なんだか、頭がぼうっとする。

この感覚・・・。

懐かしい・・・。自分の体が光に包まれているような。

そう、これはあのティラミスが持っている感応石と同じ光。

ティラミスの癒しの力と同じ感じ。

これが・・・

「次元の歪み・・・?」

リアスが目を覚ました。

真っ暗で覆われた視界。先ほどと同じ、次元の歪みであるようだ。

他のメンバーも、続々と意識が戻ってきたのか体を起こす。

「ここ・・・無事にたどり着いたの?」

ルルフが、頭を押さえながらあたりを見渡す。アロンズはここにいるのだろうか。

「無事・・・ついたみたいだ」

セルウィンが、前を見据えていった。

彼の視線の先を、みんなが目を凝らすとぼんやりとした人影が浮かび上がった。

こちらに近づいてくる。

 

「歪みに妙な気配が混じってきたと思ったら・・・せっかくの寿命を縮めに来たのかい?」

そう、アロンズだ。相変わらず不敵な笑みを浮かべて。

皆が、身を低くして攻撃態勢をとる。それでもアロンズは動じもしない。

「セルウィン・ダークス。君はもう少し頭のいいやつかと思っていたけど、僕の検討違いかな」

「オレも君がもう少しまともなやつかと思っていたけど、とんだ検討違いだったようだな」

セルウィンと、アロンズが互いに睨みあう。

だが、先に視線を反らしたのはアロンズだった。ふと口元を歪めて、その瞳は自分の背後―――漆黒の奥へと向けられた。

「そうだな。そんな君たちに特別に、僕の最高傑作でお相手してあげよう」

そこからゆっくりとアロンズのいう「最高傑作」が現れる。

水のように澄んだ髪の毛、深紅の瞳。その右手に握っているのは、この次元の歪みの濃紺の結晶。それはアロンズと5人の前に立ちはだかった。

「そう。ヒト型オートマター001TIRAMISU。主要制御部分を修復した完全体。信頼していた仲間に殺されるなんて本望だろう?」

「そんな、ティラミス・・・!」

リアスが銃剣をおろして、ティラミスに駆け寄る。

「しっかりしろ!!」

彼女の両肩を掴んで、ゆするがティラミスはまるで反応がない。

リアスと視線を合わせても、その先を見つめているようでまったく焦点があっていなかった。

もう、彼女からは感情というものが読み取れなかった。そう、それは「ティラミス」の抜け殻。

「無駄だよ。さぁ、TIRAMISU。こいつらを君の力で一掃しちゃってよ」

アロンズがTIRAMISUにそう指図すると、TIRAMISUがこくりとうなずいた。

TIRAMISUがだらりと下げていた右手をあげ、リアスへと向けた。

 

「危ないっ!」

セルウィンが、リアスを突き飛ばした。二人とも、転げるように倒れこんだ。

TIRAMISUをみると、右手に煌めく感応石がペンデュラムのように自由自在に動き回っていた。

それは、彼女の右手の延長であるがごとく。

鋭利な先は、人間の体すら簡単に貫くことができるだろう。

そこにいた全員が言葉を失った。

もしかしたら、ティラミスがオートマターであることをまだ信じていなかったのかもしれない。

だが、いざ自分たちに攻撃を始めたティラミスを目の当たりにしてティラミスがTIRAMISUであることを信じざるを得なくなったのだ。

そう、目の前にいるのはアロンズの指示どおりに動くオートマターTIRAMISUである。

自分たちの声なんて、全く届かない。

「なんて汚いやつ・・・!」

クリスが唇を噛んだ。

「汚い?勝利というものはいつだってそういうものさ」

アロンズは余裕の表情で笑った。

その時、ラースドがアロンズのもとへと飛び出す。

槍を振り上げ、アロンズの頭をめがけて振り下ろした。

「はあぁっっ!!!」

ガキィィン

その槍はアロンズへ届く前に阻まれた。

TIRAMISUの感応石がラースドの槍先をぴたりと止めたのだ。

TIRAMISUがいる限り、僕に攻撃は届かない。残念だったね?」

アロンズは笑みを絶やさないまま。

リアスも、ラースドも、ルルフも、クリスも武器を構えてはいるもののその矛先をTIRAMISUに向けることを躊躇した。

無差別に攻撃してくるTIRAMISUの感応石をはじき返すこと、避けることくらいしかできない。

「くそっ!やりにくいにもほどがあるぜ・・・」

ラースドが舌打ちし、槍の柄で感応石を受け止めた。

彼女の行動を止めようと、腕を抑えつけようとしても予想を上回るほどの強い力で逆に押し返されてしまう。

こちらが防御に徹底する一方で、TIRAMISUは右手を今度はセルウィンに突き出した。

それは勢いを増して一直線に彼に飛びかかる。

セルウィンは自分の心臓をめがけて飛んでくる感応石をカゲツメで弾くと同時、TIRAMISUの懐に一気に飛び入る。

迷いもなくカゲツメをTIRAMISUの頭に―――。

キィンッ

火花が散った。

カゲツメは銃剣と交差した。そう、リアスがTIRAMISUを背にかばうように立ちはだかった。

「お前、わかってるのか!今お前の後ろにいるのはただのアロンズの自動人形だ!!」

銃剣とカゲツメは交差したまま。互いに引かなかった。

リアスは、口を開かずに黙り続けている。

「お前の知ってるティラミスはもう、いないんだ・・・ッ!殺されることは、ティラミスの望みでもあったんだぞ・・・!」

セルウィンが、リアスに訴えかける。それでも、リアスの銃剣にこもる力は緩まなかった。

『私を殺してほしいの』

確かにティラミスはそう言った。だが、それと同時にリアスの脳裏にティラミスの言葉がかすめた。

『私も・・・』

港できいた、彼女の心からの声。

 

『リアスと生きたい・・・』

 

リアスの唇が動いた。

「ティラミスは・・・生きることを諦めてなかった・・・。そんなティラミスを殺すことなんて誰にもできやしない!オレにも、セルウィンにも・・・アロンズにも・・・!」

しっかりとセルウィンを見据えるリアスの真剣な眼差し。セルウィンに加わっていた腕の力は、徐々に力が抜けていった。

それとともにリアスも銃剣を下に下ろす。

「愚かな信頼、愚かな愛情。TIRAMISU・・・殺すんだ」

アロンズから放たれた、冷酷な命令。それに応えたTIRAMISUは「はい」と抑揚のない声で返事をした。

今までにずっと聞いてきたのに、まるで知らない人のように冷たい聞いたことのないその声。

TIRAMISUはペンデュラムを、無防備なリアスの背に向けた。

クリスが、ラースドが、ルルフが、セルウィンが絶句した。

それは弾丸のようにリアスの脳天へ―――。

(やばい・・・!!)

リアスがぎゅっと固く瞼を閉じた。

 

だが、いつになってもリアスに痛みは襲ってこなかった。

しんと静まり返った空気はそのまま。

リアスは背後を振りかえった。

そこには、自分の目前で止まる青色の光。ペンデュラム。

空中で浮かんだまま、動かない。同じく、TIRAMISUも俯いて静止したまま。

 

「・・・り、あす・・・」

 

TIRAMISUが顔をあげた。それに、リアスは声を失った。

涙こそ出ていない。ただ、震える声。そして今にも泣き出しそうなほど苦痛に顔をクシャクシャにした彼女。

ペンデュラムを必死で抑えようとするその震える右手。

それは、彼女が「ティラミス」である証拠・・・。

「・・・馬鹿な。僕の制御機能を超えて思考回路が作動しているというのか・・・?抑制された記憶装置も起動している・・・」

これはアロンズにも予想もつかない事態であったのか、命令を無視して手をとめたティラミスの様子に驚愕していた。

ペンデュラムは、今もなおリアスの体を突き刺そうとする力とそれに抵抗する力でわずかに震えている。

リアスは無言で、左手をペンデュラムに伸ばした。そのまま、鋭い先を素手で握りしめる。

彼の手から真っ赤な血が伝い、地面にぽつりぽつりと滴が落とした。

「ティラミス。もう、いい」

リアスは、感応石を握ったままティラミスへ歩み寄った。いつものリアスからは想像できないほど、低い声。

ティラミスは滴り落ちる彼の血にびくりと体を震わせ、怯えた目で彼を見上げた。

「ご、ごめんなさ、い・・・わた、し・・・」

「もう何も心配しなくていいから・・・。そこで待ってて」

リアスはティラミスの小刻みに震える指からペンデュラムの紐をほどいてやった。彼女から感応石を取り上げると、その忌まわしい結晶をアロンズの足元に投げつけた。

音を立てることもなく、結晶は静かに転がる。

ティラミスは力なくその場に座りこむと、アロンズの方へ向かっていくリアスの後ろ姿を見つめていた。

リアスが怒りに震えていることを、すぐに感じた。

「お前は・・・ティラミスを傷つけることは許さないって言ったよな?」

リアスが銃剣をアロンズに突きつけた。すごみを帯びたその鋭い瞳。

「オレも、許さない。それが例え、ティラミスを創ったお前であっても!!」

アロンズから、あの不敵な笑みが消えた。

「・・・君たちのような下等な連中に、そんなことを言われるとは。TIRAMISUもくだらない感情に感化されたものだ。・・・いいだろう、僕が相手になるよ」

そのとたん、今まで攻撃を躊躇していたラースド、ルルフ、クリスの手にも己の武器が握られた。