宿屋から程近い高台の広場。そこからは青い海が一望できる。

夕刻ということもあって、太陽は海の中にゆっくりと沈んでいき、空は茜色から濃紺に染まる時。人気は徐々になくなっていく。

そんな中で一人、ティラミスは高台の手すりにもたれ掛り、赤色に染まった海を見つめていた。

潮風がティラミスの髪の毛を柔らかく揺らした。

海の様子はとても穏やかで、この先に西の孤島があるなんて到底思えない。永遠に、この広い凪いだ海が続いているようなのに。

この先に

(私の求めているものがある――・・・)

ティラミスの胸の奥には期待と喜びと共に、なにやらざわざわとした得体の知れない不安もあった。この先に何が待ち受けているのかは、分からない。

ただ、何か「帰らなくてはいけない」という使命感だけが彼女を支配していた。

 

 

 

「おまけしてもらっちゃったー。ラッキー☆」

西の孤島に行くまでに、必要なものを買っておこうと思ったクリスは道具屋での買い物の帰り道。

彼女は両手いっぱいの紙袋を抱えていた。中には薬草やら、包帯やら非常食やら大量に買い込んである。

店主のおじさんからおまけでお菓子ももらって上機嫌のクリスであった。

夕暮れは風も心地いいし、見晴らしもいいだろうということで高台の広場を通って帰っている途中。

そんな時、一人広場の手すりで海を見つめるティラミスの背中を発見した。

「一人で何してるんだろ」

なにやら思いつめたような背中。ちょっと心配になったクリスはティラミスに近づこうとした、その時。

見覚えのある少年が、ティラミスに近づいていくのに気づいてさっと建物の影に身を隠した。

(何隠れてんの、私―!!これじゃあ怪しい人じゃない!!)

心ではそう思っていても、気になってしまう。クリスはこっそりと顔を覗かせた。幸いにも二人には気づかれていない。

 

 

 

「ティラミス」

 

ティラミスの背後から声がかけられた。間違えようもない聞きなれたこの声。

「リアス」

ティラミスが振り向くと、予想通りリアスが高台の広場にいた。一人で散歩の途中だろうか。銃剣も宿屋に置いてきている。

彼はティラミスの隣に近づき、そこから空を見上げた。

「ティラミスも散歩?すっごい綺麗だね、ここ」

リアスも海に沈む茜を見つめた。この場所をリアスも気に入ったらしい。

ティラミスは、そんなリアスの横顔を見つめる。

リアスの家の倉庫で出会ってから、ティラミスの故郷を探してくれるといって――・・・。

「なんか・・・」

リアスが視線は逸らさぬまま、ティラミスに語りかける。

「いろいろ会ったな。ティラミス、最初うちの倉庫で寝てたんだっけ」

「うん」

ティラミスが頷く。

「それから、ギャムじぃのところにつれていってもらって、ラースドにも出会って」

「なんかオートマター初めてみたときとか、びっくりしたよな。船の上とかにも出てきたっけ。半魚人みたいな」

二人は顔を見合わせて、声を出して笑った。

「ねぇ、リアスはこの旅が終わったらどうするの?」

ティラミスがなんとなしにリアスに尋ねると、彼は「うーん」と悩みだす。

彼はそのまま海を背にして、手すりに寄りかかる。頭だけをティラミスの方へ向けて

「母さん一人残したままだからな。家に帰るよ」

ティラミスの目線が自分の手元に移った。ぎゅっと、手すりを握る両手に力が入る。

「そう、よね」

搾り出すような彼女の声。

「これで、すべて終わっちゃうんだね・・・」

「でもさ、オレはこの旅の終わりがすべての終わりってわけじゃないと思うんだ」

リアスが言う。

「旅が終わって、皆離れ離れになったとしても生きてさえいえばまた会うことができる。離れていても、皆と過ごした時間は変わらない」

「過ごした・・・時間・・・」

ティラミスが繰り返す。

それは何もない空っぽだった彼女の中を埋めてくれた、大切な思い出。

「生きてさえいれば・・・」と彼女は小さな声で呟いた。

「オレ、馬鹿だしなんていえばいいのか分かんないんだけどさ。結局オレがどうしたいのか、考えてみたんだ。そしたら意外とあっさり答えが見つかった」

後ろ頭をぽりぽりと掻きながら、リアスはティラミスに向き直った。

「オレは、ティラミスと一緒に生きたいんだ」

リアスが、ティラミスにはっきりと告げた。

その瞬間ティラミスの内の声が駆り立てた。語りかけてくる、彼女自身の想い。体の芯が拍動するような感覚。

 

私はここにいてはいけない存在ではないの?

ここにいてもいいの?

私がすべてを壊すようなら殺してほしいと、私があなたに言った言葉なのに。

壊してくれと、私が望んだことなのに。

それなのに、どうしてこんなにも・・・

 

「私も・・・リアスと生きたい・・・」

ティラミスの口から紡がれた言葉。

「リアスと、一緒に・・・」

小さいけれど、しっかりとした声だった。ティラミスの瞳はまっすぐリアスを捕えていた。

いつの間にか夕日はすっかり海に沈んでいて、薄暗さが増してきていた。そろそろ星の輝きも見えるほどに。

街灯もないこの広場で、暗がりだが彼女の表情は穏やかだと感じることができた。

リアスも安心した。自然と笑みが零れた。

「なら、西の孤島に行こう。終わらせるためじゃなくて、はじまりのために」

リアスが右手を彼女に差し出すと、

「・・・うん!」

彼女は戸惑いがちにではあるがゆっくりと己の左手を彼の手に重ねた。

温かいリアスの手。ティラミスよりも大きな。

聞こえるのは波の音。そして彼らを照らすのは、優しい満天の星空だった。

 

 

 

バタンッ

借りている宿屋の一室。102号室。女性陣が借りている部屋だ。

クリスが外から帰ってきたのか。

随分乱暴にドアを閉めたものだと、ルルフが怪訝そうにデスクからドアのほうを振り返ると、ドアを背にして一歩も動かずに固まったクリスの姿。

両手に抱えていた荷物をどさりと無造作に落とす。

俯いていて表情は分からない。

「どうしたの?」

ルルフがただならぬクリスの状況に、不思議そうに声をかけた。

クリスはいまだ動かない。彼女の呼吸が乱れ始めたかと思うと、「うっ」と喉にくぐもった小さな声。

 

自分とほぼ年齢の近そうなティラミスが、大変な思いをして世界を飛び回ってるのは知ってる。

辛いことも分かる。不安だろうし、心細いを思う。だけど

「ティラミスが・・・ほんの少しだけうらやましい・・・」

嗚咽の混じった、搾り出したような思いがルルフの耳に届いた。

ぽつりぽつりと部屋の絨毯にシミが出来ていく。

「私じゃあ、どんなにかんばってもティラミスには敵わないんだって・・・本当はちょっとだけ分かってた。分かってても、やっぱり・・・・・・・・・辛いよぉ・・・・・・」

リアスが嬉しそうに笑うのも、ティラミスがいるから。あの言葉をティラミスだから言った言葉。

自分には向けてはくれないだろう。長年好きだったからこそ分かる。リアスにとってティラミスは特別なんだ。

クリスの肩が小刻みに揺れた。

黙って話をきいていたルルフは様子から大体のことを理解したのだろう。いまだにしゃくりあげているクリスに、肩をすくめた。

「男はリアスだけじゃないわ。きっとすぐにあなたが夢中になれるような人が現れるわ」

ルルフは子供をあやすように、クリスの頭をぽんぽんと軽く撫でてやる。

「もうリアスが幸せならいいか、って諦めてる・・・っ。だけど・・・このままじゃ悔しいから・・・もう少しだけ、泣かせて・・・」

クリスが目から溢れる涙を手でぬぐいながら言う。純粋に本当にリアスが好きなのだろう。

ここまで素直に想われていたリアスも幸せものね、ルルフは思った。

そうして困ったように微笑んでから、クリスにハンカチを差し出してやった。

「今回だけよ。好きなだけ泣きなさい」

それだけ言うと、クリスの持ってきた荷物をデスクの上に置きなおし、自分は静かに部屋を出て行った。

デスクにはまだ読みかけだった本が開いている。

クリスはその場にしゃがみこんだ。ハンカチに顔を埋めて、声を出すのも憚らずに泣いた。

(大丈夫)

心の中で言い聞かせる。

(明日からは笑ってまたリアスと会うことができる)