ここはトリスの町というリストーまでの途中にある場所。
そしてリアスたちがいるのは宿屋のレストラン。
リアスがテーブルを挟んで正面にいる人物を見た。
晩御飯を黙々と食べている黒髪の青年。ラースドである。
なんでこんなことになったのだろうか。あの後をぼーっと思い返してみた。
「このオートマターってのは一体?」
ラースドがうんともすんともしないヤグラーに近づいた。
「私の故郷に存在していたんです」
ティラミスが答えた。それに付け加えるのはリアス。
「ティラミスは記憶がなくなってて。それでオートマターを手がかりに故郷を探そうと思ってるんだ」
話をきいて頷くラースドだが、彼の動きが一瞬とまる。
そして彼はリアスとティラミスに向って、両手をパンっと勢いよくあわせた。
「頼む!オレも連れて行ってくれ!」
あのラースドが自ら頭を下げてきたではないか。リアスもティラミスも呆然としていた。
「こんな高性能なもの・・・こいつはいい金儲けになるぞ」
ラースドは不敵に笑った。これが本心らしい。二人とも苦笑した。
「オレ達の旅はオートマターを売る旅じゃないんだけど」
「でもティラミスの故郷にあるってんなら全然オッケーだ」
ラースドは開き直って言った。
「ラースドがいいなら私はいいとおもうけど」
ティラミスがその様子にくすくす笑うと、リアスも肩を竦めて笑った。
「よし。じゃあさっそくリストーに行こうぜ。こんなところで足止めくってるお前らじゃあどうせ十年経ってもたどりつけねぇよ」
オレは歩く地図って言われてるんだぜ、とラースドは軽快な足取りで先頭を歩いていった。
それから今の状態に至る。
既に辺りが暗いためこの町で休むことになったのだが・・・。
「リアス?」
横でスープを飲んでいたティラミスが、リアスの前で手をひらひらさせた。
リアスが我に返る。
「あ、何?」
「いや、まだ体調悪いのかなと思って」
「もう大丈夫だよ」
リアスが笑顔をつくると、あのときのことを思い出した。
ヤグラーとの戦いの最中に肩を怪我したのだが、ティラミスがあっという間に治してしまったことだ。
服に血がついているため、怪我をしていなかったという落ちはないだろう。
「ティラミスは治癒能力を持ってるの?」
リアスが尋ねると
「え?」
逆に不思議そうな顔をされてしまった。
「治癒能力?」
「オレの傷を治してくれたけど・・・」
「あれ・・・私の力だったんだ・・・」
リアスよりもティラミスのほうが驚いていた。
「よくわからないの。気がついたら、リアスの傷が治ってて・・・」
「昔、魔術でも習ってたんじゃないのか?」
いつの間にか食べ終わって暇そうにしていたラースドが言う。
「この辺りではあまり普及していないが、隣の大陸では魔術というものが栄えている。治癒術があったとしても不思議じゃない」
頭は覚えてなくても体が覚えてるということもあるしな、というのが彼の言い分だった。
「さっさと飯食べて、体休めといた方がいいぜ。明日もどうせ歩くことになる」
リストーにたどりついたのは2日後のことだった。
予想以上に遠い道のりに、クタクタだ。だが、ここまで来たのだ。早くティラミスを家に届けてあげなければ。
町は思っていたよりも静かなところで、ここでオートマターが開発されたとは考えにくいようなトコだ。
今日でこの状態なのだから50年前ならその技術なんて知れたものであるが・・・。
「ティラミス、あんまり嬉しそうじゃないね」
自分の故郷についたというのに、あまりぱっとしない表情のティラミス。
その背中を見ながらラースドとリアスは話していた。
「まだ思い出せねぇんだろ。町長のところへ行くぞ。そしたらどこの家の嬢ちゃんかわかるだろ」
親の顔を見たら少しは思い出すだろ、とラースドはスタスタと町長の家らしきところへ向う。
まるで自分の町かのようだ。さすが歩く地図。
彼が立ちどまったのは一件の平屋。コンコンとノックすると中から現れたのは70歳は過ぎているであろう老人。
白いひげをさすりながら突然の訪問者に目を丸くした。
「旅の方かな・・・?」
「ちょっとこの子の家を探してて。この町の出身ですよね?」
リアスがティラミスを示しながら町長に尋ねると、訝しげに老人はティラミスを見つめた。
ティラミスの顔がこわばる。
数秒間の間のあと、町長はなにやら訳ありということを理解してくれたらしい。
家の中に3人を招いた。
ソファに腰掛け、町長の夫人がお茶を用意してくれた。
お茶を一口啜り、町長が静かにいった。
「わたしはずっとここに住んでおったが、このような娘はいなかった・・・」
リアスとラースドに衝撃が走る。
「ティラミスはここの出身じゃないんですか?!」
「じゃあ、この町にオートマターはないのか!?」
「オートマターは50年前にアロンズが創り出して以来、だぁれも成功してはおらんよ」
あれ以来町の学問は衰退していると町長は断言した。
その言葉にラースドは絶望した。
ティラミスが、拳にぎゅっと力をこめた。
「リアス、迷惑かけてごめんなさい・・・」
「別にティラミスが悪いわけじゃないさ」
リアスが精一杯の慰めの言葉をかけるが、彼自身もどうしていいかわからなかった。
「ほう」
ティラミスを見た町長が目にとめたのは、首にある感応石。
「お嬢さん、めずらしい石をお持ちだね。このあたりでは見たことがない」
感応石は青く、妖しい光を放っていた。
「行く当てがなくなってしまったのなら、どうだね。イブトリームという鉱石研究所を構えている町にいってみたら」
オートマターを当てにして探すよりも、そのめずらしい石を調べた方が良いのではないだろうか。
「くそっ!!結局オートマターも何もねぇじゃねぇか!!」
町長の家を出たラースドは、近くの民家においてあったバケツを蹴り飛ばして八つ当たりした。
それを律儀に直すリアス。
次の目的地はイブストリームということに決定したのだが。
「それがどこにあるのか分かってんのか。海を隔てた向こうだぞ」
ラースドが不服そうに言った。
「ということは大陸を越えるのか!」
リアスは声を張り上げた。まさかそこまで遠いとは。海を見たことさえないリアスにとっては、想像もつかない。
期待半分、不安半分である。
「・・・この近くにあるアリーナの港から出航する船に乗ればいける。善は急げだ」
ラースドは二人を促した。
「ラースドもついてきてくれるの?」
ティラミスが尋ねると
「当たり前だろ。こうなったら意地でもオートマターをゲットしてやる!」
彼の闘志には火がついていた。
ラースドらしいや、とティラミスとリアスが顔を見合わせる。
その時、彼女の目に一本の木が目にとまった。
なぜかバキバキに折れて、既に腐っている。
リアスもそれを見上げると、突如ヤグラーのときに似た頭痛が一瞬だけ彼を襲った。
「その木はね、数十年か前に大地震が起こって。それで折れてしまったのよ」
彼らの近くを通ったお婆さんが説明してくれた。
「町も破壊されちゃったんだけど。すっかり元通りになってよかったわ」
お婆さんはゆったりまた歩き去ってしまったが。
あの頭痛もそれからはないし、きっと気のせいだったのだろう。
一行はアリーナの港へ向った。