「さあーて、今日はモノネナに向けて出発だー!」
リアスが宿屋で意気込む。既にラースド、ルルフ、ティラミスも準備万全。だが・・・
「なんでお前までいるんだ?」
ラースドが白い目を向けたのは、ごく当然のようにそこに一緒にいるセルウィン。
今朝ラースドが起きたときには、既にロビーでみんなを待ち構えていたのだった。
「いいじゃん。減るもんじゃないし」
彼は平然と言ってのけた。
「それにオレも興味あるし?オートマターと不自然災害・・・」
彼はニヤリと笑って呟いた。
一体彼がどうして一緒にくる必要があるのか、彼の目的はわからない。だからこそラースドは警戒をしていたのだが
「ラースド、別にいいじゃない?旅は多い方が楽しいよ」
「うん、オレも賛成ー!」
ティラミスとリアスがそういうと、ラースドは頭をぼりぼりと掻きむしって「そーかい」と投げやりな返事をよこした。
スぺーケルを出発してオートマターと対峙するのはそう長くかからなかった。
巨大な蜂のような雑魚オートマターが数匹、リアスたちを取り囲んだ。
ヒトの頭ほどの大きさのあるそいつは見ていてあまり気持ちのいいものではない。
リアス、ラースドはそれぞれ銃剣と槍を構えて敵を見据えた。果敢に敵に切りかかりに行く。
ルルフはというと、さっそく詠唱を始めていた。
「エクスプロード!!」
巨大な火柱が立ち上り、爆音を轟かせて炎ははじけ散る。
これならひとたまりもないはずだが、爆発の間を縫ってオートマターは生き延びている。
ラースドとリアスは一匹づつ、地道に仕留めていく。
その時、詠唱中のルルフを狙う一匹のオートマタ―。
「ルルフ、危ない!!」
リアスが気づいたときには、もう間に合わない。
と、刹那血のような液体を噴き出して床に倒れたのはオートマターの方。
ルルフのとオートマターの前に立ちふさがったのはセルウィンだった。
「一丁上がりだな」
不敵に笑う彼の両指には、長い爪のような金属性の武器―――カギツメというらしい―――が構えられていた。
気づいたらもう、数匹いたオートマターは片付いてしまっていた。
なんという疾風の如きスピード。だてに一人きりでトレジャーハンターをしていたわけではないらしい。
リアス達にとって頼もしい存在である。
すべてのオートマターを倒したと思って安心しきっていた彼らの油断が命取りだった。
「リアス!!」
セルウィンが叫んだ。皆がリアスの方に注目する。
草陰から飛び出してきたのは生き残っていた一匹の蜂型オートマター。
一直線にリアス飛び掛る。リアスが銃剣を持ち上げるが、奴のスピードには間に合わない。
(やばい・・・!)
リアスが攻撃されるのを覚悟して固く目を瞑る。
が、しばらく待てども何の痛みも襲ってこない。リアスがゆっくりと瞼を上げると目の前にいたのはオートマターではなかった。
視界に広がったのはライトブルー。ティラミスの頭だった。
彼女がリアスをかばうように両手を広げていた。恐怖のせいか細い肩が小刻みに震えていた。
呆然とするリアス。いや、ラースドもルルフもセルウィンも言葉を失ってその光景を見ていた。
そう、オートマターはティラミスの足元で粉々に弾け飛んでいた。
「これ・・・ティラミスが・・・?」
リアスが皆の顔とオートマターの残骸を交互に見て、反応を伺う。
リアスは目を瞑っていたせいで、何が起きたのか理解できなかったのだ。
ティラミスがリアスに向き直る。
「よく分からない・・・。オートマターが私の目の前で弾け散ったの。私、何もしてないのに」
「あぁ、なんかいきなり白い光が光って・・・」
ラースドが言う。彼も突然のことで状況が理解できていないようだ。
「あれは・・・恐らく自爆・・・」
と、セルウィン。
「タイマー装置で何か、遠隔操作なのか、それともティラミスを攻撃したからなのか、よくわからないけど」
「そういえば、船の上でオートマターに襲われたときにも私はオートマターに襲われなかった」
ティラミスが思い出したのは、船の上で魚型オートマターと戦ったときのこと。
あのときもティラミスを見て、敵は躊躇していた。
セルウィンがなにやら考え込む。
「もしかして、オートマターはティラミスを攻撃できないのか?ティラミスを攻撃すると自爆するようにセッティングされているのかもしれない・・・」
ぼそりといった彼の一言に、ティラミスとオートマターとの関係の謎はますます深まっていった。
「ねぇルルフー」
数メートル前を歩く男性陣の背中をみながら歩くティラミスとルルフ。
ティラミスは何気なくルルフに話しかけた。
「私って、リアスにとって邪魔な存在なのかな?」
「・・・モノネナについてお払い箱されちゃうみたいでさみしい?」
ルルフが横のティラミスをちらりと見た。
「リアスはティラミスのことを心配して言ってるんでしょ」
ティラミスはうなり声をあげた。腑に落ちないらしい。
「そういうあなたはリアスのことどう思ってるのよ」
ルルフがにやりと笑って尋ねると、ティラミスはまたもや唸り声をあげた。
「よくわかんないんだー。でもリアスのこと考えると、頭がガンガンするんだ」
「・・・頭痛?」
ルルフは肩すかしを食らったようだった。胸が苦しい、とかそういった乙女の返答が返ってくると思ったのだが、彼女の予想と反してティラミスは本気で悩んでいる。
ルルフは「そう、大変ね」と無難な相槌をして、苦笑した。
と、その時前方を歩いていたリアスが嬉々とした叫び声をあげた。
「ティラミス、ルルフ!!あれがモノネナだよ!!」
リアスが指さす先には、平野の中に佇む外壁に覆われた旧首都モノネナの姿だった。まだ数百メートル離れているというのにかなり大きいことがわかる。
周りには深い堀が一周している。まさに首都だったという威厳を兼ね備えた町であった。
ただ嵐のせいで外壁のいたるところは崩れているし、遠くに見えるお城のような建物も跡形が残っているだけでボロボロに崩壊している。
一行はさっそくモノネナに入り、改めて旧都を襲った嵐のすさまじさに愕然とした。
家という家は存在していない。住民はすべて避難しており、いるのはボランティアの団体や城の兵士達。
瓦礫があちこちに散らばり、復興作業をする彼達はリアカーを押して道を往来している。
話には聞いていたがこんなに跡形もなくなるほどにバラバラにされているとは。リアスの予想をはるかに超えていた。
もうずっと再興作業はなされているが、その甲斐も残念ながら見られない。
「よく王族も無事だったもんだ」
ラースドがあたりを見渡す。
一方ルルフは両手を前に突き出し、意識を集中する。彼女の魔術によりこの都を取り巻く波長を調べているのだ。
固唾を飲んでその様子を見守る4人。
数秒ののち、ルルフは閉じていた目を開いた。
「・・・すごい。今までで一番強い波長だわ」
彼女の額に汗が伝う。
「こんなものを人口的に作れるのかってくらい・・・。ティラミスの感応石とも一致してる。」
「それならこの都に何か波長を生みだすものがあったのか?」
セルウィンがルルフに問うと、彼女は首を横に振る。
「特別に強い波長を感じる部分は存在してないわ。ということは、広範囲にわたる遠隔操作としか・・・」
「この都一帯に嵐を引き起こすくらいの波長を遠隔操作・・・」
ラースドの中で不信感が積もっていく。
ということは、感応石とのかかわりもわからないし大体遠隔操作ならば手がかりなんてここに残っているとは考えられない。
またゼロからのやり直しなのか、ラースドが愕然と肩を落とし、座り込む。
モノネナにくれば何かオートマターや不自然災害、何かしらの手がかりを得ることができると思っていたのにそれがまったく得られなかったのだ。仕方がない。
「まったく、やってられないわね・・・。これからいったいどうすればいいのかしら」
ルルフも溜息をつく。
「感応石のこともわからないし、誰がどこから何の目的なのかもわからないけど・・・でも何か手掛かりは見つかるはずだよ」
リアスが精一杯皆を励ますが、みんなのやる気はイマイチ帰ってこない。唯一セルウィンだけが前向きに
「もう少しここを調べてみよう。何かあるかもしれない」
と、みんなを促した。
彼らは念のために旧都を一通り回ってみる。一様に変わらない瓦礫の山が広がるばかりの風景。
そんなとき、旧都の南の端にたくさんの墓が並んでいることに気がついた。
土が盛ってあり、木が刺してあるだけの簡単な墓が何十と存在する。そのひとつひとつには白い小さな花が手向けられていた。
この災害での犠牲者なのだろう。
そんな中、一人墓の中に立つ少女。背中を向けていて顔は見えないがまだ年若い。
不意に彼女が振り向き、こちらに気づくや否や目を見開いた。リアスを凝視している。
「リアス!?」
彼女が声をあげた。
突然、少女に名前を呼ばれたリアスは混乱し、慌てていた。仲間たちの目がリアスに集まる。
少女がこちらにうれしそうな笑顔で駆け寄ってきた。
赤いメッシュの入った金髪。同じ色の瞳の色。背中には弓を持つ女の子・・・。
間近で少女の顔をみて、リアスも思い出したのだろう、顔をぱぁっと輝かせた。
「クリス!?」
「そうだよ!!こんなところで会えるなんてっ!!元気だった!?」
クリスはリアスの両手をとり、満面の笑みで言う。
「リアス、どちら様?」
完全においてけぼりの4人だが、ルルフがこほんと咳ばらいをしてリアスに尋ねる。
「この子はクリス・フォーラー!オレの幼馴染で、昔一緒の村に住んでたんだ!小さい頃に親の仕事で引っ越しちゃったけど」
リアスが答える。
そういえば、リストース村を出る時にクリスという名前をきいたことがあるような気がするとティラミスがおぼろげながらに思い出す。
「ところでクリスの引っ越し先って・・・もしかしてモノネナだったのか?」
リアスがこの悲惨な状況をちらりと横目で見、心配そうにクリスに向き直ると
「ううん。私が引っ越したのはこの近くの町。今は復興作業を手伝っているだけ。・・・ひどい有様だからね」
ふと切なげな瞳で崩壊したモノネナを見回す。その様子に5人は言葉を失い、目を伏せる。
重苦しい空気を感じ取ったクリスは「だから私もパパもママも無事だよ」と笑顔で付け加えた。
「ところでリアスは何でこんなところに?この人たちは?」
クリスはリアスの後ろにいるルルフ、ラースド、セルウィン、そしてティラミスに目線を移していく。
「まぁ、なんというか・・・話せば長くなるんだけど・・・」
なんというべきか、頭を悩ませていると何やら事情があるらしいと察するクリス。
「それならうちにおいでよ。ここじゃあゆっくり話もできないしさ!」
ここからすぐなんだよ、とリアスの手を引く。それに抵抗することもできずに、リアスは引っ張られるまま。
「・・・ったく、また騒がしい嬢ちゃんだな」
「まぁ、久々の再会みたいだし許してあげたら?」
呆れるラースドを宥めるのはセルウィン。彼らもリアスについて、彼女の村とやらを訪れることにした。