「ちょっと、これはどういうことなんだ」

ゼッケルハイスの途中にある町の宿屋。

そこで罵声を上げるのはラースド。

山々に囲まれて、ひっそりと佇む一つの町。それがここ、ベイツ。

日の出も遅く、日の入りも早い。こうしている今も、外は暗がりだがまだ夕刻だ。

そしてなぜラースドが怒っているのかといえば、この宿屋の値段。

「吹っかけてるのにもほどがあるだろ」

カウンターをたたき、店主を怒鳴りつける。リアス、ティラミス、ルルフ、セルウィン、クリスは黙ってそのやり取りを見ているだけ。

店主も負けずに言い返してきた。

「しょうがないでしょう!ここも経済不況を被ってる町なんだ!」

「だからって普通の5倍は高いだろ!!」

互いににらみ合いが続く中、ルルフが仲裁に入った。

「まぁ、待ちなさい」

「ルルフ、止めるな」

ラースドの怒りがルルフに飛び火する。だが、それに臆することなくルルフは店主を向き合った。

ルルフの顔をみたとたん、店主の目が見開かれる。

「あんたは・・・ルルフォール・リアシャ!?」

ルルフがにやりと笑う。

「私ここの宿屋に泊まりたいんだけど?」

「も、もちろん。“黒の曼珠沙華様の言われるままに」

突然、あれほど敵意をむき出しだった店主の腰が低くなった。ラースドも開いた口が塞がらない。

ルルフはなおも続ける。

「私の仲間もいるんだけど、いいかしら?」

「もちろんです」

店主は2部屋の鍵を彼女に手渡した。

唖然とするリアスたちを、得意げに笑うルルフ。

「まぁ、ゼッケルハイス地方で黒の曼珠沙華の異名は覿面ってことよ」

 

 

*     *     *

 

「やったぁ!!久々のおふとんだぁ!!」

クリスが勢いよく布団にダイブする。

そのままうつ伏せで、ごろごろしているとルルフから白い目で見られる。

「落ち着きがないわねぇ」

「いーじゃん、いーじゃん。こういうときくらいさ」

こんなんじゃおちおち本も読めないわ、とルルフは口を尖らせて分厚い本を片手に部屋を出て行ってしまった。

部屋にはクリスとティラミスだけ。

クリスは興味本位でルルフが持っていた本の一冊の表紙をめくってみた。

見たこともない文字が並んでいる。すぐさま閉じる。

「ルルフはずっと魔術の勉強してるんだよ」

ティラミスが言う。

「私みたいな治癒術を、魔術でつくりだせるように頑張ってるんだって」

「へー・・・」

そんな難しいことができるのか、クリスはわからないながらも感心した。

そうして再び布団にダイブ。

一方のティラミスは隣のベッドに腰掛けた。

隣から熱い視線を感じて、ティラミスはクリスのほうを振り向く。

こちらを一心に見つめていた。

「ティラミスはさ」

クリスが話を切り出す。珍しく真面目な顔で。

「リアスのことどう思ってるの?」

突然の質問に、黙り込むティラミス。戸惑っているのではない。

恐らく意味が分からないのだろう。

それにクリスが付け加える。

「リアスのこと好きなの?」

「好きだよ?」

きょとんとして答えるティラミス。

「クリスも、ラースドもルルフもセルウィンも皆大好き」

その答えをきいたクリスは「そうじゃなくって・・・」と頭をくしゃくしゃと掻き毟る。

「とにかく!私はリアスのこと好きだから。あんたなんかに負けないほどね」

これ宣戦布告だから、と寝たままの体制で人差し指をティラミスに突きつける。

彼女の真意がわからず、ティラミスは首をかしげたがクリス的には満足したらしい。

おやすみっとふとんを頭までかぶって寝てしまった。

 

リアスのこと好きなの?

クリスの言葉が頭の中で木霊する。

好き?

ティラミスが一人思い悩んでいると、前触れもなくひどい頭痛と腹痛が彼女を襲った。

モノリストンネルに行く途中に起きた、あの痛みに似ている。

ぴしぴしと彼女を襲う、足元から崩れ落ちそうなほどの痛み。

まるで、何かを拒絶しているかのような・・・。

隣ではクリスが寝ている。起こして心配かけるわけにもいかない。

ティラミスはよろける足で宿の外へと出た。

盆地であるので夜はとても冷えるが、ティラミスにとってはそんなことは関係なかった。

暗い静かな夜の町、宿屋の横にある路地でティラミスはなんとも言えぬ恐怖に座り込み、自分の肩を抱きしめた。

(私の奥で・・・何かが叫んでる)

―――ここにいるべきじゃない―――

乱れた呼吸を整える。

一人になってからは大分痛みもなくなった。

早く帰らないとルルフも部屋に帰ってきて、心配かけてしまうかもしれない。

ティラミスは徐に立ち上がる。

その時

「ティラミス?」

路地へ顔をひょっこりと現したのはリアス。ティラミスは当然驚いた。

「リアス、どうしてここに!?」

「散歩してたら、ティラミスの後ろ姿が見えたから・・・。こんなところでどうしたの?」

リアスのごく当たり前の質問に、ティラミスは戸惑う。

じっとリアスを見上げる。暗くて分からないが、彼の褐色の瞳も恐らくティラミスを見ていることだろう。

リアスに、言っておきたかったこと・・・。

「リアス」

ティラミスは意を決した。

「私はここにいるべきじゃないと思うの。私はいつかこの世界を壊してしまうかもしれない。もしもその時は―――・・・」

一瞬のティラミスの躊躇。

「私を殺してほしいの」

彼女の言っていることが分からず、リアスは言葉を失った。だが、決して彼女の目が冗談で言っているわけではないと物語っている。

「殺す・・・って何言ってるんだよ」

リアスが声を荒らげた。真面目にそれを言うティラミスに対する驚きや怒りも混じっているのだろう。

一方のティラミスは静かな声で「言いたかったことはそれだけだから」と、瞳を伏せて宿屋に戻ろうと彼の傍を通り抜けた。

「待って」

リアスが彼女の腕を掴む。ティラミスの足も止まった。振り向きはしない。

「もしかして何か思い出したの?」

問いつけるような必死のリアス。ティラミスは背中をみせたまま、首を横に振った。

「何かあったなら教えてほしい」

腕を掴むリアスの力が少し弱くなった。

「ティラミス、君の力になりたいんだ」

先ほどとは異なり、落ち着いた、懇願するような声。この声にティラミスも振り向いた。弱弱しい表情。

同時に掴まれていた腕も解けた。

小さな声でティラミスが言う。

「・・・まだ何も思い出せてない、けど・・・。私にもよく分からないの」

突然変なこと言ってごめんね、と付け加えた。軽く笑ってみせたが、それが作り笑いだということはリアスでも分かった。

「それじゃあリアス、私先に戻るね。おやすみ」

ティラミスは踵を返して、逃げるように宿屋へと帰っていった。

追いかけることもできず、リアスはただ彼女の後姿を見送った。なんと声をかければいいのか今のリアスには思いつかなかった。