人奥へと足を進めていく。
「まったく、その行動力を戦闘に活かしてほしいよ」
リアスもラースドの身を案じてか後ろから走っていくと、「やれやれ」といった様子で
「全くね」
と言いつつルルフもティラミスも結局奥に進むことにした。
ぴちゃんと雨水の音が響く。
先に進むに連れ、得体の知れない薄気味悪さが増してくる。
「石灰岩で出来てるし・・・鍾乳洞なのかしら」
ルルフが回りの岩を見渡す。足元には鋭い石筍が列を成しているし、天井からも同じように尖った氷柱のような錘乳石が覆っているので自然にできた洞穴なのだろう。
「ん?今何か奥のほうで・・・」
「しっ。黙って」
ティラミスが何かを言おうとしたが、ラースドによって塞がれた。
4人が石筍に身を隠して顔をのぞかせると、奥にはのそのそと動く何かが見える。
「あれは・・・オートマターです」
ティラミスが極力声を抑えて説明する。
体長5メートルほどで、背中には甲羅を背負っている。どう見ても亀である。だがその甲羅には針のような棘がいくつか飛び出していた。
この洞穴の先を守るように通路を塞いでいる。
「カメ型オートマター0201型テトラです。ちなみに弱点は目」
「おい、こんなところで戦いたくないぞ」
リアスも小声でラースドに引き返すように言ったが、もはや彼の目の先はテトラの先しか見ていなかった。
「絶対あいつの向こうにはお宝がある・・・!」
ラースドは岩影から飛び出していった。
ラースドに気づいたオートマターは亀とは思えぬ猛スピードでラースドに突進してきた。
思わぬ相手の行動にラースドも一瞬怯み、亀の突進突撃ルートから回避した。
あんな棘棘の甲羅に突撃されたら串刺しである。
突進スピードを緩めた亀は、くるりを向きを変えて再びラースドを睨みあげた。
その隙にリアスが背後から弱点の目を切りつけようとするが、頭を甲羅に引っ込めて銃剣は空を掠めた。
すかさず甲羅に銃剣を振り上げたが、カァンと豪快な音をたてて刃は弾かれた。
「こんなんじゃ、全然歯がたたないや・・・。ルルフの魔法でなんとかならない?」
リアスがルルフを振り返ると、彼女は既に呪文を唱えていたようで
「ファイアーボールッ」
轟音をたててリアスの横を炎の玉が通過した。亀の甲羅の中を目掛けて一直線。
「ギャァア」
甲羅の中で爆発が起こり、モクモクと煙が溢れ出す。
テトラは甲高い悲鳴を上げて、頭や肢体を外に出しのた打ち回り始めた。
そこへリアスの弾丸がテトラの頭を貫いた。テトラはぱたりと動かなくなった。
「ルルフ、サンキュー」
リアスが安堵し後ろにいる彼女に向って礼を述べると
「私もたまには活躍したいもの」と、けろっとして髪の毛を掻き揚げていた。
次にリアスが正面を向いたときには、さっきまでそこにいたはずにラースドの姿が忽然と消えていた。
お宝を目掛けてさっさと奥へ走り去ってしまったらしい。
「ラースドはトレジャーハンターの方が向いてるかもね」
「・・・オレもそう思う」
ティラミスもリアスも先を見据えたまま苦笑した。
「ラースド、何か発見できた?」
3人がラースドを発見したのは、その洞穴の最深部だった。とは言っても先ほどの場所から数十メートル歩いただけだが。
こちらに背を向けてしゃがみこんで一心に何かを見つめている。
ティラミスが声をかけても、反応しない。
不思議に思ったルルフがしゃがみこんでいる彼の手元を除いてみると。
「きゃあ!!なんなの、それは!」
ルルフが悲鳴を上げて、後ずさりした。
リアスもティラミスも興味深々に除いてみると
「が、ガイコツ・・・?」
リアスも一歩身をひく。ラースドの足元には無数の骨が散らばっており、それは人間のものだということが伺える。頭蓋骨も綺麗に残っていた。
「本当だ。なんでこんなところに・・・」
一方のティラミスはあまり驚いてはいなかったが。肝が据わっている。
「頭蓋骨なんてどうでもいいんだ」
ラースドが静かな声で言った。
「お宝がなぁぁああい!!」
彼は体をワナワナと震わせて叫び声を上げた。
眉にしわを寄せて、彼は手に持っている何かをリアスたちに突きつけた。
「既にオレが来た時には掘り返されていたあとがあって、箱の中には紙の切れ端しか残っていなかったっ!」
ずいっと押し付けられたものは紙の破片。何か論文の表紙のような。
この紙が入っていた箱というのが、骸の傍に置いてある木箱だろう。その横に、掘り返された穴がそのままになっている。
「なにこれ。論文?」
リアスは怒りやら悲しみやらで苛立ちを隠しきれないラースドをそのままに、紙の切れ端を手に取る。
『次元の歪みについて』
論文のタイトルなのだろうか。流れるような文字でそう書かれてあった。
「次元の歪み?一体誰がそんなことに興味なんかを・・・」
ルルフは怪訝そうにその紙切れをつまみ、調べてみるが作者の部分は破れていて見ることが出来ない。
「このガイコツのなのかな。どうして内容がないんだろ・・・って、ティラミス、何だか顔色悪いけど・・・」
リアスがティラミスの顔をのぞきこんだ。彼女の顔色は青く、自分の肩を抱いて震えていた。
「よくわからないけど・・・なんだか怖くて」
「まぁ、しょうがないわね。こんな現実離れした論文、白骨化した死体、こんな洞穴。不気味すぎるもの」
ルルフもあまり関わりたくなさそうだ。顔を引きつらせている。
「このガイコツ、まだ骨も太いし若いやつだろ。骨も妙な傷つき方してるし、殺されたんだろうな。
まぁかなり月日はたってるだろうが。」
今までだんまりだったラースドが、ようやく言葉を発した。テンションは下がったままだが。
転がる骨を軽く掴み上げる。
「相手の目的はこの論文だった・・・」
そんなところだろ、とラースドは難なく言い骨をまた元に戻した。
「・・・その洞察力を戦闘に活かしてほしいわ」
「まったくだよ」
ルルフとリアスの皮肉に気を悪くしたのか、ムッとするラースド。
「なんだよ。せっかく調べてやってんだぜ?」
「我先に飛びついたのはラースドだけどね」
リアスがぼそりと言う。その言葉はラースドには届かなかったか、あるいは届いても無視なのかなんの反応も示さなかった。
「ねぇ、ここに何もないならもう出ようよ?・・・なんだかここ、気持ち悪い・・・」
ティラミスが蒼白の顔のまま言う。精神的なダメージなのか、それとも何か他の要因なのかは分からないが確かに気分が悪そうだ。
ここにはもう目ぼしいものもないし、いつまでもこんなところで無意味な空想を立てているわけにもいかない。
リアス達は洞穴の出口に引き返すことにした。
雨は既に止んでいて、空は徐々に青色を見せ始めた。
水溜りで地面はぬかるんでいるが、出発するには十分。
リアスたちはモノネナに急ぐことにした。
おまけ