あれから足取りは軽く、イクストリームにはすぐ辿り着く・・・はずだった。
だが、しかし現実はそこまで甘くない。
3人が歩くのは荒野にも近い平野。
「あー・・・あつー・・・・」
リアスがうめき声を上げながら、重々しく足を運ぶ。
日中気温37度。
汗だくのままひたすら歩き続けている。
「大抵の冒険者はダウンしてのたれ死ぬか、たまたま通りかかる商人の馬車に助けてもらってる」
ラースドが額をぬぐい、淡々と答えた。
「まぁ安心しな。オレなら最短ルートを知ってるからな」
なんたる方向感覚と記憶力の持ち主なんだろうか。
こんな時ばかりはラースドがいてくれて本当に助かる。
「ここは砂漠にはならないの?」
ティラミスが尋ねた。意外にも彼女は平気そうだった。
この暑さのなか、元気がいいものだ。
「ここは地下水が通っててな。土は乾燥してないんだ」と、ラースド。
確かに熱いが、植物もちゃんと生えている。
この先にあるイクストリームというところもめちゃくちゃ暑いのではないだろうか。
リアスがうんざりと顔をゆがめた。
「ちょっと休もうよー。干からびちゃうって」
ラースドとティラミスが足をとめた。
「まぁ、しょうがないか」
ラースドは苦笑した。
3人は巨大な植物の葉の影に入り、つかの間の休息をとった。
リアスは大きく伸びをして大の字に寝転がった。
「ラースドはモスト大陸のこともよく知ってるんだね」
ティラミスが何気なく言う。それに対して何気なく答えるラースド。
「まぁな。オレはもともとモスト大陸出身だし。なんだかんだ言っていろんなトコをうろうろしてるからな」
「どうして?」
「ひとところでゆっくりしてるなんてオレの性じゃないからさ」
まだ行ったことない町とかもあるから行ってみないといけないな。見つけてないお宝があるかも、とラースドは一人呟く。
なんだろうか、彼は趣味で世界を回っているというよりもむしろ何かに急きたてられているような・・・。
ティラミスはそう思ったが、言葉にするのはなぜか躊躇われた。
「オレもいろいろ世界を回ってみたいなー」
寝たままの状態でリアスがいう。
「世界って広いっていうのを改めて実感した。ラースドみたいに動く地図になりたいなー」
「ばーか」
ラースドが寝ているリアスの頭を軽くはたいた。
「お前は農村で畑耕す方がお似合いだっつの」
リアスとティラミスは顔を見合わせて笑った。
そんなこんなでようやく辿り着いたのがイクストリームだった。
木でできた古びた門をくぐり、辺りを見渡す。
民家、宿、レストランなどが立ち並ぶ軒並みにひとつ大きな白い建物が目立っていた。
「あれが鉱石の研究所?」
リアスが尋ねる。
「だろうね」
とティラミス。
吸いよせられるようにそこへ向うと、入り口付近で警備員らしき男性に行く手を阻まれた。
険しい顔で3人を見据える。
「アポイントはとってますか?」
「え、アポイント?・・・は、とってないですけど・・・」
リアスは、その警備員に気圧されながら答えた。
「申し訳ないですがアポのないお客様はお会いになれません。1ヶ月以上前にきちんとアポをお取りください」
帰ってください、とリアスの肩を押す。それに負けじとふんばるリアス。
ここで一ヶ月も待ってられるわけがない。
「ちょ、待ってよ!とても大切なことなんだ!!」
「はいはい」
全く取り合おうとしない警備員にティラミスは自身のペンダントを突き出した。
「この石!この石のことを調べていただきたいんです」
そんな必死な様子に、警備員は困り果てたように頭をかいた。
「とはいってもねぇ・・・これは規則だし・・・」
弱ったなぁとボソボソ言っていると、彼の背後の扉が開いた。
「どうしたんですか?」
建物の中から現れたのは、中年の白衣をきた男性。ここの研究者だろう。
丸いめがねのレンズ越しに、リアス、ティラミス、ラースドを見た。
「この人たちがアポなしで研究所に入りたいっていうんですよ」
警備員は、研究者に説明すると大体事情を飲み込んだのだろう。あぁ、と頷いて
「私たちも忙しいのでね。あまり君達に構ってる暇はないんだよ」
冷たく言い放ち、再び扉の奥に消えていこうとする男性をラースドが必死に呼び止めた。
「ちょっとまて!オートマターに興味はないか?この子の持ってる鉱石はオートマターと関連があるかもしれないんだぞ」
ぴたりと研究者の動きが止まった。静かに3人を振り返る。
「オートマター?そんなもの、今の時代にあるわけが・・・」
ない、と言い切る前にラースドは何か金属片なようなものを投げてよこした。
いつのまに採取したのだろうか、オートマターの欠片である。
「今、町の外や海にはオートマターが実際にいるんだ」
リアスも必死に訴えかけると、どうやら本気だとわかってくれたらしい。
丸眼鏡の淵を持ち上げて
「・・・まずは話を聞いて、それからだ」
研究員は3人を研究所内に案内した。
白い室内には大きくて見たこともないような最先端の機械がずらりと並んでいた。
同じく白衣を着た研究員たちがそれらを手際よく操作している。
ものめずらしげにそれを眺めるリアス、ティラミス、ラースド。
彼らは大きなテーブルとイスがいくつか並べられただけの簡素な部屋に案内された。
「まぁ、座ってくれ。言い遅れたが私はここの責任者をしているメリックという」
メリックは上座に座り、しげしげとラースドがよこしたオートマターの破片を見つめた。
3人も適当にイスに座ると
「それで・・・オートマターがいるというのは本当か?」
本題をぶつけられた。
ティラミスが頷く。
「はい。陸にも海にもいます」
「それで、この欠片と君の鉱石との関連は?」
「私のいたふるさとでこの鉱石が作られ、そしてオートマターも作られてました」
ティラミスは自分の故郷のことや記憶がないことを一部始終説明した。
メリックはふぅむ、と腕組をし数分間考え込んだあと
「君のペンダントをちょっと借りてもいいかな」と。
ティラミスは首からそれをはずし、メリックに手渡した。
それは澄んだ美しい蒼色。
メリックは隅々まで注意深く見まわす。
「・・・何かわかりました?」
リアスが恐る恐る聞くと、メリックは首を横にふった。
「こんな石は今までみたことがない。まるで海を結晶化したような、そんな不思議な石だな。もう少し詳しく調べたい。
1日、これを預けてはくれないだろうか」
メリック、リアス、ラースドの視線がティラミスに集まる。彼女は、一瞬悩んだが快く了承した。
「それにしても、不思議だよな」
宿屋の一室でベッドに横たわりながらラースドがリアスに言う。
1日預けるということで3人は今晩はイクストリームで宿をとることにしたのだ。
リアスは銃剣の弾を補充しながら「何が?」と尋ね返すと
「ティラミスさ。オートマター、感応石、あの服装に記憶喪失。すべてがすべて手がかりがない」
「まぁ、そうだけど・・・」
「第一さ、あの年齢になってあの料理ありか?」
ラースドの呆れた声。
あの料理、というのは先日野宿したときのことである。
ティラミスが食事当番ということで彼女に料理をさせていたのだが
お米はパサパサ、スープは甘い、野菜の皮むきも満足にできない。
水の分量も、塩も砂糖もわからないような娘である。
がんばって食べようと思ったけれども二人とも半分以上粗末にしてしまったのである。
「まぁいい。オレはもう疲れたから先に寝るわ」
ラースドはそのまま布団の中にもぐりこんでしまった。
リアスは銃弾を詰め終え、銃剣を大切にケースにしまう。
(恐らく記憶がなくて、手がかりがなくて一番不安なのはティラミスだ)
初めて出会ったあの時、彼女はリアスに縋りながら「もとの場所に帰して」と言ってきたものだ。
そう、幼い子の迷子のような。
リアスは銃剣を傍らに置くと、彼もベッドに転がった。
(早く・・・帰せるといいな)
うとうとと、今にも眠りにつこうかとしたとき
バタンッ
部屋のドアが勢いよく開かれた。
メリックだ。血相をかいて飛び入ってきた。
「大変です!!」
しんとした部屋に、彼の叫び声が響く。隣部屋の客の迷惑じゃないだろうか。
そしてその手には感応石。
「この石の秘密が分かりました!!」