「さぁ、皆様。こちらがゼッケルハイドがご用意した船でございます」
爽やかな朝の港。青い海と空。絶好の航海日和。
白金の鎧に身を包んだゼッケルハイスの兵士に連れてこられた先には、決して大きいとはいえない木製の船が停泊していた。
リアス、ティラミス、ラースド、ルルフ、クリス、セルウィンの6人は船を見上げた。
急遽準備された船としては立派なものだ。
船の上では船員がバタバタと慌しく駆け回っている。
と、船長らしき黒髭の男性が港から歩いてき、6人の前で立ち止まった。胸にはゼッケルハイス王国のエンブレムが光っている。国が選んでくれた船長のようだ。
「あんたらだな。西の孤島に行きたいっていう連中は。もう準備はできたのか?」
「もう準備はできてる!いつでも行けるよ」
リアスが声を張り上げた。
「よし。威勢のいいガキだ」
船長は一人満足げに頷くと、船上に向って叫び声をあげた。
「おい、渡り板を下ろせ」
はい、と若々しい船乗りの声が返ってくるとすぐさま木の渡り板がこちらの港へ下ろされた。
6人+船長が乗り込むと、渡り板はあげられた。碇を持ち上げ、船は青い空に真っ白な帆を張る。
「すっごーい!やっぱ潮風って気持ちいいねー」
クリスが櫓の上から、遠くの海を臨んだ。船は風に乗り、順調に航路を進めている。
潮の匂いを運んできた風は彼女と、隣にいるリアスの髪の毛を優しく撫ぜた。
他の4人は船内で各々の時間を過ごしていた。ここにこうしているのはクリスとリアスだけ。
「そうだなー。あ、あそこにいるのってイルカじゃない?」
リアスが前方の海を指差すと、遠くで水が跳ねているのが分かった。
横で、楽しそうに海の旅を満喫するリアスにクリスは昨夜のことを思い出し、なんだか切ないような悲しいようなそんな想いに駆られた。
だが、意を決したようにじっとリアスを見据えると
「リアス」
リアスもクリスの方を向いた。
「私たち、これからも親友だよね?」
彼女が尋ねる。11年のこの長い気持ちの整理をつけるためにも。
突然の問いかけに一瞬リアスも戸惑ったようだが返事は比較的すぐに返ってきた。
「当然だろ?クリスは他の誰でもない、オレの幼馴染だからな」
何気ない彼の素朴な言葉。オレの幼馴染。だが、クリスとしてはなぜだか心がとても軽くなった気がした。
リアスの親友。これは、他の誰でもない私だけの特権。そう思うととても誇らしく感じ始めたのだ。
はにかんだように、ニッと笑うと
「へへ、そうだよね」
と笑みを零した。
「青春してるわねー」
ルルフが船内の窓から櫓を見上げてひとり言。彼女の位置からは丸見えのようだ。
「何の話?」
ルルフの座っているイスの正面にいるティラミスが訊くと
「こっちの話よ」
ルルフはわざとらしいほどの微笑みで答えた。
「リアスも罪作りだな」
傍をふと通りすぎたセルウィンもそう残して歩き去っていった。
ますます、ティラミスの頭には「?」が浮かぶばかりであった。
「それにしても」
今までとは異なり真剣な声色でルルフは言う。
「噂話に聞いていた航海とは全く違うわね」
「・・・どうゆうこと?」
ティラミスが尋ねると
「今まで西の孤島には行こうとしても行けなかった。それは訪れを拒むかのように海が時化たり、竜巻が起こったり。モンスターが襲ってきたり。一方私達の航海は・・・」
ルルフと同時にティラミスも窓の外を見つめた。
澄み切った青に、白い雲が時折流れるだけである。
「驚くほど平和だね・・・」
ティラミスが言った。
「まさか今までの噂話がデマだったなんていうオチじゃないでしょうね」
「もしくは俺達を歓迎してるかだな」
ルルフが冗談っぽく言うと、どこから現れたのかルルフの隣に腰掛けるラースドが一言。
足を組んで机に頬杖をついた。
「まぁ、こっちにとっても好都合だ」
その歓迎に乗ってやろうじゃないかと、ニヤリと彼は笑った。
それからどれくらい船に揺られただろうか。
船は順調すぎるほど無事に森の生い茂る小さな島に到着した。人気のまったくしない、隔離された島。
不気味なほど静かで生き物の気配がするのかさえ分からない。
ここが、西の孤島。
6人は船を下り、踏みしめるように島の地面を歩いた。
「これからどうするの?」
クリスが5人の顔を見比べていく。
「この森のどこかにアロンズの研究所があるはずだ。そこを探そう」
このような生命感のない森に、果たして研究所などあるのだろうか。不釣合いであることこの上ない。
だが、セルウィンが確信をもって即答した。
* * *
「ないなぁ」
「ないわね」
島自体はとても小さいものでぐるりと一周するのにもそんなに苦ではなかった。
だが軽く見渡してみても、研究所らしきものは影も形も見つけることはできなかったのだ。
ルルフが魔術で波動を感じ取ろうとするも、この島全体を均一の波動が覆っていて根源を探ることはできなかった。
リアスがうんざりと愚痴をこぼすと、続いてルルフもやる気を失った声で続く。
第一ここに研究所があるというのも推測でしかない。もしかしたらアロンズの研究所なんてここにないのかもしれない。
そもそも次元の歪みって何?そんなもの本当にあるのか?架空の話じゃないのだろうか・・・。
リアスが自暴自棄になり、漫然とそんなやけっぱちなことを考えていると隣のセルウィンが苦笑した。
「簡単には見つからないってか・・・。何か手がかりでもあれば・・・」
その時、ティラミスの胸が青白い輝きを放っていることに気がついた。
「ティラミス。お前、感応石が・・・」
ティラミスが自分の首飾りに目を落とすと確かにそこが今までにない程輝いている。ギラギラと、痛いほどの光。それは挑戦的なものとも取れた。
「こっち・・・。こっちに、私を導いてる・・・」
ティラミスがその光に導かれるまま、森の中へ歩みを進めていく。
5人もそのあからさまな誘いを不安と共に疑問を抱いた。だが、ここはついていくしか道はないようだ。
森の木をかきわけて、ティラミスに従う。彼女の足取りは確かだった。
そうして歩きついたさきに、存在したのは・・・
「これは・・・」
ティラミスの立ち止まった先。その地面でラースドは膝をついて、地面に手のひらを当てた。
「扉・・・?」
「本当だ!よくみると扉がある」
リアスが地面の土をぱらぱらと軽く払うと、鉄の大きな一枚板が徐々に頭を出し始めた。
ところどころ赤く錆たその扉は随分と年季を感じさせる。
この森の中にそぐわぬ無機物の姿。これは間違いない。
「アロンズの研究所はここだ・・・」
セルウィンが誰に言うでもなしに呟いた。
男性陣3人が大きな鉄製の扉を上に引き上げ、その下が露になる。
漆黒の地下へ引き込む石製の階段。そこからは音もなく、風もなく、光もなく、ただひたすらに口をあけて6人を飲み込むかのようだ。
リアスはごくりと唾を飲み込むと、仲間達と顔を見合わせ静かに頷く。
そして銃剣を右手に握り締め、その暗闇への道に足を踏み出した。