これは、時を越えた物語―――。
広い海、広い大地。その中のごく小さな農村の小さな家に育った少年。
齢はまだ15程度。
一見するとごく普通の少年。無邪気で素直な年相応の明るい子供である。
一方で、澄んだ瞳を持つ不思議な少女。
彼女の記憶はない。
たまに口にする記憶は途切れ途切れの妙な言葉。
この二人の出会いが、この物語の始まりであった。
これは、宙を越えた物語―――。
PRODUCE A DESIRE
「リアスーー!!そろそろ起きなさい!牛舎の掃除は!?」
緑溢れる小さな農村、ロスリートの一件の家。まだ朝日も出きっていない明け方に威勢のいい女性の声が響き渡る。
彼女が布団を剥ぎ取ると、そこに丸まっている少年が露わになった。
寝癖のついた頭をぼりぼりとかきながら、体を起こしたのはリアスと呼ばれる少年。
赤っぽい茶色の毛に、まだ寝ぼけた赤褐色の瞳。
「ほら、さっさと起きちゃって」
女性、リアスの母であるエリーはリアスの頬を軽くぺちっと叩いて部屋を出て行った。
リアスはベッドから出て、軽く伸びをする。よく見るとエリーに顔立ちは似ていた。
体つきは決してがっちりしているとはいえないが、ほどよく筋肉はついている。
ふらふらした足取りでリアスは、畜舎の隣にある倉庫へと向った。
藁や肥料がごろごろあり、特有の家畜のにおいのする中から鍬を取り出した。
物心ついたときから家の農業を手伝っているので、その手つきはもう慣れたものである。
家畜の世話はリアスが、農作物の方は母親の役割分担となっている。
父親はいない。
彼の父親は傭兵だった。しかしただの傭兵ではない。この辺りでは有名な腕利きの銃剣士だった。
その血を引いてか、リアスも自在に銃剣を操ることができる。
父親は仕事で命を落としたがその形見として、リアスがそれを引き取ったのだった。
まぁ、こんな平和な村でそんな物騒なものを振り回すことは滅多にないのだが・・・。
畜舎の掃除を終え、牛や鶏たちに餌をやったあとリアスは倉庫に戻り用具をすべて片付けた。
既に朝日は昇り、空は薄い青色に色づき始めていた。
先に畑作業を終わらせたエリーは既に朝食の準備をしているのかおいしそうなにおいが漂ってきた。
さっさと家に戻ろうとリアスが倉庫を出ようとしたときかさりと積み上げられた藁がかすかに動いた。
小さな音だったが、気のせいではない。ねずみが何かいるのだろうか?
リアスは訝しげに藁を掻き分け、そこを覗いてみると・・・
「女の・・・子?」
そこにいたのは、なんとリアスとあまり変わらないくらいの年齢の少女。
水色の柔らかそうな髪の毛はサラサラと藁の上に落ち、着ている洋服はこの辺りでは珍しいデザインであった。
気持ちよさそうに寝息をたてて眠っていた。いつからここにいたのだろうか?
「この辺りの子・・・じゃないな」
村の中では見たことがない。
「ちょっと君、起きて!」
リアスは少女の肩を軽く揺すった。
少女の瞼が動き、真紅の瞳が開かれた。
徐に上体を起こす少女。この女の子とリアスの視線が交わった。
「・・・ここは・・・」
その口から小さなソプラノの声。キョロキョロと倉庫内を見回す。
だんだんと意識が覚醒してきたのか、彼女の顔がみるみると蒼白していった。
「どこ・・・!?」
勢いよく立ち上がった。そのせいであたりに藁が散らばる。
そんなことには気にもとめず、その子は慌てて倉庫の外へ飛び出し挙動不審に辺りを見回す。
その様子をリアスはただただ唖然と見ていた。
「何これ・・・私はいったい・・・」
不思議な少女は、力なくその場にぺたんと座り込んだ。
「君はどうしてここに?誰なんだ?」
リアスはその少女に近づいて、尋ねた。
彼を見上げて少女は首を横に振った。
「わからない・・・何もわからない。ここが何なのか。私が何なのか。でも私がいたところはこんなところじゃなかった気がするの・・・」
話を聞こうにも話をきくことができない。リアスも途方にくれた。
(いわゆる記憶喪失ってやつなのか?)
「お願い!」
突然すくっと立ち上がり、リアスに詰め寄る少女。
「私の居場所に戻して!」
緊迫した様子で必死に懇願された。
「ちょ、おち、おおちついてっ」
その少女の迫力に圧倒されながらも、なだめようとするリアス。彼も同じく落ち着かなければなるまい。
彼女の言ってることは支離滅裂。どうやらパニックを起こしているようだ。
このままじゃあどうしようもない。
「とりあえず、うちにおいで。おなか空いてるだろ?御飯食べたらきっと落ち着くよ」
そのときにくわしく話しを聞くよ。と、リアスは少女の華奢な手をひいた。
一瞬躊躇した彼女だが、こくりと頷いてリアスについて歩きはじめた。
「えっと・・・」
歩きながらリアスは少女を振り返った。
「名前も覚えてない?」
その言葉に少し間をおいて返事が返ってきた。
「ティラミス・・・。私の名前はティラミス」
凛とした声だった。
この瞬間に、物語の歯車が回り始めたのだった―――・・・。