「フォクス・・・アロンズ・・・?」

リアスがその名前を口にすると、さもおもしろそうにその人物は笑った。

ニヤリと口角を上げて、一人ひとりの驚いた顔を眺めていく。

「予想どおり、いい反応だね」

そうして、一人・・・セルウィンに目を留めた。

「久しぶりだね。セルウィン・ダークス。」

「君に殺されて以来だ。・・・ここが研究の成果・・・次元の歪みなんだろ?」

セルウィンが低い声で言う。

「そう。ここが次元の歪み。君の研究は随分役立たせてもらったよ。ありがとう」

アロンズはにっこりと笑った。それに嫌悪感を隠しきれないのはセルウィン。

顔を思い切りしかめて、アロンズを睨んだ。

「ちょっとまてよ」

そんな二人の対話に口を挟んだのはラースドだった。

「アロンズは60年前にはもう生まれていたはずだろ?こんなガキなわけが・・・」

ラースドはアロンズを見る。見れば見るほど子供である。

黒い髪の毛は、無造作に伸びており、白衣のような真っ白い上着を羽織っている。

顔立ちも幼さが残り、身長だってリアスと同じくらい。

決して老人には見えなかった。

「次元の歪み。ここでの時間はあっちの世界に左右されない。君達の世界では60年経っていようとここでは1分にも満たないよ」

つまりは60年前から年をとっていないということだ。

「こんな趣味が悪いところで、あんた何するつもりなのよ!世界にあんな災害まで起こして、私たち迷惑してるんだから!」

ラースドの後ろで、クリスが人差し指を突き出した。

「・・・僕の目的はひとつ。この世界を滅ぼすことさ」

アロンズは、顔色を少しも変えることなく、眉ひとつ動かさないで答えた。

「世界を滅ぼして、オートマターだけの無垢で純粋な世界を創る。僕は、この世界に絶望してるんだよ」

アロンズが手を掲げると、彼のまわりを包む次元の歪みが大きくうねる。そうしてまるで生き物のように動くと、一瞬でオオカミの形を成してしまった。

そう、リアスたちが今まで戦ってきたオートマターだ。

リアスたちは反射的に、身構えた。

それとは対照的に、オオカミは静かにアロンズの横に座り込んだ。

「オートマターはここでは簡単に創ることができる。そうして僕の欲望を動力として、形成される。そして・・・」

アロンズが今度は手の平をぎゅっと握り締める。

すると、横に座っていたオオカミは陶器の如く弾け散って跡形もなく消えてしまったのだ。

皆が、言葉を失った。

「そんな・・・オートマターをそんな簡単に・・・」

いくら、作り物だとしても誕生した生命をそんな簡単に消してしまうなんて。

それだけではない。こんな子供が、たった一人でモノネナやその他の都市、町を破壊していたのだ。

アロンズの能力にも、考え方にもルルフは驚愕した。

だが、そんな言葉にもアロンズは鼻で笑うように物ともしなかった。その瞳には冷たい光さえ宿っているよう。

「次元の歪みを利用して、オートマターをつくり、世界に送り込む。そして次元の歪みを利用して災害を起こし世界を壊してゆく。

僕は世界の神同然の力を持っている。君達の動向や世界の様子は僕が送り込んだ『目』によって観察させてもらっていたよ」

「目・・・?」

リアスが震える声で、アロンズに尋ねる。

次元の歪みという空間、オートマターの創造に、引き起こされる災害、世界の破壊と創造・・・アロンズの異常さ、この非常識的な環境に頭がついていっていなかった。

自分はやはり農村で暮らしているのが性にあっていると感じる今日この頃。

それはルルフやラースド、クリスも同じ。唯一冷静でいられたのはセルウィンだけである。

アロンズは、にやりと不敵な笑みでリアスを見る。

 

「そう。僕の創った・・・人型オートマター001型『TIRAMISU』によってね」

 

一瞬にして、空気が凍りついた。

皆の視線が、ティラミスに集中する。そういえば先ほどから何もしゃべっていない。

彼女は怯えた瞳で、アロンズを見ていた。

「・・・私が・・・オートマター・・・?」

ティラミスの手が、ガタガタと震え始める。

「いや・・・いや・・・ッ!!」

「ティラミス!大丈夫だよ!あいつが口から出まかせを言ってるだけよ!!」

クリスがティラミスに駆け寄り、肩を掴んだ。だが、彼女の懸命な呼びかけももはや届いていない。

ぺたんと座り込んで、震える自分の肩を抱いた。

リアスも急いでティラミスのもとへ駆け寄り、ティラミスを支える。

だが、その時アロンズの冷たい目が不快そうに細められた。

彼が右手をすっと前に突き出すと、感応石が青く煌めきティラミスの傍にいたリアスとクリスが軽く吹っ飛ばされた。

アロンズが、ティラミスの元へ歩み寄る。

「リアス、君はTIRAMISUを守ってくれてとても感謝しているよ。けど、僕の大切なTIRAMISUに気安く触れないでほしいな。TIRAMISUを汚すこと、傷つけることは僕が許さない」

その声は明らかに汚らわしいものを見るような目つきであった。

アロンズは更に続ける。

TIRAMISUの感応石は次元の歪みを利用した結晶。それを通して僕は世界を直接的に見ることができた。感応石は僕の意志だ。

TIRAMISUの心に応じて、ここに還ることができる。ただ、誤算はTIRAMISUの過去の記憶装置が次元の歪みを超える際に破損してしまたこと。

だから下等な人間なんかに感化されてしまったんだ。だって君は熱さも寒さも感じない。涙も出ない。究極の生き物なんだよ」

アロンズはティラミスの前で止まり、柔らかく微笑んだ。

「お帰り、TIRAMISU。偵察をありがとう」

ティラミスは、アロンズを見上げる。びくんと彼女が震え上がった。

吹っ飛ばされたリアスは、上体を起こした。ティラミスと出会ったその時のことが、フラッシュバックする。

どこからやってきたのかわからない倉庫の中で寝ていた少女。記憶は全くなく、感応石をとても大切そうにしていた。

そうして、不思議な癒しの力、通常とはかけ離れた彼女の体重。オートマターを知り尽くしていた彼女。

誰彼構わず攻撃していたオートマターは、ティラミスだけを攻撃しなかった・・・。

それらは、ティラミスがオートマターであれば納得がいくこと・・・。

 

「これで心置きなく世界の崩壊を進めることが出来る・・・」

アロンズは座り込むTIRAMISUの腕を引き上げると彼女を立たせた。そうして

TIRAMISUを守ってくれた御礼だ。君達はあっちの世界でゆっくりと崩壊の様をみていくがいい」

アロンズは右手をリアスたちに向けると、次元の歪みが再び大きく流動し始めた。

それは先ほどとは大きく異なり、全体を揺るがすほどの激しい動き。

「させない!」

セルウィンが地をけり、カゲツメをアロンズの顔面目掛けて突き出す。

だが、次元の歪みがそれを邪魔してカゲツメがアロンズのもとへ届くことは叶わなかった。

リアスも、銃剣を振るって次元の歪みを払いのけようとするが水を切るようなものでまったく手ごたえがない。

そのまま5人を飲み込む。

しばらくすると、また何事もなかったかのように次元の歪みはしんとなった。

そこに残ったのはアロンズと、ティラミスだけである。