「どっちの道だろ」
リアスたちが丁度差し掛かっているのは二手に分かれた道。
朝からずっと川に沿って歩き続けてきた一行であるのだが、どちらの道が正解なのかわからない。
地図で確かめても、紙の上には一本道しか書かれていない。
「ねぇ、ラースドも分からないの?」
ティラミスが後方のラースドに尋ねると
「オレもこの辺りは全く来たことないから知らないな・・・」
そっけない返事が返ってきた。まぁ、わからないというならしょうがない。
ティラミスはうーんと唸る。
こうなれば、とりあえず右に進んで間違えたら引き返して左に行こうか、というリアスの非効率的手段を使うしかないのかと思ったが
先ほど知らないと答えたラースドが一歩前に進む。
皆は黙ってラースドの動向を見守る。
「そんなめんどうなことしてられるか」
彼が取り出したのは一枚の銀色の硬貨。何のことはない、この世界で流通する何の変哲もない硬貨だ。
硬貨はラースドの指で弾かれて宙を舞う。それをぱしっと手の甲で綺麗にキャッチするラースド。
「裏か。じゃ、左だな」
彼は至極当然のように、自信満々に言い放つ。
リアスとクリスが怪訝そうな顔で、ラースドを見つめる。
「すっげー怪しいんだけど」
「信じられないんだけど」
リアスとクリスの冷たい目とブーイングに、ラースドは睨みをいれる。
「まぁいいじゃない。どうせ、どちらか分からないんだもの。ラースドの運でも信じてみましょ」
「オレも賛成だ」
ルルフとセルウィンがそういうので、二人は口を閉じ、黙ってラースドに従うことにした。
しばらく歩いた時か。
「お、どうやら合ってるようだな」
セルウィンがいち早く歓声をあげた。水の流れる音がする。
ラースドの読み、いや運どおり正規ルートはこちらだったようだ。
彼は言葉にこそ出さないが、得意げな顔をしていた。
川に近づいている音がするのだが、近づけば近づくほど音は激しくなっていく。
せせらぎなんていうかわいい音ではない。もはや・・・
「激流・・・」
クリスが崖の下を覗き込みながら、震えた声を出す。
6人が立つのは崖の上。下は激しく流れる増水した川。飛び散るしぶきでさえ、凄まじい。
向こう岸を繋ぐのは、一本の儚い橋。
木とロープでできている小さな橋だ。しかも、見ただけでわかるほどの年代物。
「これ、本当に正規ルート?」
リアスが引きつった顔でラースドを見上げると、隣からセルウィンが説明する。
「まぁ、モノネナ地方とゼッケルハイス地方は元々あんまり交流がなかったしね。物資の運送は大方数ヶ月かけて船で行ってたし」
崖から川岸に降りて、川の中に飛び飛びにむき出している岩たちを渡ることもできるだろうが、そっちの方が命がけであることは間違いない。
「まぁ一人づつ渡ればいくらなんでも落ちはしないだろ」
と、セルウィン。それに、泣きそうになるクリス。
「もう、こんな橋くらいで何よ」
それを横目にため息をつくのはルルフ。彼女は一息ついてから、足を橋にかけた。
ためらう様子もなく、ギシギシと揺れる橋を渡る姿。男らしい・・・。
彼女は難なく渡り終えた。
「ティラミス、先に行けよ」
先に済ませた方が楽だろ?と彼女を気遣っての言葉だったがティラミスは首を振った。
「ううん。ラースド、先に行っていいよ」
「そうか」
ラースドは一歩を踏み出す。ルルフは向こう岸でつまらなさそうに腕組みをして待っている。
ラースドも彼女と同様、さっさと渡り終えた。
次はセルウィンが進む。霊体である彼の体は軽く、橋もほとんど揺れることはなかった。
次は誰の番か。リアスがクリスをじっと見つめた。
「先に行けよ。皆渡れたんだし、もう怖くないだろ?」
「う゛ー・・・」
クリスは、項垂れる。
「心の準備が・・・・・・・ティラミス、お先にどうぞ」
ずびし、と橋を指差した。ティラミスは躊躇する。
「でも・・・」
「うん、ティラミスが先に渡ればいい」
リアスも、ティラミスを先に行くように促す。ティラミスは言葉を飲み込んで頷いた。
ロープをつかみ、橋へ進む。掴んだ一部のロープが擦れて細くなっている。ティラミスの顔がこわばった。
彼女が一歩進むたびに橋が大きく揺れて、軋む。
彼女が丁度半分を過ぎたごろか。
プツン
弾かれたように大きな音が響く。ティラミスの顔が蒼白した。ティラミスだけじゃない。その場が凍りついた。
ティラミスの体重に耐え切れなくなった擦れた細いロープが、引きちぎれたのだ。
「うそ!?」
橋は容赦なくグラリと揺れて、ティラミスを激流の中へ飲み込もうとする。皆の悲鳴が上がる。
「走れ!」
セルウィンが叫んだ。ティラミスは向こう岸に向って渾身の力でダッシュした。
身を乗り出すリアスを、クリスが腕をひっぱりなんとか止める。
あと数歩で辿りつく向こう岸。
だがもはや崩れ落ちたも同然の橋――・・・。
(あとちょっと―――・・・!!!)
ティラミスが手を伸ばす。それと同時に、落ちる落下感・・・
ガッ
「あんまり世話やかせるなよ・・・!」
「大丈夫!?」
落下感はなかった。ラースドとルルフがそれぞれティラミスの片腕を掴んでいた。
宙ぶらりんのまま、安堵するティラミス。
彼女は無事に岸に引っ張りあげられた。
反対側の岸では、リアスがヘナヘナと地面に座り込む。
リアスもクリスも、安堵の息を漏らした。
だが、実は無事でないのはこちらの状況もそうなのだ。
もはや橋がない。つまりは激流の中の岩を飛び移ってあちら側の川岸に行かなければならない。
体が硬く、運動神経も人並みのクリスには酷な状況だった。
とりあえず、崖の上から足場を渡り川岸に下りる。間近で見ると、ますます恐ろしい激流の迫力。
クリスもリアスも息を飲む。
だがリアスはひょいっと軽々と岩の上に飛び移る。
そしていつまでも、立ちすくんで動く気配のないクリスに振り向いた。
「リアス・・・私だめだよー・・・」
弱音を吐くクリスにリアスは手を差し伸べた。
「大丈夫。もしものことがあったらオレが絶対助けるから」
彼のその揺ぎ無い言葉に、クリスもおずおずと差し出された手をとる。
「リアス、随分変わったね。昔は私と同じくらい怖がりだったのに」
岩に飛び移ってから、クリスは盛大に「はぁ」と息を吐いた。
「そうかも。ティラミスと出会ってからいろいろあったし」
リアスがまた、飛び移る。彼女もそれに習って飛び移る。
(ティラミスと出会ってから・・・)
クリスの胸が少し痛んだ。リアスが、とても嬉しそうに笑っていたから。
(ティラミスがもし落ちてたら・・・リアスはこの激流にも飛び込むのかな)
その刹那、飛び移ったクリスの足が岩場から滑り落ちる。
「きゃ!?」
「クリス!?」
片足が、激流に飲み込まれる。
その寸でのところで、リアスがクリスの手を引いた。
「うぉおおぉ・・・・・!!!」
水の勢いも相まって、相当な重さであるけれども引きずり上げるような形で、なんとか岩の上に登ることが出来た二人。
「リアス、ありがとぉー・・・」
冷や汗だらだらにして、クリスは力なくリアスに礼を述べた。
リアスが肩で息をしながら、座り込み、笑った。大笑いだ。
「なんでこんな大きな岩、踏み外すんだよー」
「う、うるっさいな!!私だってわかんないよ」
同じく座り込み、顔を真っ赤にするクリス。
「クリスは全く変わってないな」
「・・・私は変わらないよ」
―――この気持ちも昔から―――・・・
「何か言った?」
聞き返すリアス。
「べつに!なーんにも」
リアスを軽くあしらい、クリスは立ち上がった。
「さて、あと少し。がんばろうか」
「おぅ」
こうして残りの岩は無事に渡り終え、2人は無事に向こう岸まで渡りきることができた。
リアスとクリスにとっては、あの川は三途の川であった。