ルルフの魔法で内部を照らせども、しばらく石階段が続いた。

カツン カツン カツン

暗闇の中、響くのは足音だけ。他は気がおかしくなりそうなほど、静かだ。

地下へ向えば向うほど、嫌な予感は大きくなっていく。こんな深くに研究所を作るくらいだ。アロンズ自体の趣味も相当変わっている。

ザッ

リアスの足が、最下層についたときだった。

 

パッと突然視界に光が差し込んだ。

人の気配を察知して、自動に灯が灯る仕組みなのだろうか。

そこでリアスたちは「研究所」の内部を目の当たりにした。

「ここが、アロンズの研究所・・・?」

内部はすべてステンレス張り。大昔に作られただろうに、最先端を思わせるほどピカピカしており見たこともないような機械がずらりと並んでいた。

巨大な円柱の筒からチューブが伸びていたり、大きなディスプレイが壁に立てかけられていたり、金属の欠片みたいなものが床に散らばっている。

会議室にあるような大きな台の上には、数体ものオートマターの完成品や作りかけが置いてある。

金属むき出しで、これまで戦ってきた奴らとは全く異なってはいるのだが。

これだけでも、彼が精神的にも頭脳的にも大きく一般人から逸脱しているのが明らかだった。

「さすが天才さんだな。当時、こんな技術を隠し持っていたなんて」

ラースドはずかずかと室内を回り、好奇の目であちらこちらに目をやる。

「そうね。あんまり趣味はよくないみたいだけどね」

ルルフもオートマターの部品を持ち上げたりしている。

この二人には、緊張・・・というよりも遠慮という言葉はないようだ。

人の気配は全くしない。むしろしんと静まり返ったこの空間には生き物が住めるような環境ではないような気もする。

アロンズはここにはいないのか。

「ねぇ、ティラミスの感応石の光が強くなってない?」

「え?」

クリスが、ふとティラミスの感応石を見やると確かに先ほどよりも痛々しい青い光を放出していた。

皆の視線が感応石に集中する。

「・・・何か、この建物自体に反応しているのかしら」

ルルフが言う。

「分からない。・・・が、それはこれから分かることだろうさ」

と、セルウィン。

「おい」

奥を探索していたラースドが5人を呼んだ。彼の前には一枚のドア。

5人がそのドアの元に近寄る。

他のドアと異なり、厳重にロックされている。と、いうのもパスワード式になっているのだ。

デジタル式のセキュリティシステムで、ドアの横の壁についているモニタには「パスワードをニュウリョクせよ」の文字が。

ラースドが力まかせに扉を開こうとしても、一ミリも動く気配はない。

これだけ厳重なロックがあるのだ。奥にはきっと彼の研究の真髄と呼べるもの―――次元の歪みがあるに違いない。

「こんなもの壊しちゃえば?」

クリスが冗談半分、本気半分で言うと

「いや。オレがやってみよう」

セルウィンはクリスを制してモニタの前に立ち、タッチパネルで何やら入力していく。

下手に破壊して、取り返しがつかないことになっても面倒なだけだ。

ピピピ・・・  ブー

『エラー』

虚しいブザーと共に、モニタに表示された。

セルウィンはまた、間髪いれずにタッチパネルに触れた。

それを5、6回は繰り返したのだが、相変わらず表示されるのは『エラー』の文字のみ。

「・・・やっぱり駄目か・・・」

セルウィンも深いため息をつき、とうとうその手も止まってしまった。

思いつく言葉をすべて入力してみたのだろうが。

「セルウィン。私にやらせて」

一部始終を見ていたティラミスが、名乗り出た。

彼女はセルウィンの横を通り抜けタッチパネルに触れた。

すらすらと文字を入力していき、最後にぽんとエンターを押す。

Restor531・・・

・・・

・・・・・

パスワード照合カンリョウ。トビラ、ひらきます』

ウィーンとドアは自動に開いた。なんと、パスワードは見事に一致したではないか。

皆が歓喜と同時に驚愕の目でティラミスを見る。

「ティラミス、どうしてパスワードを?」

リアスが尋ねるとティラミスは

「手が勝手に動いたの・・・。私、恐らくここを知ってるわ」

と、ティラミスは返した。それ以上は、誰も何も訊くことはなかった。

 

 

中は、やはり総ステンレス張り。十メートル四方くらいの部屋。ただ、とても整然とした部屋だった。

そこにあるのは、隅にひとつだけデスクがあるのと部屋の半分を占めるほど大きな水槽のような硝子の箱。

両端には、また見たこともないような背の高い装置と繋がっている。

そして、デスクの上には・・・

「オレの論文だ・・・」

セルウィンが、デスクの上においてある一冊のレポートを持ち上げた。

表紙の千切れたその紙の束・・・そこには紛れもない彼の筆跡で次元の歪みについて、と。

ぱらぱらと数枚を見つめると、くしゃりと片手で握りつぶした。

「こんなことのために・・・オレはこの研究をしてきたんじゃない・・・!」

彼の悲痛の声だった。

「次元の歪みについて必要とされるのは真空状態。それに放電し莫大な電圧をかけてやる。そこで真空内に擬似ブラックホールともいえる次元間の歪みが生じる。その不安定空間を安定化するために必要となるのがオレの持っているこの鉱石研究所で作られた人工石。こいつが分子を引き寄せ次元は安定化する」

セルウィンが5人に次元の歪みの原理について説明を行うが、5人にとってはもはや暗号でしかない。

彼が何を言ってるかも理解できなかった。

しかしなお、セルウィンは続ける。

「この硝子ケースが真空状態を作る装置・・・。あの横の装置が放電機なんだろうな。と、いうことはアロンズは間違いなく次元の歪みの中にいる・・・!」

「次元の・・・歪み・・・」

ティラミスが、わずかにそう呟いた。

彼女の脳裏で、記憶がフラッシュバックする。

そう、研究所・・・。

私と一緒にいた、人物・・・あれが、アロンズ・・・

私を呼ぶ声・・・ティラミス。ティラミス・・・

夢の中のような、ぼんやりとした世界・・・次元の歪み・・・

私のいた世界・・・

 

じげんの、ゆがみ・・・

 

その瞬間、ティラミスの感応石がパッと発光した。それはもう輝くというレベルではない。

「うわ、まぶし・・・っ!」

「何なに!?」

リアスとクリスも悲鳴を上げた。目も開けていられない。

ルルフや、ラースドも悲鳴をあげていた。遠くで声が聞こえる。

彼らは全員固く目を閉じ、腕で目を覆う。

キィィィィンという耳を劈くような高い音。視覚も聴覚も完全に奪われた。

 

どれくらいそうしていたのだろうか。

徐々に瞼の下から、光が収束していったのを感じ取った。耳鳴りはまだ残っているのだが。

恐る恐る腕をおろし、瞼を開けてみる。

強烈な発光のあとなので、視界は一瞬何も見えなかった。

だが、それも徐々に慣れていき彼らは今時分たちが置かれている状況に目を見張った。

床がない。

いや、それだけではない。輝くような総ステンの研究室はどこにいったのであろうか。

ここは真っ暗な何もない空間。

まるで、世界の果てに放りだされたようなそんな感覚。重力さえも、あまり感じることはない。

宇宙空間のようにも思えたが、それにしては遥か彼方で燃える星達の存在がない。

息もできる。

真っ暗であるのだが、不思議と仲間の姿は見ることが出来た。

「目ぇ痛い・・・。全員無事か?」

リアスが片目を擦りながら、仲間達を確認した。

セルウィン、ラースド、ルルフ、クリス、ティラミス。全員無事のようだ。全員意識もある。

「ここは、一体・・・」

座り込んでいたルルフが立ち上がり、ぐるりと自分達の周りを見渡す。何も、ない。

 

「ようこそ。僕の研究所へ。皆さん」

 

どこからか声が聞こえた。この場にそぐわぬ明るい男の子のような声。

全員が一斉に、警戒態勢をとる。

「わざわざあっちの世界からよく来たね。自己紹介をしよう」

リアスたちの前に、ぼうっと浮かび上がったのは一人の人間のシルエット。

薄暗い空間から、徐々に明らかになっていく声の主の容貌。

6人は警戒態勢はそのままに、じっとその人物を見据える。

「はじめまして。フォクス・アロンズだ」

リアスたちの前に現れたのは、自分たちもほぼ違わぬ年齢の少年のような人物だった。