クリスが言ったとおり、モノネナから近い所に村は存在していた。
ほんの1qほど程度しか離れていないのに、全く嵐の影響は受けてない。ということは、あの嵐は局所的に、集中してモノネナを襲ったものであるのだ。
信憑性が増す一方で、信じられない気持ちも高まっていく矛盾。
クリスの家は村の高台に存在していた。
村の中ではひときわ大きくて目を引く立派な建物。
「もしかして、フォーラーってあの貿易商の資産家の・・・」
ラースドが「信じられない」と目を丸くしてクリスをみると、彼女は事もなげに
「うん。うちは貿易商だよ。さぁ、入って」
と、彼女は家に5人を招きいれる。資産家と言っても、地方で有名になるくらいの家柄だがそれにしても名前くらいは知られている。
リアスたちが家に入ると、まず出迎えてくれたのがクリスの母親。
「まぁ、クリス。おかえりなさい。お友達?」
優しそうに微笑む母親。と、リアスに目を止めて驚愕する。
「まぁ!リアス君!?久し振りね。元気そうでよかったわ!!」
にっこりと笑う彼女。幼い頃のリアスをみているが故に、今の成長したリアスに目を見張っている。
それでも彼女は他人事ではないかのように、立派になったわねとか身長も伸びたのねと顔をくしゃくしゃにして喜びを露わにした。
リアスも久々の再会に照れくさそうに笑う。
「お久しぶり、おばさん。おばさんも元気そうだね」
「もう、ママ。今忙しいんだから。ちょっと部屋借りるから入ってこないでよ」
クリスは母親を冗談っぽく追い払うと、みんなを奥にある一室に呼び込む。
客室なのか、絨毯がひかれて大きな絵画がかけてある部屋に通された。
中央に長机がひとつ。椅子が6つ用意されてい、皆はそれぞれ腰をおろした。
そこでクリスに今までの経緯を説明すると、彼女は「へー」と理解しているのかしていないのか分からない返答。
「なんか変だなーとは思ってたけど、まさかそんなことになってるとはね〜?」
彼女が乾いた笑いをする一方で、皆の顔は深刻だった。
そんなとき、ラースドが伏せていた顔をあげてじっと正面のセルウィンをにらみつける。
「おい、そろそろ何か教えてくれてもいいんじゃないか?」
「え?」
セルウィンはラースドの睨みを唖然。
「お前が何か隠してるのはバレバレなんだよ」
ラースドの睨みのすごみが増す。しんとなる室内。皆がセルウィンを見つめる。
沈黙を破ったのはセルウィンだった。
「そうか。じゃあ仕方ないか・・・」
観念した、といわんばかりに軽く笑い、溜息をもらす。
だが、次の瞬間にはすぐ真剣な瞳で語り始めた。
「昔・・・そう今から約60年前。一人の科学者がいた。神童と呼ばれるほどの実力を持った彼の研究はオートマターについて。
彼はオートマターの権威で、初めてそれを完成させたことのある人物。
だが、オートマターを動かすそれ相応の動力というものが存在せず、完成したオートマターもかろうじて動く程度に終わった。
そんな中、彼が目をつけた動力というものが『次元の歪み』・・・」
そこまで言うと、ルルフが弾かれたように言葉を発した。
「その科学者がもしかして、私たちが洞穴で見つけたあの死体なの?」
「いいや、そいつはその科学者に殺されたんだ」
すぐさま、セルウィンは冷静に否定した。
「その殺された奴の名前は・・・『セルウィン・ダークス』。オレのことだ」
周りが沈黙する。いや、むしろ彼が何を言ってるのかわからず言葉を失っているといった方がいい。
ティラミスがぱちくりとした目のまま
「でも、セルウィンは今ここに・・・」
弱々しい声を絞り出すと、彼は瞳をゆっくりと閉じた。
「・・・オレの今のことの体は霊体。・・・いわば幽霊だ」
「え、でもオレ霊感ないんだけど」
「わ、私も」
間の抜けるほど、緊張感のない様子のリアスとクリス。
二人がじまじとセルウィンの体を見つめる。しっかりと彼らの目に、セルウィンは映っているのだ。
「まぁ、話を聞け」とセルウィンは咳ばらいをして再び語り始める。
「オレも60年前は科学者だった。オレが研究していたものこそが『次元の歪み』。オレの研究は完成した。
だが、完成させた後にオレはとんでもない研究をしていたことに気づいてしまった。オレの研究は人間が足を踏み入れていい領域じゃなかった」
彼の話いわく、次元の歪みはその歪みを利用することにより様々な波長を生みだしたり、物質の再構成や破壊を行うことができる、もはや神にも似た存在。
大気を操ることも、建物を生みだすことも、それこそ限りなく生命に近いオートマターを生みだすことも可能だという。
そんなすごい実験が60年前に行われてい、そして完成させたというのもすごい話だ。
さすがの5人も話についていけず、口を挟むことすらできなかった。
「だからこそ、オレはこの論文を手放すことに決めた。・・・だが、どこか欲があったんだろうな。いつか、そいつが役に立つ日がくるかもしれない。
今じゃなくても未来で必要とされる日が来るかもしれない。そう思って、引き裂くことも燃やすこともできなかった」
彼の表情は心底辛そうな顔だった。そうかもしれない。彼は自分のせいで、今のこの不自然災害を引き起こしてしまったと責任を感じているのだろう。
たくさんの犠牲者も、何もかもを悔いている。
「オレは洞穴にこの論文を埋めることにした。そのとき、オレは殺され論文を奪われた。――――科学者、フォクス・アロンズによって」
「フォクス・・・アロンズ・・・」
リアスがハッとした。そういえば、フォクス・アロンズが初めてオートマターを完成させたと過去にきいたことがある。
「オレの体は貫かれ、そこで息絶えたがオレはこうして霊体として蘇った。・・・こいつのおかげで」
彼が懐からなにやら取り出し、机の上に置く。手のひらほどの石だった。
「これは60年前、鉱石研究所で作られた人工石。オレが研究過程で必要としていたものだ。
こいつは分子を引きよせたり引き離したりする特殊な人口石。
普通の物質では平衡を保って何の変化も及ぼさないが、オレの魂に反応して分子が集まり、こうして偽りの肉体を持つ今の脆さが存在してるのさ」
彼がひどく悲しそうな表情をする。しかし、5人は何と言葉をかけていいかもわからない。
この話の真偽を確かめる術さえない。とりあえずセルウィン以外に誰も原理を理解できるものはいないということだ。
「うーん・・・。幽霊ねぇ。本当にいるとは思わなかったわ」
じっとクリスがセルウィンを眺める。
「じゃあお前の話でいくと、アロンズという奴が今回の不自然災害を引き起こしてる奴で、そしつがオートマターを作っているというわけだな」
ラースドがいうと、セルウィンは静かに頷く。
「でも一体なんのために・・・。それにティラミスの感応石となんの関係が・・・」
リアスが尋ねると、セルウィンは黙ったまま。きっと彼にもその真意は理解できないのだろう。
「第一、そんな奴がまだ生きてるという保証はあるの?あなたは幽霊と考えて生きているかもしれないけどアロンズはもうすでにおじいちゃんじゃない」
ルルフが訝しげに言う。すると今度はセルウィンは自信満々に頷いた。
「あぁ、それは保証する。ティラミス、お前がいるということは・・・」
セルウィンはじっとティラミスをみる。するとティラミスは
「え?私・・・?」
と、わけがわからずに首をかしげた。セルウィンはすぐさま視線を反らし、なんでもないと言い放つ。
「じゃあその悪いことをしでかすアロンズをぶっ飛ばせば、この世界は平和になるんだね!」
「そのアロンズってどこにいるんだよ」
クリスとリアスが身を乗り出してセルウィンに問うと
「奴がいるのは恐らく『次元の歪み』。奴の研究所からいくことができるはずだ」
「でもアロンズの村にはそんなすごいもんなかったぞ」
ラースドが眉を寄せる。そう、彼の村リストーには何もなかった。
「あいつの研究所はそんなところじゃないさ。きっと誰にも見つからないような孤高の研究所だろう・・・。オレがトレジャーハンターに扮して死後60年間探してるが、全く・・・」
セルウィンが唇をかむ。アロンズとセルウィンの60年間の因縁。よく考えたら壮絶なものである。
「何もお前がそんなことしなくても、王国に相談すりゃよかったじゃねぇか」
ラースドがさらりと言う。しかし、セルウィンは
「分かってると思うが国が重い腰を上げるのは、手遅れになったあとだよ。オレがこんなこんな事言ってもまともに取り合ってくれるやつなんていないさ。
何か証拠・・・それこそアロンズの研究所の位置を突きつけるくらいしないとな」
お手上げだと、右手をひらひらと上げる。
「・・・もしかして」
これまでの話を聞いていたクリスが思い立ったように唐突に手をぽんと打つ。
「ドゥース海の西にある孤島。昔パパに聞いたことがあるんだけど・・・。
何人もの探検家や学者達が資源を求めて向かったらしいんだけど、その度に不吉な災害が起こって辿りついたものがいないんだって。
もしもアロンズがそんな不自然災害を起こす芸当ができるなら・・・」
西の孤島に、不自然な災害。セルウィンが呟いて、そして皆に頷く。
「可能性が高いな」
「それなら話は早いわね」
ルルフが言う。
「うん、オレ達もいくしかない」
リアスが手を握りしめ、椅子から立ち上がった。驚くのはセルウィン。
「え、君たちも?」
「それはそうだよ。オレ達はずっと目指していたものがそこにあるんだ。もうセルウィンだけの問題じゃないよ」
リアスがにっこりとセルウィンに笑いかけた。
「まぁ、結局そこにいかなきゃティラミスの謎も解けないみたいだしな」
ラースドも渋々頷く。
「じゃあ、目指すは西の孤島のアロンズの研究所ね」
ティラミスもやる気に満ち溢れていた。そんな中、クリスが勢いよく右手をあげる。
「はい!私も一緒に行く!!」
「はぁ?お前、両親はどうするんだよ」
ラースドが顔を歪めた。鬱陶しいというのが表れている。
「大丈夫。許可はとるし」
クリスはけろっと言ってのけた。
「でもクリス、危険な旅なんだ」
リアスが宥めても、彼女は余計に張り切っている。
「リアス、心配してくれてるの?」
クリスは冗談っぽくニヤニヤと笑い、リアスを冷やかす。
「大丈夫。私だってだてに弓をしてるわけじゃないんだよ!!」
もはや何を言っても聞きそうにない。みんなももう勝手にしてくれ、と諦めている。