これから6人は向かわないといけないのは、ゼッケルハイス。

そこでなんとか王族に頼み込んでアロンズの研究所のある孤島までの船を調達しないといけないのだ。

昨日崖を登りきった。あとはこの森を突っ切ったら、海が見えるようになる。

そしたらゼッケルハイスまではすぐだ。

というわけで、6人は今森を突っ切っている。

昨日の夜、あれだけうろうろしていたリアスだが、いざ明るいときの光景と比べてみると全然違う風景のように感じられた。

木には花も咲いていて、朝露できらめく葉で、とても綺麗な森であった。

 

リアスが足取り軽く先頭を歩き、それに追随する形でラースドとルルフが続く。

それからちょっとあとに、ティラミスとクリス、そしてセルウィンがついてきていた。

リアスが、近くを歩くルルフをちらりと見上げて尋ねる。

「ねぇ」

「何?」

ルルフがそっけなく答える。

「ルルフはティラミスの治癒術を、魔術でできないか調べてるって言ってたよね」

「そうだけど・・・」

「何かわかったの?」

リアスのその質問に、ルルフは顔を歪めた。研究のほうは芳しくないようだ。

「あの子の治癒術っていうもの自体がまだ全然よくわからないのよね・・・」

「オレにしてみたら、魔術も全然わからないけどな」

後ろにいたラースドが口を挟む。確かに、とうなずくリアス。

ルルフがすぐさま反論する。

「魔術は、エレメントでできているのよ。火、水、風、地、闇、光、星・・・その他いろんなエレメントを使用してるの。呪文でそのエレメントを集合させて魔術という形になるのだけど・・・」

ルルフの顔が曇る。

「たとえば、ファイアストームなら火と風のエレメントを。スプラッシュなら水と地のエレメントを・・・というのがあるのだけど、治癒術は何のエレメントか分からないのよね」

「なんか、ティラミスが治癒術使うと白い光が溢れてくるし、光とかなんじゃね?」

ラースドが投げやりに言うと、ルルフは

「私もそう思って、いろんなエレメントを組み合わせてみたけど・・・」

浮かない表情で首を横に振った。

リアスとしては、既にルルフが何の話をしているかも理解できなかった。

えれめんと?と首をかしげている。

そんなことをしていると、ルルフが何やら突然思い出したのか手をぽんと打った。

「そうそう。セルウィンの持っていたあの鉱石研究所で作られたという人口石。あれもおそらく魔術を利用したものね」

今度は自信満々の彼女の表情。リアスもラースドも特別何を尋ねたわけでもないのに、ペラペラと話しだす。

「彼は人工石は分子を引きつけたり離したりするって言ってたけど、それは魔術の呪文がエレメントを引きよせたり引き離す原理と似ているわ。ということは・・・」

「あ、見て!!」

彼女がひたすら語り続けるのに対して、リアスはもう話をきいてはいなかった。

リアスは前方を指さして叫んだ。

「海だー!!」

跳ねるような興奮した声。

いつの間にか、あんなに密集していた森の木の数は数える程度になっていてその代りに目の前に広がるのは空と同じくらい青く澄んだ穏やかな海。

「本当だ」

「やったぁ!それならゼッケルハイスまですぐじゃん」

「きれーい」

それに引き続き、ラースド、クリス、ティラミスも嬉しそうな声をあげる。

ルルフはなんともやるせない気持ちになり、ふんと鼻をならした。

そんなとき、セルウィンが何かの気配に気づく。敵ではないようだが・・・。

背後を振りむくと、男性が倒れている。意識があるのか、ないのかうつむきに倒れて動かない。

全身傷だらけで、急いで治療しないと命が危険だ。

「大丈夫ですか」

セルウィンが駆けつけ、その倒れた男性の頭を起こしてやると意識はあるらしい。うめき声をあげて、わずかに瞼が開く。

「今なんとかしますから」

ティラミスが傍で膝をつき、その男性に手を翳す。

温かい光が男性を包みこむ。すぅっと傷が癒えていき男性の顔色も徐々によくなっていった。

「おぉ・・・助かった・・・!ありがとう、お嬢さん」

あまりの不思議な現象に唖然とした男性。

「先ほど妙なモンスターに襲われて、命からがら逃げてきたんだ・・・」

だが、顔をあげたときに男性の顔が一変した。

「でた!!」

蒼白して叫ぶ。

彼が指さした先にはルルフがいた。

「失礼ね!」

ルルフが眉を吊り上げた。

「あんたじゃない!!あんたの後ろだ!!」

男性が恐れ慄く。彼が指さしたのはルルフではなく、彼女の後ろにいた・・・

「オートマター!?」

ラースドが槍の矛先を向けた。男性を襲ったのはこいつらしい。

一言でいうと、ゴリラのような巨体。眼光鋭い瞳。太い腕と、その先に生えている長い爪。

明らかにこちらを敵とみなして、威嚇をしている。

「ティラミス、こいつは!?」

銃剣を構えたリアスがティラミスにきく。

「・・・わからない!ただ、オートマターであることは間違いないんだけど・・・」

ティラミスが自信なさそうに答えた。

オートマターが両手を振り上げ、雄たけびをあげながらこちらに突進してきた。

クリスがつがえた矢を、ひゅっと放つ。

オートマターはそれを軽々と素手で受け止めると、ばきりとおる。そして、勢いは衰えることなくラースドに両手を振りおろす。

「おぉっ!」

槍を構えていたラースドは、間一髪で飛び避ける。地面にめり込むほどの剛力。こんなのをまともに食らってしまったらぺったんこだ。

セルウィンがすばやく奴の懐に入り込み、腹にカゲツメを突き立てる。

怯んだ敵がよろめく。その隙に、ルルフが叫ぶ。

「ストラグマイト!!」

地面から、鋭い槍のような岩々がオートマターを目掛けて飛び出す。

相手には命中しなかったが、その岩間からリアスが飛び出し、奴の頭を目掛けて剣を振りおろした。

オートマターは、ずんと轟音をたてて地面に倒れこんだ。

「ふぅ・・・」

リアスが、勝利にほっとして銃剣をしまう。

「最近はティラミスがわからないオートマターが多くなったな」

「・・・」

ラースドがいう。すると、ティラミスは申し訳なさそうにうつむいた。

「まぁ、わからないんじゃしょうがないじゃん?さ、海も見えたことだし早くゼッケルハイスに急ごうよ!」

クリスが海を指さしながら言う。

「もしかしてあなたたちはゼッケルハイスに向かわれるのですか?」

先ほど助けた中年男性がリアスたちに言う。すっかりと元気になり、立ちあがっている。

「私の街です。助けていただいたお礼もしたいですし、よろしければご案内しましょう」

「本当に!わーい、ありがとうおじさん!!」

クリスが屈託のない笑顔で喜んだ。

「私の名前は、クレイスと言います」

そう名乗った男性が、やわらかく笑った。

 

          *     *

 

 

ゼッケルハイスは、さすがというべきかとても大きな街であった。

今王が身を潜めているせいか、あらゆる物資が集まり、不況にも負けないほどの活気がある。

海も山も近いおかげで、資源にもあふれている。

水路も完備されているし、商業もにぎわっていた。

今王族が身をおいているのは、ゼッケルハイス地方を収めるゼッケルハイス領主のあるお屋敷。

お屋敷といってももはや、お城である。

さすがにモノネナ城には負けるが、他の地方のどのお城よりも大きく、立派な佇まいだ。

そこに謁見しにいかないといけないと考えると、なんとなく心配で憂鬱だ。

 

 

ゼッケルハイスの南に位置するクレイスの家。

彼は、そこにリアスたちを招きいれ、お礼ということで奥さんお手製の手料理をふるまってくれた。

食卓に並ぶ数々の料理。

「主人のお礼ですわ。たくさん召し上がってください」

奥さんは人当たりの良い笑みで、みんなを歓迎してくれた。

中年なのだが、上品そうな女性である。

「わぁ、すっげー。ありがとうおばさん!」

「おいしそうー!!」

リアスとクリスが目を輝かせて、おいしそうに料理を頬張る。

「なんだか余計な気を使わせてしまったようで、申し訳ないわね」

ルルフが圧倒されるほどの料理を目の前に、そういった。

「いいんですよ。多くの人に食べてもらったほうが作りがいがあります」

奥さんが微笑む。

「すごくおいしいです」

ティラミスが、テーブルの真ん中に置かれたローストチキンを一口食べて言う。

久々の家庭の手料理に、みんなが舌鼓をうった。

「いつもは宿屋か、野宿での御飯だもんな。」

セルウィンがスープを口に運びながら言う。

「シルフィールは、どうしてるかな」

リアスが、料理を食べる手を休めて名もない宿場町で一人歌を歌っていた少女を思い出す。

この頃は野宿も多くて、全く世間の話題に疎いのである。一体あれから彼女がどうなったのか、まったくわからない。

「おや、シルフィール様をご存じかな?」

クレイスが言う。

「あと2週間後に王族に入籍されるというのだが、もう実質上はゼッケルハイスのお屋敷に身を置かれている方だ」

「そうなんだ!じゃあ、明日シルフィールにも会えるかもね」

ティラミスが子供のように喜ぶ。何か特別な絆があるわけでもないのだが、もう一度会いたくなるようなそんな温かいオーラを持った娘であったからだ。

と、先ほどからセルウィンが何やらきまりが悪そうに黙り込んでいる。

その原因はクレイスの妻である。ずっとセルウィンに熱い視線を送っている。

「あの、何か・・・」

セルウィンが彼女のほうを振りかえり、おずおずと尋ねると、彼女の目が見開かれ、輝く。

「あなた、もしかして・・・セルウィン・ダークスですか・・・!?」

セルウィンのそばに近寄り、彼をまじまじと見つめる。さすがにセルウィンも驚き、体を反らせた。

奥さんの目は、嬉しそうにセルウィンを見つめている。

「すごい。あなた、科学者のセルウィン・ダークスにそっくりですね」

「い、いえ。人違いです」

セルウィンはひどく焦って否定する。まさか、セルウィン・ダークスを知っている人に出会うとは。

セルウィンの視界にちらりと入った本棚には、セルウィンの書いた論文が一冊混じっているのが見えた。

女性はようやく距離をおき、残念そうに溜息をついた。

「そうですね。セルウィン・ダークスなら、もうおじいさんでないとおかしいですわね」

その様子を見てたリアスがセルウィンにだけ聞こえるほどの小さな声で言う。

「セルウィンって、昔有名人だったの?」

「まぁ・・・知ってる人がいてもおかしくはないよね」

セルウィンは苦笑した。

 

さすがにクレイスの家に泊まるほど、迷惑をかけることはできずリアスたちはその晩はゼッケルハイスの宿屋に泊ることにした。