「ねぇ、グレン。約束して?」
「…何を?」
「もう絶対泣かない、って…」
「うん。…約束するよ―――」
LEAD OF THE DRAGON 〜約束〜
―ここは…?どこに居るんだ、オレ…?―
グレンは、白く何もない空間に、独りポツンと立っていた。
辺りには何もない。上下左右も何も判らない。
―夢…?―
キョロキョロと辺りを見回す。
―ん?あれは…?―
グレンの目に止まったのは、二つの小さな影。一つは…
―あれは…小さかった頃の…オレ…?―
まだ小さな、今よりはかわいげのあるグレン。そのグレンの向かいに立っている、もう一つの影。
その影は、グレンと仲良く喋っている。時折見せる、あどけない笑顔。
だが、二人の声はグレンには聞こえない。
―何喋ってんだ?―
フ、ともう一つの影が、グレンの居る方へと振り向く。
―!?―
少し戸惑うグレン。だが、彼の姿は二人には見えていない。
『××××××××××××』
―え…?―
もう一つの影が、グレンに向かって何か言ってきた。だが、その声はグレンには届かない。
顔も、逆光のせいで良く見えない。ただ判るのは、口元に浮かぶ笑み。
―何言って…!?―
グレンの目の前が、突然真っ赤に染まる。
その瞬間、目の前の二つの影はその「赤」に包み込まれて消えていく。
―な…んだっ?!―
熱い。
その感覚がグレンの中に生まれた。
―これは…火?!まさか……!!―
がばっ
「!?」
グレンは、ベッドから上半身を勢いよく起こした。
彼の体は、汗でぐっしょりと湿っている。そして、激しく上下する肩。
「っは…はぁっ、はぁっ…」
息が切れている。
『なんだ?今の…』
グレンの目は、驚きと恐怖の入り交じった、何とも言えない気持ちで大きく見開かれている。
焦点は宙を彷徨い合っていない。
「…っくそっ…」
前髪をぐしゃっと掴む。
眉間に皺を寄せ、目を伏せる。
「なんなんだよ…」
ぼそっと、呟くように言う。
そのとき、
「グレーンッ!!」
「!?」
窓の外から、親友のグレンの声がした。
『やっべ!今日はシオンと狩りに行くんだった…!』
グレンは、ベッドから飛び降り、急いで着替えをすませた。
そして、慌ただしく階段を駆け下りる。
ガチャッ
ドアを勢いよく開けると、そこには椅子に座って少し遅めの朝食を摂っているグレンの母、
フェルノードが居た。
「あら、グレン。今、起きたの?早くしないと、シオン君待ってるわよ?」
「判ってるよ!」
グレンは、テーブルの上にあるバスケットの中の、フェルノードお手製のロールパンを片手に、
急いで出ていった。
※ ※ ※ ※ ※ ※
シオンとグレンは、いつもの場所―村の入り口の橋の側―に居た。
「それにしても、珍しいね。グレンが遅刻するなんて」
シオンは、気まずそうに項垂れているグレンに、気にすんなって、と慰めるように笑いかけた。
「…ホントに悪い…」
「いいよ、別に」
グレンがここまで落ち込む理由。それは、今までシオンと約束を交わし、グレンが遅刻することは
一度もなかったからだ。迎えに行くのは、いつも決まってグレンの方だったから、シオンに迎えに
来られてしまいグレンのプライドはズタズタにされた気分だった。
シオンにいくらか慰められ、グレンは少し元気を取り戻していた。
「それより、今日はどこに捕りに行く?」
話題を今日の趣旨である狩りについてに切り替えるシオン。
「ん?あぁ、そうだな…今日はお前が決めてくれ」
「…えぇっ!?どっ、どうしたのさ、グレンっ?!」
グレンの言葉に、かなり驚いた様子のシオン。それもそのはず、狩り場は、今まで決まってグレンが
決めていたのだから。(だが、シオンはそれに対しては何とも思わない。むしろその方が助かっている
くらいだ。)
「…別に。たまにはいいだろ?それに、オレの知らない狩り場をシオンが知ってるかもしれないし」
「う、うん…」
『多分、そんなことなはいと思うけど…。グレンの方が狩り場には詳しいし…』
シオンは、グレンにそう言われ、ない頭を必死に働かせ、一つの狩り場を思いついた。
「じゃぁさ、ジョルディースに行ってみない?」
「ジョルディース…。よし、じゃそこに行くか!」
ジョルディースは、グレン達がいつも狩りを行っている、サキエスの森から少しばかり東に行った
所にある、森というよりは林といったような、少し小さめの場所だ。
そこに、二人は今日初めて行く。
「………」
シオンは、ジョルディースへ向かう途中、いつもと違い、どこか空元気のグレンを心配そうに見ていた。
いつもなら、視線に敏感なグレンは、少しでも視線を感じるとそれが例え親友のシオンでも、警戒し
殴りかかってしまいそうになる。
だが、今のグレンは、先程からずっとシオンが視線を送っているのに、気付く様子もない。
『…グレン、ホントにどうしちゃったんだろ…?』
少し心配になるシオン。そんなシオンに気付く様子もないグレン。
眉間には、うっすらと皺が寄っている。
「グレン、着いたよ!」
「えっ?あ、ああ!」
はっと我に返るグレン。
「よーし、じゃ、早速始めるか!」
わざと元気を装うグレンに、シオンはおずおずと声を掛ける。
「あ、あのさ、グレン。今日、ホントは来たくなかったんじゃない?もし嫌なら、今からでも帰る…?」
そのシオンの言葉に、一瞬あっけにとられるグレン。
「はっ?何言ってんだ、シオン?んなワケねぇだろ?オレは今日のこの狩り、楽しみにしてたんだぜ?
今更帰るなんて言うなよなぁ〜?」
少し怒り混じりに言うグレンに、シオンはおずおずと言った。
「だ、だってさ、なんか今日のグレン、元気がないように見えるから…」
「ん?あぁ。気にすんなって。ただ、まだ少し眠いだけだって」
「ホントに…?」
「っか〜っ!!おン前、ホントに疑り深いな。このオレが言ってんだから信用しろよ!」
そう言って苦笑しながら、シオンの背中をバシンと叩くグレン。
『いつものグレンだ…』
「う、うん!」
そして、二人は狩りを開始した。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「…今日は、ワイルドボア(猪に似た動物)が2頭に、ディア(鹿より少し小さめの動物)が1頭、か」
「いつもと比べたら、少し少なかったね。…ごめん、オレがこんなとこ選んだから…」
シオンはシュンとなった。
「謝んなって!別にシオンのせいじゃないって!たまたま今日はついてなかっただけだ」
そしてグレンは、またいつものようにシオンの背中をバシンと叩く。
「じゃ、そろそろ帰るとすっか!」
「うん」
ガチャ
「やっほ〜☆グレンっ!!」
「!?なっ…??!!」
グレンが家に帰り着き、ドアを開けると椅子にはなんとメルが座っていた。
「なっ、なんでお前がこんなとこに…?!はっ!てか、親父とお袋はどうしたんだ?!」
グレンが驚きを隠せずに、らしくなく慌てふためきながらメルに聞いた。
「あ〜、えっとね、なんか一週間久々に夫婦水入らずで旅行してくるって☆私がここに来た時、
ちょうど出るとこだったから、そう言っといてくれって頼まれたの」
メルは、にこにこと説明する。
「なっ…!!」
『なんつー勝手なことをする親なんだ…」
自分の親ながら、少々呆れ小さくため息をつくグレン。
「…で?お前、何しに来たんだ?」
『なんか…すんごぉ〜く、嫌な予感…』
そのグレンの予感が見事的中。
メルはグレンの言葉を聞き、にこっと満面の笑みを浮かべる。
「え?そんなの、遊びに来たに決まってんじゃん☆」
「遊びに、っつったって、もう夕方だぞ!?」
間髪入れずに、メルにつっこむグレン。
呆れた様子のグレンに、メルは頬を膨らませる。
「だって!!お昼頃にこっちに来たら、グレンは狩りに行ってたんだよ!?それで、私今までずっと
待ってたんだからね?!」
『…なんで帰んないんだよ…』
再び小さくため息をつく。
ちらと窓の外を見れば、もう日が沈み掛け、空は橙色と紫色が混じっている。
「あ〜…悪かった。…で、どうすんだ?今から帰ったら真夜中どころか日付が変わっちまうぞ?」
「じゃ、泊めて」
即答するメル。
その言葉にグレンは一瞬耳を疑う。
「…はっ!?」
我ながら、ずいぶんと間抜けな声が出てしまった。
「泊・め・てっ!!」
メルは、ここぞとばかりに声を張り上げて言う。
「泊まる、って…」
グレンの顔が、じわじわと赤面していく。
それにメルが気付いた。
「あ〜、グレン、何赤くなってんのぉ〜?まさかヘンなこと考えてるんじゃない〜?」
グレンを冷やかすように、悪戯っぽく笑みを含んで言うメル。
「なっ!!ば、バカ言うんじゃねぇよ!!だっれがお前なんか…!!」
「ま、いいや。とにかく、今日は泊めてもらうから☆」
「はいはい…」
『ったく…。メンドくせーことになっちまったな…』
やれやれ、とため息をつきながら、グレンは夕飯の仕度を始めた。
2006.07.17 加筆・修正