襲撃の町
シオン達は次の日の朝、テスタルトへ旅立つはずだった。
ラクシアスランドにいる用事は既に終わった。エネルギー体をとってきて、石版を復活させることが今回のシオン達の目的だった。
それは遂行されてディーゼルが召喚された今、もうここにいる用はない。
シオン、リコリス、メル、アルミオン、グレン、ディア、そしてディーゼルはフェネックが「最後に」と腕によりをかけた晩御飯を頂いたあと、早めに就寝することにした。
シオンはというと、寝付けずにただただ部屋の天井を見上げていた。
これでまたテスタルトでの普通の生活が戻ってくる。その当たり前が不思議に感じてしまう。
今度こそ、本当にアルミオンや・・・ディーゼルともお別れになってしまうだろう。
彼は布団の中で、2年前の出来事を思い出した。
真実の泉の近くで、闇に襲われたときに閃光のように現れた少女―――・・・。フィーナだった。
初めから傲慢で自分勝手で、強制的にダークヴォルマを倒すための旅に連れて行かれた。
そしてカルナと出会い、アルミオンと出会い、リコリスと出会い、リースと出会った。
ダークヴォルマが復活して、リースと別れて、セントラル王国にいってラフィスに出会って。
そして最後にフィーナの命を引き換えに、ダークヴォルマを倒して今こうしている。
シオンは密かに、ディーゼルにフィーナの記憶がなくて安心している部分もあった。
こうして何事もなかったかのように、テスタルトに帰るのが正解なのかもしれない。
シオンが静かに目を瞑ろうとしたそのとき、家の玄関から大きな物音がした。
何かあったのかと彼は飛び起きて、剣を片手に玄関へ向った。
暗闇のそこにいたのはディーゼル。何かあったのか焦っている。玄関を飛び出していこうとしたときにシオンが呼び止めた。
「ディーゼル、どうしたんだ?」
ディーゼルはちらりと彼を一瞥すると
「急がないと。テスタルトが危ない」
はっきりといった。シオンは何が何かわからず、一瞬言葉を失った。
「どうゆうことだ?何があった!?」
ディーゼルに食らいつくぐらいの勢いで問いただすと
「・・・なぜか大量のモンスターがテスタルトの町を襲おうとしている。早くなんとかしなければ、町ひとつ潰される」
「オレも行く!」
シオンが、間髪いれず言う。
「シオンがきても邪魔になる。私ひとりで行く」
「テスタルトはオレの大切な国なんだ!オレも行く!」
シオンの気迫に押されたディーゼルは、一瞬考えた後に「勝手にすればいい」と一言。
赤いマントを着、剣を腰に差してシオンも家を出て行こうとしたとき
「おい、水臭いぞ。オレも連れて行け」
グレンが部屋から出てきた。話をきいていたのか、既に大剣を背に準備満タンだった。
その隣にはリコリスとメルもいた。
「もちろん私たちもいきます」
「まっかせてよ!」
「じゃ、行こうか」
ごく自然にいつの間にかそこにいたアルミオンが玄関でそう促した。瞬間移動のような素早さだ。
「僕の背中に乗っていかないと、皆テスタルトにいけないでしょ?」
最もだ。
ディーゼルは姿を変えて空を飛ぶわけでもなく、静かに浮遊して空を飛んでいた。
アルミオンファラールドラゴンの隣を同格のスピードで飛べる速さだ。
暗いラクシアスランド―テスタルト間を風をきって進んで行く。会話はない。緊迫した様子だった。
テスタルトへの道のりはとても長く感じられた。たった数十分の飛行でも焦らす気持ちが数時間にも感じられる。
「・・・あの村に大量のモンスターに襲われています!」
暗がりでも、メルの目は恐ろしいほどに冴えていた。あっちと、彼女が指さした方向へアルミオンが方向を変えていく。
ただ、ディーゼルは方向を変えることもなくひたすらにある方向に向っていた。
「あんた達はそっちの方向にいけばいい。私は行くところがある」
それだけいうと、二手に分かれていった。
アルミオンは襲われているという村の近くに着陸した。それからすぐにその村へ走る。
「グレン、大丈夫か?」
また酔って気分が悪くなったんじゃないかと、走っている途中にグレンを伺うと
「当たり前だ」
良好そうではないが、大丈夫ような強い声が帰ってきた。
「うわ・・・」
その村の様子をみて、メルが顔をゆがめた。
ひどく荒らされていて、村とは思えない虚無な姿に成り果てていた。
皆は、それぞれに武器を取り出し戦闘態勢を整えながら村の様子を調べて行く。
あらされた倉庫に散乱する食物、ぼろぼろに破壊された家に飛び散った血。倒れた人々。生存者はいなかった。
だた不思議なことにこんなに荒らされているのに、今モンスターは一匹もいない。
奇妙なほどにシンとしていた。
「ここは・・・ただモンスターの通り道なだけなんだ・・・!きっと奴らは別のところに向ってる!!」
アルミオンはしまった、と悔しさを隠し切れないようだった。
「きっとディーゼルはそっちの方に向ったはずだ。・・・モンスターの進むスピードからそんなに離れていないところ・・・」
「ここから遠くないところ・・・エルドフェルの町だ!」
シオンが叫んだ。
ディーゼルの向う方向と距離的に考えられるところといえば、そこしかない。
「行こう!」
暗がりの森の中、エルドフェルへ向って走った。
エルドフェルへはすぐに到着した。
5人はその光景に愕然とした。
モンスターがのさばり、町はまさに破壊されつつある。
町は混乱に陥り、逃げ惑う人々・・・耐えない悲鳴。
どこからか火がおこったのだろう、燃え盛る家。赤々と空を染めていた。
シオン、グレンはすぐさまその混乱に中に入っていき、モンスターたちを退ける。
アルミオンは、怪我をして動けない人たちの治療をして回った。
「ひどい・・・」
目の前に広がる地獄絵図にメルは少し怯んでいるようだった。リコリスは彼女の肩を軽くたたき励ますと、すぐにカードからモンスターを召喚し
「私はあっちにいってきます」と力強く言った。彼女のモンスターが村の人々に襲い掛かるモンスターを防ぎ、彼女自身は町の人を安全なところに誘導した。
なぜこんなにも大量のモンスターが、この町を集中的に襲われているのか。
斬っても斬ってもきりがない。
シオン、グレンは斬り続け、アルミオンがひたすら回復にまわり、リコリスは人々を避難させ続けた。メルは矢を番えてモンスターを正確に射ていく。
ただ、彼女は遠距離のモンスターを射るのには便利だが身近なモンスターには逆に不利だといえる。
彼女が番える間を見計らい、モンスターが襲い掛かってきた。
(やばっ・・・)
弓矢も間に合わない。彼女が目を瞑って、痛みに備えたとき「ぐあぁ」とモンスターのうめき声が響いた。
グレンの大剣の前にモンスターは倒れていた。
「大丈夫か?」
「う、ん。ありがとう・・・」
メルは不意のことに、頭がついていってないようだったがグレンを見、理解すると素直に礼を言った。
「くっそ、キリがないな。オレが、モンスターを払いのけるからその間にお前が射ろ」
グレンがそういって、メルの返答もきかず大剣を構えてモンスターのもとへ走って行くと、メルは矢を番えながらその背中を見つめた。
一方シオンはここに自分達よりも早く到着しているはずにディーゼルの姿を見ないことを不思議に思ってい、同時に不安に思っていた。
(何かあったのか?)
彼女に限って、そんなことはないと思うが・・・。
シオンたちにもそろそろ疲労の色が見える。何時間戦い続けているだろうか。
モンスターをまた斬りつけ、払いのけた。
そのときだった。
シオンの傍にあったまだ荒らされていない倉庫のドアが勢いよく開き、そこから出てきたディーゼルの姿をみたのは。
「ディーゼル!こんなところでどうしたんだ!?」
彼が近寄ると、彼女はこの町を恐ろしい、嫌悪の表情で見回した。
「・・・この町は・・・助けるに値する町ではない」
彼女の言葉が何を言ってるのか、分からないシオン。
「何をいって・・・」
「この町には襲われて当然の理由がある。まわりの森の木を伐採し、手当たり次第食物を採取し、まだ弱いモンスターたちの子供までもを毛皮としてはぎとっている」
シオンがちらりと彼女がでてきた倉庫をみると、そこには大量の食物や毛皮が納められていた。
「モンスターは食物も寝床も失い、子孫まで失ってこの町に復讐しようとしたのだろう」
彼女の表情は、この町への怒りに満ち溢れていた。この町の人々を助けようとする気は、ないらしい。
「ちょっと待てよ・・・。じゃあこの町の人たちの運命はこれでおしまいなのか?ディーゼルは人の運命を決める精霊だっていってたよな?」
シオンが、ディーゼルに詰め寄る。ディーゼルは一言もしゃべらない。
「人は誰だって過ちを犯す。でも、それを正すことはできる。そうして罪を償って生きることも必要なんじゃないのか?」
「・・・」
未だに黙ったままのディーゼルに、シオンの中の何かが弾けて感情的になり彼女の肩を掴んだ。
「フェーンフィートさんのようになりたいって・・・、命に変えてもこの国の民を守りたいってお前が言ってたじゃないか!こんな皆を見殺しにするようなこと、絶対しなかったはずだ!!」
声を荒らげてシオンは我に返った。しまった、と言ってしまってから気づいた。彼女は「ディーゼル」なのに・・・。
「フェーン・・・フィートさん・・・?」
ディーゼルが、呟く。そして、急に頭を抑えて苦しそうに地面にしゃがみこんだ。
「ディーゼル?大丈夫か?」
シオンも焦り、彼女を覗き込む。彼女は苦痛にうめきながら、しばらくしゃがみこんだままだった。何がなんだかわからない。
そして苦しみが和らいだのか、彼女が顔をあげた。
「・・・悪かった・・・」
シオンに一言だけ、そう謝ると彼女はすっと立ち上がった。
先ほどの怒りに震えた彼女ではない。いつもどおりの凛とした瞳だった。
「・・・目先のことにだけ捕われ、私はこの人たちの命を奪い取るところだった・・・」
ディーゼルは、胸の前で両手で三角形を作り、目を瞑って何かを呟く。呪文のようである。
シオンはその様子を黙ってみていた。いや、言葉を失い、体も動かなかったといっていい。ディーゼルが呪文を唱える様は、光を纏い、神秘的でそれに魅了されたようだった。
ディーゼルの目が開かれ、纏う光が強くなる。
「トライアングル・フィールド」
彼女がそう発すると、エルドフェルの町全体が白い光に包まれた。
エルドフェルの人々、それからアルミオン達、それにモンスターまでもその不思議な光に動きをとめた。
次の瞬間には、光は徐々に収束していった。光の収束とともにモンスターたちに光が集まり、その光はモンスターを包んだままふわりと浮かんで
西の森の方へ飛んでいった。
町にのさばっていたモンスターたちは、全て森の中へと返されていた。
今までのことが、ウソのように町は静かになり混乱はおさまっていったのだった。
「ディーゼル・・・すげー・・・!」
シオンは、ふぅと一息ついたディーゼルの手を掴んで子供のように無邪気に喜んだ。
「・・・犠牲も大きくなってしまったけど、これでしばらくはここも平和になるはず」
ディーゼルが言った。
「あぁ、ありがとう・・・・ん?」
今まで喜び勇んでいたシオンが突然、例の倉庫に目をむけた。そして、スタスタとその方向へ進んで行く。
その姿をディーゼルは訝しげに見ていた。どうしたのだろうか。
シオンが立ち止まったのは、毛皮が積んである場所。
「もう大丈夫だから、出ておいで」
優しい声でそういうと、毛皮の間から小さな頭がふたつ出てきた。人間の子供だった。
それは恐怖でカタカタと奮え、蒼白していた。
「モンスターはもういないよ。大丈夫だから」
シオンがそういると、安心したのか子供たちは声をあげて泣き始めた。
毛皮から飛び出て、シオンの足に飛びつき、泣きじゃくる子供の頭をシオンはわしわしとなでてやった。
ディーゼルは子供たちとシオンの様子を扉のところから、静かに見つめていた。
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