ペガサスの少年
「ええっと・・・フェネックバルトさん・・・ですよね?」
アルミオンとグレン、それから手伝いのためにメルも奥の部屋へ消えて行き、残ったのはシオンとリコリスとフェネックバルトだった。
何もないところだけど、とお茶らしきものを出してくれてシオンとリコリスは遠慮がちにテーブルにつき、それに手をつけた。
湯気が天井に向かって伸びている。
ごくっ
シオンが一口それを含む。
「うぐっ!?」
その瞬間に彼の目には涙が浮かんだ。目をさすようなにおいと味。腐った薬草のようなドロドロした液だった。
顔が真っ青になるほどだったが口から出すわけにもいかず、やっとの思いでそれを飲み込んだ。
「か、変わった味ですね・・・」
シオンがお茶らしきものを睨みながらそういうと、フェネックバルトは苦笑して
「あら、テスタルトの人達には合わなかったかしら・・・」
と、申し訳なさそうに呟いた。
とりあえずリコリスも、一口でも飲んだほうがいいのかと迷っていたが飲まないほうがいいと、目で合図を送っておいた。
「ところで、アルミオンさんもフィーナさんもこちらでずっと暮らしてたんですよね?小さいころはどんな子だったんですか?」
リコリスがふと顔をあげ、フェネックバルトに尋ねると彼女は優しく微笑んだ。
「きっとあなたが知ってるとおりのままよ。アルミオンファラールもフィーナレンスもほとんど変わってないわ。
二人ともしっかりしてて、でもどこか抜けてて。二人とも木登りが大好きで、よくカサカサと登ってたわ。
・・・フィーナレンスは昔のほうが柔らかい性格だったのかしらね」
「カサカサと・・・」
まるでトカゲだな、とシオンは思ったがあまりにも楽しそうにフェネックバルトが話すので口出しせずに黙って話しをきいていた。
「そうねぇ・・・フィーナレンスの性格が変わったのはやっぱりフェーンフィートが死んでからかしらね。
フィーナったら、1000年後の導き役になるんだって一人で意気込んじゃって。
それから今度はアルミオンファラールもテスタルトに行くんだってがんばっちゃって・・・。」
フェネックバルトは例のお茶らしきものをすすった。そしてひとつ、小さく息をついた。
「そして・・・こんなことになっちゃったのねぇ・・・」
悲しげな彼女の様子に声をかけることもできず、シオンもリコリスも黙ってフェネックバルトを見つめることしかできなかった。
お茶の湯気がただ上って行くだけで静止した空間のように思えた。
そのしんとした雰囲気にハッとなったフェネックバルトは空気を立て直すように慌てて
「そうだわ、グレンくん大丈夫かしら。酔ったなんてことになるときっとまだ時間はかかっちゃうでしょうから二人とも体を休めたらどう?
これから大変なんでしょう?」
と明るく振舞う。
「じゃあ・・・お言葉にあまえて・・・」
リコリスはスッと椅子をひいた。
「あ、オレは外を散歩してくるよ。いろいろみてみたいし・・・」
シオンは首を振りながらそう答えた。
「じゃあ、あんまり遠くには行かないでね。それから黒き森と呼ばれるところが南西のほうにあるの。そこには絶対近づかないでね」
ね、と念を押しながらシオンに言い聞かすフェネックバルト。あまりの彼女の気迫にシオンは黙って縦に首を振った。
それに満足したフェネックバルトは「じゃあ、いってらっしゃい。リコリスちゃんはこちらへどうぞ」とシオンに手を振り
リコリスを奥の部屋へ案内しに行った。
ここがラクシアスランドかぁ。全然実感ないなぁ。
シオンはのどかなその集落の風景をただぼーっと眺めていた。行きかう人々は確かに人ではない。
しっぽがあったり、肌の色が人のものじゃなかったり、不思議な光景だ。
人々にぺこりとお辞儀されてシオンも軽く礼をした。
だが村の風景はシオンたちの村、トールト村と何一つ違わない。
神の島っぽくない、そう思っていたがこれが本当の平和というものなのかもしれない。
気の赴くままに集落を歩いて周り、ふとある森が目についた。
黒い葉の茂った君の悪い森。ここだけ別世界のような信じられない森である。
これがフェネックバルトの行ってた立ち入り禁止の黒き森。フェネックバルトが念を押していた気持ちがわかったような気がした。
シオンは背中に悪寒が走り、くるりと向きを変えて来た道を引き返す。
大分時間も潰れたことだし、そろそろみんなのもとに戻ろうかと考えたそのとき、シオンの背中に何か堅いものが当った。
(・・・なんだ!?)
背中から感じるただならぬ気配に動きを止め、とまどいがちに剣の柄に手を伸ばす。
「お前がテスタルトからきた“勇者”なのか?」
背後から聞こえた声は、ドスのきいた低い声・・・ではなく少年のような幼い声だった。
訝しげに振り返ったシオンの額にゴンっと何かが突き刺さる。
「いて!?なんだ?!」
さっとすばやく相手から間をとり構えると、そこには以外なことに本当に自分と同じくらいの少年がいた。
ただし、どこかでみたことあるような角を頭の先につけた、少年だ。
「おーおー。さすがになかなか素早いなぁ。どんなものかと思ってずっとみてみたかったんだ」
少年は如意棒のような棒を担いで人懐っこくにこりと笑った。
きっとあの棒こそシオンの背中に突きつけていたものの正体だろう。ぽかんとするシオンを尻目に、少年はなんだか上機嫌だ。
「ずっとラクシアスランドじゃあ噂されてたんだよなー。ダークヴォルマを倒した勇者だって。
もっとムキムキのマッチョが来るのかを思ってたんだけど、案外普通だな」
「ええーっと・・・お前は・・・ペガサスなのか?」
少年の角からつま先までを見回しながら、シオンが訊いた。
「おぉ!よく知ってるな!!オレはディアってんだ。よろしくな」
「あぁ・・・よろしく。オレはシオンだよ。」
「なんだ?なんか元気ないな?」
「いや・・・知り合いのペガサスに変なしゃべり方する奴がいて・・・。みんなペガサスってあんなしゃべり方なんだと思ってたからさ」
「あぁ!もしかしてリースナージョのことか?・・・あいつは特別だよ。由緒正しい伝統ある石版(?)から生まれたとか言ってたから(byリース)なぁ」
「へ、へぇ〜・・・」
さすがリースだなぁとある意味感心させられる。リースもここで育ったんだった。
リースもまたここにつれてきてあげることが出来たらよかったのに、心のどこかでそう思う。
「あ、やべ。オレはそろそろ帰らないといけな――」
「シッオーン!!」
と、メルの声が数メートル先から聞こえだした。そちら側と見ると元気に走りながら彼女がやってきている。
「グレンの様子が良くなってきたよ――って、友達?」
シオンの前まで来ると、メルは立ち止まりディアを見て言った。
「あぁ、うん。今知りあったんだけどね」
「ディアだ。お前もシオンの仲間なんだろ?よろしく!」
「うん、よろしくね」
ディアのフレンドリーな性格にメルはすっかり親しみを感じようだ。だが、会話に華を咲かせる間もなくメルはシオンのほうに首を向けて
「そう!アルミオンがそろそろ出発するからって。シオンも準備はいいよね?」
みんなもう待ってるよー、と加えてメルは言った。
「そっか。グレンも良くなってよかったよかった!じゃあ、さっそく行くか」
二人がディアに別れを告げて、立ち去ろうとしたときディアがシオンの腕をぐっと掴んだ。
「なぁ!オレも行っていいか?」
「は?」
その突拍子もない発言にびっくりした。ペガサスとはみんなこうなのだろうか?
「オレ、きっと足手まといにならないよ。お前達の活躍も見てみたいし、オレも役に立ってみたいんだ」
ディアの真剣な表情に、シオンも渋る。その前に腕も痛い。
「じゃあ・・・人数は多いほうがいいし、ディアも一緒に行くか?」
シオンの背中に棒をつきたて、殺気だたせた少年だ。きっと腕に自信はあるに違いない。
「おぉ!伝説の勇者は心が広いな!そーこなくっちゃ!」
ぱっとシオンの腕を放し、はしゃぎだす姿は幼児のよう。
シオン、メル、それからディアの3人はアルミオンとリコリスの待つフェネックバルトの家のほうへ急いでいった。
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