「リアス、起きろ!」
セルウィンの声が遠くで聞こえる。
ぼうっとしていたリアスの視界が明瞭になっていく。
ここは、アロンズの研究所だ。前と同じ総ステンレスの金属が眩しいあの異質の地下研究所。
もう皆は目を覚ましており、リアスを心配そうに見ていた。
まるで先ほどのことが夢であるかのよう。むしろ夢であってほしい。
そこまで考えてリアスははっと我に返り、ティラミスの姿を探した。
ラースド、ルルフ、クリス、セルウィン。皆床に座り込んでいるが、そこにはやはり彼女の姿だけない。
夢では、なかった。
「ティラミスが・・・オートマターだったなんて・・・」
ルルフがぽつりと声に出す。もう驚愕も悲しみも篭っていない、力なき声。
「セルウィン・・・お前、ティラミスが人間じゃないって知ってたな?」
ラースドが正面にいるセルウィンを睨みあげた。
「どうして黙ってたんだ!」
いつも以上に気迫のあるその声に、辺りは静まり返った。
「・・・ティラミスの感応石を見たときから、彼女がアロンズが創ったオートマターであることは分かっていた」
セルウィンが口を開いた。
「でも、どうしても真実を告げることができなかったんだ。ティラミスがお前達と同じように笑っているのを見て、あの瞬間を壊してやりたくなかったんだ・・・」
ラースドは言葉を飲み込んだ。誰もセルウィンを責めることができなかった。
セルウィンがとても辛そうであったからだ。彼の気持ちは痛いほど分かった。
「これから、どうなっちゃうんだろう・・・」
クリスが言う。
アロンズはこの世界を破壊すると言っていた。ただ指をくわえてみているしかないのか?
想像していたよりも、相手は人間離れしている。どう太刀打ちしたらいいのかも分からない。
リアスは首を振った。
「もう一度、次元の歪みに行こう。そうしてアロンズをとめて、ティラミスを助けよう」
確かな声だった。
「馬鹿か!?ティラミスはオートマターなんだぞ!?」
ラースドの怒声が上がる。
「でもだからってティラミスは仲間なんだ!放っておくことなんてできないよ!」
リアスの頭に、ティラミスの言葉が響き渡る。
『私はいつかこの世界を壊してしまうかもしれない。その時は私を殺してほしいの』
あの時言った彼女の言葉。ティラミスはこうなることを薄々感じていたのかもしれない。
何も解っていなかった自分自身を恨んだ。
リアスの目には熱いものがこみ上げてきた。
「どうしてオレには何もできないんだッ!」
己の拳をステンの床に力任せに叩きつけた。
「どうしてこんなに・・・無力なんだ・・・ッ!!」
ルルフもラースドもセルウィンも、なんと声をかければいいのか分からずに痛々しいその姿に目を背けた。
だけど、クリスは違った。
「私は・・・リアスに賛成。アロンズを止めて、ティラミスも助ける!」
彼女はキッと眉を上げて、ラースドとセルウィンを見上げる。
「オートマターだったら、今まで一緒にいた時間さえも失われちゃうものなの?ティラミスはもう友達じゃないの?そんなの違う!人間だから、友達だなんてそんなのおかしいよ!!」
すると、ルルフもわずかにこくんと頷いた。
「そうね・・・。ずっと一緒にここまで来たんだもの・・・。放っておけないわ」
ルルフの視線がじっとラースドを見据える。「そうでしょう?」と訴えかけるその目に、ラースドも肩を竦めた。
しょうがない、という言葉とは裏腹に顔は穏やかだった。
「でも肝心の次元の歪みへの行き方が分からないことには・・・」
「それなら検討がついてる」
意外なほどはっきりと言い切ったのはセルウィンだった。
わずかな希望にみんなが一斉に彼を振り返った。
「あれはもともとオレが研究していたものだしな。理論は前に説明したとおりだ。あの装置を起動させればあるいは・・・」
あの装置、と彼が目を向けたのはガラスケースの横に取り付けられているあの円柱状の機械。
セルウィンは、その装置に歩み寄ると慣れた手つきで操作を開始する。
「このガラスケースを真空状態にする。そうしてここに高圧電流を流して擬似ブラックホールを作り出す」
ぴっという機械音と共にガラスケースがバチバチと眩しい火花を散らしあげる。
そうして、空気に満たされていたガラス内は、真っ黒な漆黒に満たされていた。
わずかな希望は、確信を持ったものに変わりつつあった。
「そうして、オレのこの人口鉱石をもってすればきっと次元の歪みは出来上がる。だが・・・」
「何か問題があるのか?」
曇ったセルウィンの表情に、リアスに不安がよぎる。
「その次元の歪みがアロンズのもとにうまく繋がるかは分からない。もし失敗して、次元の歪みの中を彷徨うことも有り得る。・・・それにはリアス、お前が必要だ」
「オレが?」
「初めてティラミスと出会ったとき、お前のもとにティラミスが飛ばされたということは、お前はアロンズと近い波長を持っているのかもしれない。・・・お前が、あいつらの元へ導いてくれるならば」
アロンズとティラミスの元へ、たどり着くことが出来る。
セルウィンの真剣な目が、そう物語っていた。
リアスに、アロンズと同じ波長があるのかどうかなんて分からない。もしかしたら失敗するかもしれない。
そうすれば、自分達の身がどうなるかなんて予想はついている。
だけども・・・。
リアスは頷いた。
「オレ、やってみるよ」
あの漆黒に満たされたガラスの前に5人は並んでいた。
「覚悟はないやつは来なくてもいい。覚悟が出来たやつだけ、このガラスケースの中に入って来てくれ」
セルウィンがまず最初に、そのケースの扉を開いて足を踏み入れた。
セルウィンの持つ鉱石のせいか、セルウィンの体に反応して漆黒が青白く光を放ち始めた。
ノイズのような歪みができていた漆黒は、しんと安定してその姿をとどめた。
「あいつの好き勝手にはさせないんだから!」
クリスも、足を踏み入れた。
「ここまで旅してきたんだもの。ここで終わるなんてごめんよ」
「どっちにしろ危ない未来なら可能性があるほうを選ぶさ」
ルルフも、ラースドも。
そして最後にリアスがガラスケースの中に。
不思議な感覚。次元の歪みのときのあのフワフワとした感じに似ている。吸い込まれるわけでもなく、圧されているわけでもなく。
痛みもない、むしろ感覚すらないのかもしれない。
―――オレたちを、アロンズとティラミスのところに導いてくれ―――
リアスが瞼を閉じて、そう念じた。
彼らの体は漆黒のうねりに飲み込まれ、完璧に包まれた。