「あれ?」
それからリアスの声が上がったのは30分もたたない頃であった。
あの辛うじて存在していた道がまったくなくなってしまった。
木に囲まれて進む場所さえない。
「いいどまりか・・・」
「じゃあ元のところまで戻ろう」
リアスとティラミスは踵を返して歩いてきた道を戻って行く。
しかしまた
「あれ?」
先ほどと同じリアスの声。
虚しく鳥のなく声だけが林の中で木霊する。
「これはもしかして・・・」
リアスが困り果てたように頭をかいて笑った。
「迷った・・・とか?」
「確かに、同じような場所をさっき見たかも」
ティラミスものんきに返す。
またもときた道に帰ろうか、でもちょっと疲れたから休もう、なんて二人が危機感のないことを言っていると
「だから言ったろ。お前らじゃあ、一生ここから出ることなんてできねぇぞ」
どこかで聞き覚えのある声が。
スタスタと暗い道から歩いてきたのは先ほど林の入り口付近で出会った男性。
「どうだ。700ゴールドでここから出れるなら安いもんじゃないか?」
彼がまた取引を持ちかけてきた。
確かにこのまま進んでも一向にここから出れる気配はない。第一早くここから出ないと今日の夜は野宿ということもありえる。
「じゃあ・・・頼む」
リアスが懐から700ゴールドを取り出し、彼に手渡すとその中身を確認して
「よし。ここから出してやるよ」
ついてきな、と指で合図した。
ずんずんとまるでこの林の主のように進んで行く彼に、二人はただただついて歩く。
彼の後ろ姿を見ながら
「えーと・・・」
とティラミスが戸惑いがちに呼ぶと
「オレはラースドだ。ラースド・フォルツォーネ」
彼はそれを悟ったのか、素早く言い放つ。
「ラースドね!私はティラミス」
「オレはリアス・アルストラ」
リアス・アルストラ、と名乗るとラースドがちらりとこちらを見た。
「へぇ。なるほどね。だから銃剣を背負ってるってことか」
「?」
納得したラースドがいる一方で、リアスは「?」を浮かべた。
「傭兵アルストラの銃剣っていえば有名だからな」
ラースドが言っているのはどうやらリアスの父のことらしい。
「オレ自身は会ったことなかったけど・・・その息子がお前とはなー」
ラースドが向けるのは疑惑の視線。
そのリアスといえば、彼自身ロスリート村からあまり出たことがなかったため父がそんな有名だとは思ってもみなかったようだ。
それから会話はなかったが数分後。
「お、ついたぞ」
ラースドが連れて行ったのは木の開けた場所。確かに林から抜け出たところではあるが・・・
「ここって・・・さっきの・・・」
辺りを見回してどうも見覚えがある。ティラミスは、ラースドを見た。
「そう。林から『出たところ』だろ」
ラースドはニヤ、と二人を嘲うかのように笑う。
ここは、リストー側の出口ではなくてリング側の出口であった。
即ち、はじめに二人がラースドと出会った場所だ。
「ちょ、ここってさっきの場所じゃないか!オレたちが行きたいのはリストーで・・・」
リアスがラースドに掴みかかるほどの勢いで、詰め寄り抗議した。
「いや。俺は確かに外に出してやった。もしリストー側に行きたいなら、もう700ゴールド払ってもらうぜ」
勝ち誇ったかのような、余裕のラースド。
これは明らかに詐欺だ。
だが、彼の言っていることは正しい。リアスは言い返すこともできず、悔しそうに奥歯をかみ締めた。
そしてそんな感情を隠そうともせず、ラースドに背を向けた。
「ティラミス。行こう。ラースドに頼ってももう無駄だ」
きっとまた騙される、とリアスは怒りを含んだ口調で言い放った。
「え、でも」
ティラミスはリアスについて歩いたが、気まずそうにラースドを振り返った。
「待てよ。今度こそはちゃんと連れて行くぜ。嘘はつかねぇ主義だ」
ラースドは言う。
リアスの足は止まることはない。
「もしもまた不満な結果になったなら、1400ゴールドはきっちり返してやるぜ」
そんな彼の言葉に、ようやくリアスの足はとまった。そして彼を振り返る。
この林の、道がわけわからないくらい入り組んでいるのは彼ら自身身をもって体験した。
一刻も早くここを出たいのは確かだ。
リアスは再び700ゴールドを取り出し、不服そうに投げてよこした。
料金を受け取ったラースドは、再び黙って歩き始めた。
半信半疑ながらも彼について歩くリアス。その後ろをついて歩くティラミス。
細い道を数分間歩き続けると、行き止まりにたどりついた。
「ここ・・・?」
ティラミスは不安げにラースドを見上げると、彼はクイッと顎で前方を示した。
「あそこに道があるのが見えんだろ」
その先には確かに、うっすらと草が薄い部分が見えるような気がする。
「大抵の冒険者が見落としていくところだ。さっさと行きな」
「なぁ」
リアスがラースドの傍に近寄る。
「あんたも見たところ冒険者だろ?なんでこんな詐欺みたいなことしてるんだよ?」
こんなところを一人でウロウロするくらいだから、護衛の仕事でもなんでもあるんじゃないか。とリアスが言おうとした時ラースドの方が素早く言葉を発した。
「この御時世、護衛だけじゃ生きていけねぇよ。お前らだって時期に分かるさ」
第一、金は裏切らないだろと、彼は悪びれもせずに言う。
そうして二人をまたさっさと行くように催促すると、リアスもティラミスもこれ以上何もいうことはできなかった。
細い道を通りぬけようと足を進めたときだった。
「危ない!」
リアスは身を翻し、ラースドを思いっきり突き飛ばす。
ズサッと豪快な音をたてて地面に倒れるラースド。一方のリアスはというと、銃剣を握り締めて正面―――先ほどラースドがいた場所を睨みつけていた。
そこにいたのは、体長2メートルはあるであろう獣である。ただのジャガーならかわいいものだ。
目は血走り、明らかにこちら側を敵をみなしている。
「こんなところにジャガー・・・か?」
ラースドは起き上がりつつ、目を丸くしてそいつを凝視した。
ジャガーにしては全身が真っ黒な毛皮で覆われており、模様もなにもない。
そしてひどく伸びた前足の爪。
それに答えたのはティラミス。
「ヤグラー020型。完成品のオートマターです」
「オートマター・・・だって?」
これもまたオートマターである。
完成品とだけあり、リシアンとは動きも全く異なる。ノイズのような音はしないし、動きも本物の動物と見分けがつかないほど滑らかだ。
リアスはリシアンと同じように、銃剣の刃を使ってヤグラーをなぎ払おうとするが・・・
ガキン
ヤグラーの爪は、いとも簡単にリアスの銃剣を跳ね返した。
「堅・・・!」
その攻撃にまるで腹をたてたかのように、ヤグラーは身を屈めてこちら側に突進してきた。
滑るようなその突進に、リアスは紙一重で避ける。
ラースドがやりの柄で、そいつを思い切り弾き飛ばすとヤグラーはスタッと身軽に着地した。
「なんなんだ、こいつは!」
ラースドが苛立ちを舌打ちをして苛立ちを露わにする。
「オレもまだよくわかってないけど・・・!!」
リアスが話しの途中で突然、片膝をついた。
「い・・・っ!!頭が・・・ッ!!!」
左手で頭を抱えて、苦しそうに顔をゆがめた。彼を襲ったのはひどい頭痛。
まるで頭を鈍器で殴られたかのような痛み。立ち上がることはおろか、顔を上げることさえままならない。
こんなひどい頭痛は初めてだ。それに耐え切れず地面にうずくまった。
「リアス!」
「おい、どうした?」
ティラミスとラースドがその異常を感じて、ヤグラーから目を離した瞬間。
ヤグラーはその隙をつけこんで、リアスに猛攻撃してきた。
リアスはそれを当然避けることもできずに、まともにそれを喰らってしまった。
「あぁああ・・・・!!」
リアスの悲鳴と肩から流れる大量の血。
ラースドがヤグラーの後ろ足を一突きすると、敵はうめき声をあげて標的をラースドへと移した。
その間にティラミスがリアスの傍に駆けつけた。
「リアス、大丈夫!?」
彼女の手が肩に触れると、なぜか感応石が青く輝き始めた。それと同時にリアスの肩の痛みが徐々に消えてゆく。
ほんの数秒のことだった。
「傷が・・・」
リアスが肩に触れると既に傷は塞がり、跡形もなかった。頭痛ももう治まっている。
驚いてティラミスの顔を見ると、彼女は不安そうな顔を笑顔でゆがめた。
「よかった」
リアスがぼけっとしていると、懸命にヤグラーを引き付けていたラースドから怒鳴られた。
どうやらあの奇妙な現場を見ていなかったらしい。
だが、とりあえずこの目の前のヤグラーを倒さないことにはしょうがない。リアスは銃剣を構えた。
ラースドの槍の柄に噛み付いて激戦を繰り広げているヤグラーの頭に向って銃剣の引き金をひいた。
「・・・おわ・・・った・・・」
ノイズ音を発しながら横に倒れたヤグラーを見て、リアスは銃剣を力なく下ろした。