その日の夜。

「……!!」

「……?!…………!!」

「………!!………!!」

なにやら外が騒がしく、グレンは目を覚ました。

「ん…なんだ…?」

目をこすりながらベッドをおり、窓から下を覗く。

「!?」

グレンの目は、一瞬にして覚めた。その目に飛び込んできた光景を見て。

『火事っ?!』

窓の外には、真っ赤な光景が広がっていた。

『嫌な予感がする…!!』

グレンは、急いで階段を駆け下りた。



ザッ…



外に飛び出ると、燃えていたのは…、

『!!シェネイロの家…?!』

グレンの目が、大きく見開かれた。

そして、次の瞬間にはシェネイロの家に向かって駆けだしていた。

『シェネイロ…っ!!』



















「ねぇ、グレン。約束して?」







それは3日ほど前。

シェネイロが風邪をひき、寝込んでいるとき、グレンが知らずにシェネイロを森まで連れ出した時。

グレンが珍しい鳥の巣を見つけ、それをシェネイロにも見せようとしたのだ。

そして、その帰り道、シェネイロの熱が上がり、倒れてしまったのだ。

結局、大事には至らなかったが、シェネイロは一晩寝込んでしまった。

グレンは責任を感じ、マーディスに許可を得て、寝ずの看病を続けた。

グレンは必死にシェネイロの看病をした。

「うっ…。シェネイロ…お願いだから、死んじゃやだよぅ…」

それは、グレンがシェネイロの前で初めて見せた涙。

あとからあとから、あふれ出てくる涙。それはシェネイロの頬に落ち、つぅと流れ落ちた。







「…」

夜もだいぶ更け、村がシンと静まりかえった頃、シェネイロの熱もようやく下がってきて、シェネイロは

目を覚ました。

「!!シェネイロ!!よかった…気がついたんだ…」

グレンは、安堵の表情を浮かべ、胸をなで下ろした。

「グレン…」

シェネイロは、どうしてグレンが泣いているのかと思ったが、自分が森から帰るときに倒れてしまったことを

思いだし、シェネイロは布団の下から左手を出し、自分の左側にいたグレンの頬にそっと添えた。

「?!」

グレンは突然のことに驚き、ばっと顔を上げる。

シェネイロを見ると、ふっと優しく笑んでいる。

月の光に優しく照らされ、シェネイロの顔は今までにないほどに美しく輝いていた。

「グレン…」

ふいに、彼の口が動いた。

「……?」

「ねぇ、グレン。約束して?」

「…何を?」

「もう絶対泣かない、って…」

「え……?」

シェネイロの指が、グレンの頬を伝っている涙を拭う。

「もう、絶対泣かないで。グレンに涙は似合わないから…」

そう言って、シェネイロは優しく微笑む。

「ね。お願い、グレン」

「…うん。…約束するよ…――」

グレンも、ふっと笑みを浮かべた。





その日の夜、グレンはシェネイロのベッドに覆い被さるようにして、床に膝をつき、シェネイロと共に

夢を見た。



















『シェネイロ…!!』

グレンの目が、だんだんと潤んでくる。

「…っ」

『いけない…!!オレはシェネイロと約束したんだ。もう、泣かない…!!』

グレンは頬を伝いそうになっていた涙を、ぐっと手の甲で拭い、きっ!と前を見据えながら走り続ける。














ゴオオオォォォォォ……





グレンがシェネイロの家の前に着くと、そこはもう火の海と化していた。

「!!」

グレンの体が、みるみるうちに震えだしていく。

「あ…ああ……」

グレンの目は、既に焦点を失っており、宙を彷徨っている。

「っシェネイローーーーっっっ!!!!」

グレンの声は、村中に響き渡るのではないか、というような声だった。



だが、それでも赤々とした炎は目の前で尚もシェネイロとその家を飲みこんでいく。



























太陽が昇り、朝がやってきて、燃える物がなくなったのか、ようやく鎮火した。

辺りは黒く焦げ、ぶすぶすと黒い煙が立ちこめている。

その『家だったモノ』の前に、グレンは一人立っていた。

その顔は少し煤がついて黒くなり、もはや表情はなくなっていた。

「……」

目の前の黒い物体を見ながら、グレンは呟いた。

「シェネイロ…。オレ、約束は守るよ…だから…」

それは、本人にもやっと聞こえるくらいの、小さな小さな声。

そして、グレンはくるりと踵を返し、歩き出した。













ジェルチーデ家の葬儀は、しめやかに行われた。

村人全員が参列し、ジェルチーデ家の冥福を祈った。


















葬儀が行われた日の夕方、グレンは小高い丘の上にいた。

そこには、ジェルチーデ家の、真新しい墓が建てられていた。







―フェルロス・ジェルチーデ  享年32歳―

―マーディス・ジェルチーデ  享年31歳―

―シェネイロ・ジェルチーデ  享年4歳―







グレンは、抱えるように持っていた花束を、そっと墓前に置いた。

「……っ」

グレンは膝をつき、右手で拳を作りそれを胸の前にやる。

「…」

グレンの唇が、わずかに動いた。

「ごめん…。シェネイロ…。約束、守れないや…。今日だけは、許してくれるかな…?」

そう言うグレンの頬を、ひとすじの涙がつぅと落ちた。

そして、それに続いて、また一本、二本と筋が増えていく。

そうして流れた涙は、ぽたっと地面に落ち、すぐに染みこんでいく。

「シェネイロ…」

グレンは、どうしようもないほどの悲しみに覆われていた。

つい昨日まで遊んでいたシェネイロの姿が、目蓋の裏によみがえる。

自分の名を呼ぶ、親友の姿が…――。
































「そのあとすぐだったよ。オレ達がトールト村に来たのは…」

グレンは、ふぅとため息をつき、両手で顔を覆った。

十数年経った今でも、やはりあの頃を思い出すのは、グレンにとっては身を切られるよりも辛い。

メルは、そんなグレンを、何も言わず見つめている。

「それでな、ユメの中にシェネイロが出てくるんだ。…顔が炎でどろどろに溶けてる姿でな。

オレが実際にその姿を見たわけじゃないけど、でも、凄くはっきりとしてる」

「……」

「シェネイロは…、今更オレに何が言いたいんだろうか…?なぁ、メル…」

ふいに、グレンはメルの方へと向いた。

その顔は、今にも泣きそうな、眉が八の字になった顔。

「…私は、シェネイロって人のこと全然知らないから、何も言うことは出来ない。…でも、これだけは

言えるよ?」

そう言って、にっこりと笑む。

「…?」

グレンは、きょとんとした顔になる。

「シェネイロは、決してグレンを傷つけようとしてグレンにそんなユメを見せてるわけじゃない、って

こと。もしかしたら、グレン、グレンの方がシェネイロに何か言いたいことがあるんじゃない?」

「!!」

はっとしたように、グレンは少し目を大きくする。

「オレが…?」

「そう。なにか、あるのかもしれないよ?」

「……」

しばらく沈黙が続く。

太陽は、少し西に傾き始めている。






ザッ



グレンは、何かを思い立ったように、立ち上がった。

さぁっと、風に草花が揺れる。

メルも、それに続いて立ち上がる。


「…メル」

「…何?」

グレンはメルの方を向き、少し申し訳なさそうな顔で口を開いた。

「明日、久々にシェネイロの墓に行こうかと思う」

「…うん」

「一緒に…来てくれないか……?」

グレンは、ちらりとメルを見る。

メルの方は、グレンの言いたいことが判っていたように、にっこりと笑んでいる。

そして、

「もっちろん☆」

グレンは、それまで強張らせていた顔をようやくほぐし、ふっと目を細めて優しく微笑んだ。











「じゃ、帰ろっか☆」

「お前、今から村に帰ったら明日行けないだろ」

「何言ってんの、グレンの家にだよ♪」

「…は?」

「今日も泊めてよね☆」

「………」

にこにこと笑うメル。

なんとも言えない顔をするグレン。

「…どうせダメだって言っても、お前は泊まるんだろ?」

「もちろん!」

「判ったよ」

そういってグレンは苦笑する。

それはもう、いつものグレンの姿だった。

メルも、そんなグレンを見て安心したように安堵の表情を浮かべている。

そんな二人を後押しするように、涼しげな追い風が、二人の背中を押した。











06.07.18 加筆・修正













END