戦いの火蓋を切って落としたのはリアス。

銃剣をアロンズに向けて振り上げた。

「い―――・・・っ!?」

だが、なぜか悲鳴をあげたのはリアス。彼の肩は真っ赤な血で染まっていた。

アロンズと間をおき、肩口をおさえる。

「リアス!大丈夫!?」

クリスが駆け寄り、彼を支えると刀で切ったような斬撃のあとが痛々しく残っている。

間違いなくアロンズをねらったはず。それなのに、なぜリアスに刀傷が。

「・・・これは鏡面術ね」

ルルフが、アロンズから目を離すことなく言った。

「ご名答。さすが希代の天才魔術師さん」

と、アロンズ。

「おい、鏡面術ってなんだ!?」

ラースドが不安と苛立ちを隠すことなく投げかけると

「相手の攻撃をそのまま跳ね返す技よ。主には相手の技の波長をそのまま返す対魔術用のリフレクトバリアなんだけど・・・」

物理攻撃を跳ね返すなんて、とさすがのルルフも驚いたようだ。

「僕の鏡面術は魔術を基礎としたものじゃない。この空間そのものを利用している」

己を傷つけるだけだよ?とアロンズは嫌味っぽく笑った。

「そんなんで、はいそうですかって諦められるかよ!!」

ラースドが槍を握りしめ、アロンズのもとへ駆ける。彼の体に刃が突きたてられる。

が、しかし。

「くあっ!!」

ラースドの腹部に激痛が走った。やはり自分の槍の力が、そのまま自らに返ってきたのだ。脇腹に血が滲む。

そして無論アロンズは無傷のままである。

「ダイヤモンドダストッ!!」

その時ルルフの声が高らかに響くと同時に、あたりを急速に絶対零度の冷気が襲う。それはアロンズを取り巻き、キラキラと煌めく氷の刃がアロンズを一斉に突きさす。

魔術を基礎としたリフレクトバリアでないのならば、魔術ならば彼に有効なのではないか。そう考えたルルフは、今の魔術には希望を託していた。

だが・・・

「いったはずだよ。僕はここの空間を利用しているんだ。この空間での攻撃はすべて無効化される」

アロンズを取り囲んだ氷結の刃は、まるでブラックホールに吸い込まれるようにすぅっとあたりの冷気ごと消えうせてしまったのだ。

「そんな・・・吸収された・・・!?」

ルルフが愕然とした。

「まだだっ!」

セルウィンが、アロンズの背後から飛びかかった。カゲツメをアロンズへと勢いよく突き出す。

「死にに来たのか、セルウィン・ダークス」

にやりとアロンズが笑うと、なぜかセルウィンはカゲツメがアロンズの元へ届く前にひらりと身をかわしてしゃがみこんだ。

はためくセルウィンのマントの先から、現れたのは弾丸。

「!?」

それはアロンズの腕に命中した。

セルウィンの体に身を隠して、リアスが放った銃剣だった。

「小賢しいマネを・・・」

アロンズは目を細めた。

「予測不可能な攻撃においては、お前に傷を負わせることができる。・・・それだけ分れば十分だ」

セルウィンがニッと笑う。

「僕が同じ手を2度食らうとでも?僕の力は鏡面術だけではないことを理解しといてもらいたいね」

アロンズが右手を高らかに宙へ振り上げると、その刹那彼を中心とした衝撃波が駆け巡る。

リアス達は抵抗する術も持たぬまま、数メートル先に飛ばされその体を叩きつけられた。

それは衝撃「波」というにはあまりにも切れ味の良いもので、彼らの全身は切り傷だらけであった。

「今楽にしてあげるよ・・・」

アロンズが倒れたリアスに迫る。

「リアスから離れろーッ!!この奇人がッ!!!」

クリスの声と同時にアロンズに6本の矢が連射された。それは、すべて違えることなくアロンズに集中する。

だが、アロンズに届く前に彼女の矢は鏡面術により行き先を180度変更した。

それは失速することなく、弓を構えたクリスへと帰ってゆく。

バキンッ

それはクリスへとたどり着く前に、カゲツメによって絡めとられた。セルウィンの前で、5本の矢はぽとりと落ちる。

残りの一本は鏡面術をすり抜けたのか、アロンズの左足を掠めていた。

「よそ見してると危ないぜ?」

ラースドが、背後からアロンズに襲いかかる。突然の槍の奇襲に振りかえり、急いでリフレクトバリアを張るもののラースドの狙いは他にあった。

「今だ、ルルフ!!」

「みんな、目を閉じてて!!」

ルルフの叫び声と同時、アロンズの傍で巨大な爆音が次元の歪みを揺らした。彼女の魔法が、発光すると同時に爆発したのだ。

それは、先ほどと同じく爆破の衝撃と灼熱がアロンズに届く前には次元の歪みの中に吸収されてしまったのだが、数秒間でも彼の視覚、聴覚を奪うには十分。

これで、鏡面術に対抗する手立てができた。

「愚かな!全員衝撃波で一掃してやる!!」

アロンズが再び右手を上へ伸ばした。

だが、その右手首を一本の矢が貫通した。走る激痛により彼の衝撃波は阻止されてしまう。

リアスが銃剣を振り上げる。それはそのままアロンズへ――・・・。

ガキィン

かろうじて、アロンズの左手が銃剣の刃を止めた。否、正確には彼の左手が作りだした次元のバリアによって。

バリアと銃剣の境い目で激しく火花が飛び散る。

「君に僕は斬れない・・・斬らせない・・・!!」

「なら、この次元の歪みごと、お前を叩斬ってやる・・・ッ!!」

リアスの両手に力が込められた。

次元のバリアが少しずつ薄くなっていく。リアスの剣圧に、押されていく。

リアスが全身の力を篭めて一歩を踏み出した。

「はあああぁぁあッッッ!!!!!!」

アロンズの作りだしたバリアはガラスのように飛び散った。

銃剣の刃はそのままアロンズへ振り下ろされる。

 

 

 

 

肩から太腿に渡って真一文字の傷が、ボロボロになったアロンズの白衣を真赤に染めた。

アロンズはもはや立ち上がるほどの力さえなくなり、地面に両膝、両手をついてぜぇぜぇと肩で息をしていた。

リアスは銃剣の切っ先をアロンズの頭に向けたまま。その緊迫した空気にラースドやルルフ、セルウィン、クリス、そしてティラミスも二人を固唾を飲んで見つめていた。

「・・・なんで、なんでこんなことをしたんだ・・・。あんたほどの地位、知識を持った奴なら普通に生きていても十分だったはずなのに・・・!」

リアスが悲痛の声でアロンズに問いかける。アロンズは垂れていた頭をリアスに向けた。その瞳はとても弱弱しくなっているけど、己の信念に満ち溢れたものだった。

「十分・・・?いっただろう?僕は絶望したんだ・・・。人間に・・・」

アロンズはかすれた声でしゃべり続ける。

60年前、あの世界に大規模な地震が起きたのを知ってるだろう。あれは・・・とある村の直下だった。

大地を揺るがすほどの大きな地割れに、家の崩壊・・・人々は嘆き苦しみながら逃げ惑った。

そんな中、権力のあるものだけが生き延び、心優しいものだけが死ぬという世界が出来上がってしまった。今の世の中だってそうだ。

感応石を通して世界を見ても醜いもので溢れかえっている」

今まで、決して声調の変化がなかったアロンズの声が初めて揺らいだ。悲しみに、顔を歪めた。

「僕はそれで大切な人を失った。世界で誰よりも心の綺麗な娘だったのに・・・。どうして醜い人間だけが生き残っているのか理解することができないっ」

それならば、オートマターだけの美しい世界を創造することが最善の判断だ。彼の行き着いた考えは、ここに至ったのだ。

皆が言葉を失った。アロンズの考えることが、わからないわけでもない。世界には、今も醜いもので満ちている。たくさんの人が傷ついて、痛みを抱いて・・・だけど

「そんなの間違ってる!お前だって、そしてその大切な人だって人間じゃないか!世界にはまだお前の大切な人みたいに心の綺麗な人だってたくさんいる!

お前はその人達の命も奪うんだ!!そうしてお前みたいにまたたくさんの人が傷つくんだ!!」

リアスが叫んだ。

「それでもいい!!どう思われようと構わない!!これが・・・僕の弔いなんだ・・・」

アロンズが、キッと鋭い目つきでリアスを睨む。

「・・・お前に僕は止められない。止められない理由がある」

彼の目線はリアスから、その奥に座り込んでいる少女に向けられた。

そう―――ティラミス。

「言っただろう。僕の創ったオートマターは僕の欲望を動力としてその作動をしている。すなわち、僕が死ねばティラミスは・・・」

「・・・!?」

リアスたちに衝撃が走った。

アロンズの死・・・それは彼の欲望を動力として供給されるオートマタ―、ティラミスの死をも意味していた。

ティラミスはもう悟っていたことなのか、辛そうに皆から視線を反らすだけであった。

アロンズに突きつけていた銃剣がわずかに震える。

「そんな・・・オレ・・・オレは・・・」

一体どうすれば・・・?彼の脳内が真っ白になった。ここでアロンズを殺さなければ世界は破滅してしまうというのに。

背後から彼らの様子をみていたラースドは、リアスに声をかけようと口を開きかけるがそれを隣にいたセルウィンが静かに制した。

リアスの元へ向かう、一人の影があったからだ。

 

「リアス・・・」

少女が、リアスの背中越しに声をかけた。落ち着いた声だった。

「私も、わかってる。アロンズがしたことは、間違いだったってこと。本当はアロンズだって気づいているはず。でも自分自身を止めれないくらい引き返せないところにいる」

ティラミスとアロンズの視線が交錯した。アロンズは反発することもなく、ティラミスの声に耳を傾けていた。

「リアスだって・・・わかってるんでしょ?」

彼女の問いかけに、リアスは答えない。

「アロンズには、とても感謝してる。私を、創ってくれて。私、本当に幸せだったんだよ」

ティラミスがリアスの背中にそっと触れ、彼の背に額をくっつけた。



初めてあったときよりも、随分大きく感じられるその背中。そこからは彼が生きている証、さまざまな音を感じることができた。彼女にはない、命の音。

リアスの背を通して、震動が伝わってきた。そして、地に落ちて漆黒に吸い込まれる涙の粒・・・。

「どうして・・・」

リアスの、消え入りそうな声。リアスが今、どんな顔をしているのか見なくてもわかる。

「どうして、ティラミスがオートマターなんだ・・・!どうして・・・!!オレには、ティラミスを殺すことなんてできないよ・・・!」

痛いほどの彼の嘆き。リアスが、ここにいる誰よりもつらい思いをしていることはわかっている。

それでも、ティラミスはリアスに酷なお願いをしなければならなかった。

「私は、あなたに殺してほしい。アロンズと私の罪はあなたの手で打ち砕いてほしいの。・・・お願い、リアス・・・」

アロンズを、私を、殺して。背中に伝わる小さな声。

ティラミスの、望み・・・。

リアスは、前を見据えた。緩んでいた銃剣の手を、またしっかりと握り直す。

その銃口はアロンズの頭にまっすぐに向けられた。アロンズは、傷が痛むのかしっかりと銃口を捕らえたまま抵抗することはなかった。

(それでいい・・・)

ティラミスは、微笑む。

(さよなら、リアス・・・)

リアスが、引き金をひく。

銃声が、この虚無の歪みの中で唯一響き渡った。