夢の続き


――シオン、夢見はもうなくなるでしょう――

闇との戦いに勝利し、本当の平和がテスタルトには訪れた。

まだ15歳の少年が世界を救ったなんて誰も思わないだろう。

だから少年もあの戦いを話すことはなかった。

たとえ親友でも。



「すべてをなかったことにしておけばいいんだ。それが本当の平和なんだから」





しかし真実の湖――。

森の奥の湖を見るたび、そこに足を運ぶたびに少年は導き役の幻のドラゴンを思い出した。

ブラックドラゴンと、そう呼ばれる。

別名は――フィーナレンスドラゴン。



シオンの導き役となり、この世界に光をもたらしたドラゴン。

闇の戦いで命を落としたドラゴン。

彼女の死は神の国でも有名な話。



しかし、これから召喚されるモノは

   もっともっと有名なものだった。





召喚されたものの名前は――ディーゼルホフス。









静かな農村。

ここに少年が住んでいる。シオン・ガッシュナット。

闇との戦いで勝利した、勇者。っといっても誰も知らないのだが。

あの戦いから2年。

シオンは立派な17歳なのだ。



「あれから2年かぁー。早いもんだなー。アルミオンたち、どうしてるかな…」

森の奥にある湖。シオンはそこに来ていた。草の上に寝転がってぼーっと空を見あげた。

白竜アルミオン。彼は2年前シオンたちと別れてから、モンスター牧場を建てるというリコリスの手伝いをしていたが

しばらくするとまた神の国――ラクシアスランドへ帰ってしまった。

シオンは寝転がったままウトウトしていたのだが、気持ちのいい暖かさゆえに間もなく眠ってしまった。





不思議な神殿のような建物。

そして魔方陣の中に小さな石版。何かの儀式のようだ。

そこに現れたのは、深い緑色の長い髪をもった女性――・・・

女性はそこですぅっと消えていき、かわりに声が聞こえ始めた。

――シオン、大変です。今すぐ神の国に来てください。遣いをそっちに送りました――



うっすらと瞼を開けるシオン。何やら頭が痛いとおもったら小さな鳥がつっついていた。

まだ朦朧とする意識の中、重い体を起こす。眠気を覚ますために頭をブンブンと振ると鳥は驚いて飛んでいってしまった。

「今のは…夢…?夢見…?」

ぼーっとしながらあたりを見回す。

どれくらい寝ていたのか、青空は赤くなり、肌寒くなっていた。

「そうだよな。夢だよな。夢見なんてもうないもんなっ」

「おいシオン。何ブツブツ言ってんだ。なかなか帰ってこねぇからのたれ死んでんじゃねーかと思ったぜ」

背後から軽く蹴られた。グレンだ。

「ちょっと寝ちゃっててさ。…よっと」

シオンは立ち上がり、グレンと村へ帰っていく。



「そういえばお前まだ夢見っていうの治ってないのか?」

村への途中、グレンが話しかける。どうやらあの寝ぼけた言葉をきかれたようだ。

「あー…。もうたぶん夢見は見ないよ」

曖昧に答えると、そこで会話が途切れた。二人は黙々と村へ足をすすめていく。

とその時、シオン達の間に突風が吹き荒れた。

「うわ!」

「なんだ!?」

吹き飛ばされないように、踏ん張る二人。このあたりでは珍しいほどの強い風だ。

だが、数秒もしないうちに風の空を切る音はやみ、静寂な空間に戻った。

辺りの細い木なんかは横に倒れかかっている。

シオンはボサボサの髪のまま、安堵のため息をもらす。

グレンも驚いたといわんばかりに目を見開き

「なんだったんだ、あれ・・・」

小さく呟いた。

「村は大丈夫かな…。グレン、急ごう!」

シオンは我に返り、村に向かって走り出した。

慌ててグレンも続く。





村へついたとき、被害はなさそうだと安心したシオン達だが

今度は村の真ん中の人だかりに不審がる。

何かあったのだろうか…。

「あ、おい。何かあったのか?」

グレンが人だかりの中へ走っていくおじさんを呼びとめると

「あぁ、グレンにシオン…。何か妙な人間が来たらしいんだよ。耳とか服とか額とか…奇妙な奴で…」

そのおじさんの言葉に反応したシオンは人だかりへ駆け出し、人と人を掻き分けその中央にいる人物をみた。



「あ、シオンさん」



「やっぱりお前か」

そこにいたのはアルミオン。

となると、さっきの突風の原因は頭上をアルミオンが通ったからだろう。

一足遅れてきたグレンもアルミオンの姿をみて口をあけた。

「あ、昔シオンと一緒にいた…」

2年前のあの日を思い出し、グレンは言う。

シオンは突然の訪問者に何しにきたのか、と尋ねようとしたとき

「シオン、ちょっとこっちに来なさい」

人だかりから離れたところで村長に手招きで呼ばれた。

シオンはアルミオンに「ちょっとまってて」というと素直に村長のもとへ向かった。

「何?」

「シオン、あの少年の姿…。あの時の娘と同じじゃ。何か関係があるのか?やはりあんな奇妙な者を村に入れるのは…」

口ごもる村長。明らかにアルミオンを怪しんでいる。なんて説明しようか悩んだが

「大丈夫。悪い奴じゃないし、たぶん用事もすぐ済むからさ」

まだ不満そうな村長を残し、シオンはアルミオンのもとへ戻る。

人だかりもほとんど散っていた。

「どうしたんだ?こんなところまで観光か?」

シオンがそう聞くとアルミオンは不思議そうな顔をした。

「あれ?神様からきいてないの?ラクシアスランドへ来てくれってやつ」

それを聞いてハッとなった。あのときのはやっぱり夢見だったのだ。ということは・・・

「じゃあ遣いってもしかして…」

「そう、僕だよ。あーあ、またシオンさんのお守りかぁ」

アルミオンはわざとらしくため息をつく。

とりあえず、もう外は暗くなり始めたしアルミオンにも聞きたいことがある。

シオンは家の中に入るよう彼に勧めた。

「おい、シオン。もしかしてまた何かあんのか?」

家に入る途中、グレンにそう尋ねられると

「そうみたいだな」

シオンは軽く笑って家の中へ入っていった。





「えーと、まぁ手短かに話すと変な石版が見つかったんだよ」

アルミオンは椅子に腰をかけて、話出した。

「まだ新しい石版でね。召喚するのにエネルギーが足りない」

「エネルギー?神様がエネルギー不足ってあるのか?」

アルミオンにお茶を出して、シオンも向かい側の椅子に座る。

「うーん…。まぁ不足ってことじゃないんだけど、触媒みたいなものがないと時間がすごくかかるんだ」

アルミオンが答える。

「時間ってどれくらい?」

「軽く500年はかかるよ」

「…うん、悪かった。続けてください」

500年という言葉をきいて、気が遠くなるシオン。アルミオンは苦笑し、話を本題に戻す。

「神様は召喚の呪文を唱えとかないといけないから代わりに君にエネルギー物質をとってきてほしいってお願いがあったんだ」

突然の「お願い」に頭を悩ますシオン。

「どこにあるんだ、それ?」

そう尋ねるとアルミオンは懐から一枚の紙を取り出した。それを机の上に広げた。地図だ。

シオンが覗き込むと、アルミオンはひとつひとつ丁寧に説明し始めた。

「これはラクシアスランドの地図。こっちがテスタルトがある位置だよ。で…エネルギー物質はここ」

ラクシアスランドの海岸付近を指差され、シオンは興味深そうにまじまじとそこをみていた。

「…って…オレ、ラクシアスランドまで行くのか?」

「そうだよ」

アルミオンはさらりと言った。そしてシオンの入れたお茶を一気に飲み干した。

「さ、出発しようか」

「…えっ、もう!?ってかオレ一人なの!?」

慌てるシオンに、アルミオンも顔をゆがめた。まったく、頼りないなぁとでも言いたげだ。

「じゃあ誰を連れていくの?」

「リコリスとメルとラフィス…。4人くらいならアルミオンの背中に乗れるよな」

「別に大丈夫だけど…。あ、でもラフィスはやめといたほうがいいよ。フェーンフィートさんのこととかもあるだろうし…」

「あ、そうか…。まぁ忙しいだろうしな」

うーん、と腕を組んで悩むシオン。

(グレンなら力になるかも…)

グレンの力はシオンも認めるくらいの腕前だった。何かと心強いだろう。

「なぁ、アルミオン。グレンを連れて行ってもいいか?」

「グレン?シオンさんの友達の?」

すると今度はアルミオンは悩み始めた。

不用意にテスタルトの人間にラクシアスランドのことを知られると面倒だとか、騒ぎになるとか。

「大丈夫!グレンは口は悪いけどいい奴だし、そんなにペラペラとラクシアスランドのことを話したりするような奴じゃないからさ」

シオンが必死に食い下がると、アルミオンは「まぁいいだろう」と小さく頷いた。



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