「無茶しちゃだめよ。みんなに迷惑かけないでね」
クリスの母親が、村の外まで6人を見送る。
心配そうな面持ちでクリスに言い聞かせる。
それはそうだ。今までクリスは平和に家庭内で育ってきた一人娘。
突然旅に出ると反抗的なことを言い出した娘を快く承諾してくれただけでもすごいことだ。
母親の心配も当然だろう。
「大丈夫だよ、そんな心配しなくても」
彼女は至って平然としていた。まるでちょっと買い物に行くかのように。
「辛くなったらいつでも帰ってきなさい」
そういう母親に、クリスは「平気!」と元気よく言い切る。
彼らは見送られながら、この村を後にした。
「クリス、いいのか?おばさん、すごい心配してたけど」
いつもとなんら変わらないクリスに、リアスも心配そうな顔をしていた。
「いいの」
クリスははっきりといった。
「私が家にずっといるからママは子離れできないの。だから、私はこうやって外でもやっていけるってことを知って安心してもらいたいの」
言葉だけを聞くと、親の気持ちをわかっていない子供のエゴのように聞こえるがきっと彼女なりの愛情の返し方なのだろう。
「まぁ、誰もが一度は思うことだ。オレも実際似たような考えで村を出てきたしな」
ラースドがそう言ってのける。
「両親か・・・」
セルウィンが呟く。
「セルウィンは?そういう時期があったの?」
ティラミスが彼に尋ねると、彼は浮かない顔をする。
「オレは・・・こんな体になってからは、もう両親にも会ってない。むしろ会えなかったな、怖くて」
自嘲気味に笑った。
「親の死に目にもあえなくて、親不幸な息子だよ」
その様子にほかの5人は黙り込んだ。下手な言葉をかけるわけにはいかない。
重苦しい空気に気づいたセルウィンは焦って
「あ、ワリ。こんな暗い雰囲気にするつもりじゃなかったんだけど」
さっさと先に進もうぜと、明るく振舞い促した。
彼らが目指すのは、西の孤島。アロンズの研究所があると思われるところ。
だが、そこにいくには当然海を越えなくてはいけない。
船なんて出ていない。つまりそこに行くなら船をチャーターしないといけないということだ。
「口車のうまい人がいるわけだし、大丈夫でしょう」
ルルフがちらりとラースドを見て言う。
「馬鹿か。船なんてそうそう借りれないっつーの」
それに対してラースドが不服そうにいう。
「それ相応の船を借りるには、莫大な金も必要なんだよ」
「それならさ、王族に頼もうよ」
リアスがさらりと言う。ラースドもルルフもぽかんとしている。
「そうね。シルフィールさんも力を貸してくれるだろうし」
言うのはティラミス。リアスたちが、不自然災害のために力を尽くしているのは今の王族も次期王女のシルフィールも知っているはず。
そのためならば、十分力を貸してくれるはずだ。
「まぁ、こんな情勢の中快く貸してくれるかどうかは分からないけど、それが一番だな」
セルウィンも頷く。
「じゃあ、次の目的地は今王族が避難している水の都、ゼッケルハイスってことで。わー、なんか世界を救う勇者って感じ!」
クリスがいざ、出発と意気込んでずんずんと先頭をきって進んでいく。彼女には、この光景は勇者一行にみえるらしい。
それについていく形で皆も後ろをぞろぞろと歩く。
そんなとき、後方を歩くリアスの袖が不意にクイっとひっぱられた。
振り返るとティラミスだ。
普段とあまり変わらないように見えるが、モノネナについてからというものティラミスに少し元気がない。
今も表情は曇っている。
「どうしたの、ティラミス?」
リアスが突然の彼女に行動に目を見張った。
「変な夢を見たの」
ティラミスが俯く。
「夢?」
「そう。私はここにいるべきじゃないって心の奥で誰かが叫んでる」
袖を掴む彼女の手が離れた。それと同時にリアスと視線が交差した。
「もしも、私が―――・・・」
「二人とも何してんのー!!早くぅーー」
ティラミスが何か言おうとしたが、それはクリスの大声によって遮られた。
はるか前方からこちらを振り向いて大きく手招きしている。
「・・・なんでもない!行こう、リアス」
ティラミスは首を振り、前にいる4人の下へと走り去ってしまった。
リアスには、どうしようもないもどかしさだけが胸に残ったのだった。
「ったく、次から次によく懲りもせずにくるな」
ラースドがオートマターを蹴散らしながら吐き捨てた。
先ほどから、数体現れてはそれを撃退しを繰り返している。
「なんか、日に日にオートマターが多くなってる気がする」
「そうね。こんなにウヨウヨいるなんて」
リアスがいうと、ルルフが同意する。確かに、はじめのころよりもオートマターとの遭遇率は明らかに高くなっていた。
このまま多くなれば、一般人にも危害を加えかねない。早いところ何とかしなければ。
そんなことをぼーっと思っていると、リアスの横を疾風が駆け向けた。
カキン
背後で、何かがはじける音がした。
クリスの矢が、忍び寄るオートマターを貫いていたのだ。
「へへーん、どうよ」
クリスが自信満々に笑う。オートマターは頭を貫かれて即停止していた。
「まぁ、これくらいなら余裕ね、余裕!!」
「今のは雑魚だからいいけど、完成型のオートマターは危険なんだぞ」
天狗になるクリスにリアスが釘を打つと、彼女は嬉しそうにニヤニヤ笑う。
「あれ?もしかして心配してくれてるの?」
「まぁ、そりゃ友達だし・・・」
と、リアス。
「全く、遊びじゃないんだぞ」
隣で呆れるラースド。彼は手に持っていた荷物をどさっと地面に下ろす。
「今日はもう暗いし、夜進むのは危険だ。ここで野宿にしよう。いいな?」
ラースドが皆に同意を求めると、反対する理由も特別にない。彼らはここで野宿ということになった。
オートマターは襲ってきたが、危険なモンスターがいるというわけでもない。
見渡しもいいし、絶好の位置だろう。
ぱちぱちと、焚き火の火が揺れる。
リアスとセルウィンが二人で焚き火を囲み、みんなは寝てしまっている。
本来ならば寝る必要のないセルウィンが見張りをしてくれるというのだが、リアスも目が冴えてしまい、こうして二人でいるわけなのだが。
殊更何か話すこともなく、沈黙が流れていたが嫌な沈黙ではなかった。
「リアス」
沈黙を破ったのはセルウィンだった。
「君もとんだお人好しだな。見知らぬ女の子のためにわざわざこんなところまで来てしまって」
焚き火ごしにセルウィンを見つめるリアス。セルウィンはというと、ぼうっと火を見つめたまま小さく笑っていた。
「そうかな。でもセルウィンだって女の子が倉庫に寝ていたら、放っておくわけにはいかないだろ?」
「まぁそりゃそうか」
はは、と笑うセルウィン。こういうときの彼は見た目よりも大人びて見える。
「君はティラミスのことをどう思ってる?」
突然の何の脈絡もない質問に、リアスは「え」と動揺する。
彼の顔が赤くなったのは、決して火のせいではないと思う。
「ティラミスは・・・大切な仲間だよ」
小さい声でそう答える。するとセルウィンからは「そうか」と返ってきた。
リアスにとっては彼が意図することがよく分からない。この居た堪れない感じをどうにかしてほしかった。
そんなことを思っていると
「リアス、もしかしたら今回の旅で一番辛い思いをするのは君かもしれない」
今度は真剣な眼差し。リアスも思わず言葉を失った。
(オレが・・・?辛い思い・・・?)
まるで彼にはこの先に起こることがわかっているかのような言い振りである。
「なんてな。君も早く寝たほうがいい」
次の瞬間にはセルウィンは、悪戯っ子のような笑顔になっていた。手に持っていた小枝を折り、火に投げ入れる。
まったく彼の考えていることが理解できない。からかっているのではないか、とも思う。
リアスはセルウィンの言う通りに寝ることにした。というよりも、なんだかセルウィンを一人にしてあげたかった。
すくっと立ち上がるリアス。
「・・・おやすみ、セルウィン」
「あぁ、おやすみ」
セルウィンは火の傍から立ち退いていくリアスの背中を見送った。火から少し離れたところで皆毛布を被って寝ている。
「皆には・・・本当のことを知らせておくべきなのかな・・・」
セルウィンは一人、マントに包まり呟く。
「・・・言えるわけ・・・ないよな・・・」
月はゆっくりと西へ傾いていった。