「うわっ、あれ見て!あんなに水が透き通ってる!!」

「すごい綺麗!!」

「水平線も見えるよ!」

「うわー、世界って広いねー!!」

きゃっきゃっとはしゃぐのは、お子様二人。リアスとティラミスである。

アリーナ港を出港した客船は既に風にのり、着々と進んでいた。

海が初めてだというリアスとティラミスは甲板の上で飽きずに海を見続けている。

よほど気にいったらしい。

一方のラースドはというと「付き合ってられねぇ」と吐き棄ててさっさと船内に入ってしまった。

オートマターをお目にかかれなかったことに未だに根に持っているようだ。

「ロスリートの近くって川は流れてるんだけど、海とかは全然なくてさ。むしろ山だし」

隣でリアスが笑う。

「潮風が気持ちいいね」

ティラミスはうん、と頷いて笑い返す。

リアスの視線は再び海へ向いたのだが、ティラミスはというと横にいるリアスを横目でみた。

(こんなところまでついてきてもらってよかったのかな・・・)

リアスは微塵も嫌そうな顔をしなかったが――むしろ楽しそう。

近くの漁船に手を振ったり、のんきにしている。

ティラミスは静かに俯く。

(私って一体何者なんだろう・・・)

ティラミスがため息をついたその時だった。



ガタンッ



甲板が揺れた。否、船体自体が大きく揺れた。

危うくバランスを崩しそうになったリアスとティラミスは手すりに捕まり、唖然とした。

「一体なにが・・・」

リアスが口を開いたとき、船内から船乗りが血相をかいて飛び出してきた。

「大変だーーッ!!船底に、なにかが・・・ッ!!君達もはやく船内へ!!」

その騒ぎにラースドもこちらへ駆け寄ってくる。

「おい、一体何事だ!?」

その瞬間、何かが海から甲板へ這い登ってきた。

水かきのついたもってりした足が、べちゃと音をたてて床を濡らす。

濁った青色の体。ぎょろぎょろとした黄色い目。

「これは・・・ラクスア021型オートマター・・・。ちなみに魚型」

ティラミスが呟く。

「こいつもオートマター!?どうみてもただの半魚人じゃねぇか」

ラースドが蔑むとわずかにラクスアの目が鋭くなった気が、しないでもない。

「潮風海水にも耐性なんだな。ますます欲しくなった!」

よっぽど技術が進化してるんだなァとラースドは槍を構えた。製作者のセンスは頂けないが。

ラクスアは一体だけでなくゾロゾロと甲板に這い上がってきた。

そして最後に現れたのは一際大きな半魚人であった。きっと親玉的存在だろう。

そこですかさずティラミスの解説が入る。

「ラクスナ0200型。ちなみにサメ型です」

「はぁ?どうみてもあの半魚人がでかくなっただけだろ」

「サメです」

そんな不毛な言い合いの最中、リアスは先ほどの船乗りを避難させ、自分も銃剣を握った。

 ラースドとリアスは雑魚を切り裂き、次々と海へ放り投げて行く。

いくら数がいても、動きが鈍くては意味がない。ラクスナの姿は10分もかからないうちに激減した。

しかし、迂闊だった。その間に一体のラクスアがティラミスに近づく。

「ティラミス!!」

「危ない!」

ラースドとリアスが叫ぶがもう間に合わない。

ラクスアはティラミスに飛び掛った―――と思ったが、なぜかティラミスの顔を見ると突然動きが止まったではないか。

敵は身じろぎ、一歩後退した。その刹那、ラクスナの体はリアスの刃によって貫かれた。

「ティラミス、大丈夫?」

「う、うん。ありがとう」

ティラミスはぽかんとしていた。なぜラクスアは自分を攻撃しなかったのだろうか。

既に雑魚たちは一掃され残すは半魚人(大)のみとなっていた。

ラクスナはやられた同胞の仇というところなのか、三人をにらみつけた。

奴が頬を膨らませたかと思うとラースドに向って口から何かを噴き出した。

ラースドが腕でそれを防ぐと、彼の腕に焼けるような熱さと痛みが走った。

「くっ!!なんだ、こいつは・・・っ」

腕には紫色の発疹が現れ、どんどん皮膚を侵していく。

「ラクスナは毒液を噴出するの。ラースド、動かないで。あまり動くと壊死するから」

ティラミスは彼に駆け寄ると腕に触れた。小さく「アンチドート」という。

腕は優しい光に包まれて発疹はみるみると消えてゆく。

リアスの話には聞いていたが、まさか本当に癒しの力があるとは。

ラースドは心の中で感心し、血色のよくなった自身の腕の感触を確かめる。

 

あいつに近づくと毒液の餌食になる。それなら、とリアスは銃剣を奴にむけて発砲した。

しかし、残念ながら弾はラクスナの毒液の前に勢いを失った。

「用はあいつに気づかれずにぶちのめせばいいんだろ。オレに任せろ」

すっかり回復したラースドはそう言い、リアスにこの場を任せて突如甲板から走り去ってしまったではないか。

何が任せろだ、むしろ任せるじゃないかと心の中で思うリアス。

ラクスナをひきつけ、隙を見つけて懐に入り込もうとするがうまくいかない。

毒液から逃れ、ただ甲板上で追いかけっこをするだけ。毒液が触れた床や手すりは変色し、溶け始めていた。

と、ドスッといきなりラクスナの脳天に槍が突き刺さった。

ノイズ音と共に轟音をたてて倒れるラクスナの体。ぴくりとも動かない。

仕留めたようだ。

どこから飛んできた槍なのか、リアスが頭上を見上げると頭上高くの船の帆を支えている木の柱にラースドの姿があった。

どうやらあそこまで上ってそこからラクスナを狙ったらしい。

彼は親指をたてて二ッと笑った。

一歩間違えればリアスに突き刺さるのではないか、とも思えるのだが当の本人は何も気にしていないためいいとしよう。



「化け物は、消えたの?」

「俺たち助かったのか?」

騒ぎが収まり、船内からゾロゾロと客員たちが現れてきた。どうやら皆安堵したようだ。

ヘナヘナと床に座りこむ人や、声を上げて喜ぶ人。

とりあえず、客たち全員に怪我はなかったらしい。

船はボロボロになってしまったけれど。

船乗りの一人・・・年齢や服装や態度から船長だろう―――は3人に近づき

「あなたたちのおかげで助かりました」

と、礼を言ってくれた。

照れくさそうにはにかむリアスとティラミス。お金以外は興味ないのか、ラクスナに突き刺さった槍を抜くラースド。

先端の黒い液体を布でふき取っていた。

「おかげさまで無事にもうすぐモスト大陸ですよ」

船長が指し示した先には、海の向こうに小さく大陸が見えた。あれこそが三人が目指していた場所である。

「あそこで感応石のなぞが分かるんだね」

ティラミスの表情が明るくなり、胸の感応石をぎゅっと握り締めた。

目的はイクストリームである。



船は無事船着場へと停泊した。