ディーゼルホフス





延々と歩き続け、アルミオンたちの集落へ戻ってきたのは夕刻のこと。

しかし休む間もいれず、シオン達は『神』のいる神殿へと急ぐ。

大きな柱がそびえたつ小さな回廊。そこを緊張ぎみに歩き、奥の聖堂へと向う。

と、シオン達の前に石でできた両開きの扉が見えてきた。

「うわぁ、大きいですねー・・・」

リコリスが、扉を呆然と眺めている。リコリスが前に立つとその大きさが特に際立って見えた。

「この奥に神様がいるよ」

アルミオンが触れると、その重そうな扉はいとも簡単に開いていく。

シオンの夢の中で、話かけ続けた『神』との対面。シオンは瞬きをするのも忘れ、扉の奥を見つめた。

薄暗い聖堂にいたのは、何やら僧侶のような格好をした『人』。目深の帽子にベールで、顔は見えない。

魔方陣の前で何やら唱えており、その陣の中心には例の石版があった。

その姿は神々しい・・・とはいえるものではなかった。見かけは自分達と何も変わらないように見える。

しかし、その放つオーラは全く人のものとは思えない。踏み入れたことのない領域に入り込んだような気がして足も竦みそうだ。



『・・・皆さん、エネルギー体を持ってきてくれたのですね』



恐らく、神様が発した言葉。しかし、それは耳から伝わるのではなく直接頭に伝わってくるような感覚だ。

シオンが、エネルギー体を急いで取り出して神の近くへ寄っていく。そしてそれを両手で差し出した。神もそれを受け取る。まるで
空気が触れたかのような、柔らかくて暖かい感触だった。

神はエネルギー体を石版の近くに置き、再び呪文を唱え始める。

すると、エネルギー体がカタカタと震えだすと共に石版から真っ白な光が漏れ始めた。

「これは・・・そろそろ甦るときだな」

ディアが石版を見つめながら言う。6人はドキドキとその召喚を見守る。ただ、期待よりも不安のほうが大きい。

石版の光は一層強くなっていく。

そして次の瞬間。眩しい光が神殿一体を包み込んだ。

「うわッ」

「眩し・・・ッ!!」

皆の悲鳴にも近いような声がした。

そしていつの間にか、光はすっとおさまっていく。

瞑っていた目をようやく開くが、さっきの光の衝撃でいまだにはっきりと物が見えない。感度のいいメルは、余計つらそうである。



目が慣れてきたシオンは、魔方陣の中央に立つ召喚獣・・・いや、召喚されたモノを凝視した。

一瞬頭が真っ白になり夢や幻覚を見ているのかと、何度も目を擦り確認したが・・・

「・・・フィーナ?」

シオンの声はようやく絞り出されたように小さいものだった。そう、目の前にいるのはあのフィーナにそっくりなのだ。

白い肌。肩ほどまでしかないが、深い緑色の髪の毛。そしてエメラルドのように光る瞳。

彼女はシオンの方をじっと見据える。

「神様、これって一体・・・!?」

「この人、フィーナじゃん!」

アルミオンとメルが同時に神に向って投げかけた。アルミオンの声はほとんどかき消されていたが。

「ん?でもこいつ、耳も額もドラゴンのものじゃないぞ?」

ディアの一言で、皆の注目は彼女の耳と額に集まる。

「本当ですね。まるで人間みたいな・・・」

リコリスの言うように彼女の耳は尖ってなく、額に真紅の宝石もついていない。リコリスやシオンと同様の容姿をしている。

再び生じた疑問で、注目が神にまた集められた。

『いいえ。この子は神族の召喚獣でしょう。・・・人間を司る精霊ディーゼルホフスです』

神はようやく口を開き、彼女――ディーゼルホフスに向き直った。

「はじめまして。人間精霊、ディーゼルホフス誕生しました」

ディーゼルホフスは、片膝をつき神に丁寧にそういった。

「声までフィーナさんですね・・・」

リコリスが、苦笑しながら言った。ただ、口調は少しフィーナよりも柔らかく感じる。

「じゃあ・・・ディーゼルホフスとフィーナレンスドラゴンは全くの無関係・・・ということですか?」

アルミオンが尋ねると、神は首を横に振った。

『いいえ。残念ながら今のところよく分かりません。人間の精霊なんて前代見聞ですから。

一体、彼女の石版がどうしていきなり出現したのか・・・。傷ひとつない石版だったので、新しいものでしょう』

つまりはこれ以上質問してもわからないってことだろう。

『とりあえず、今日は皆お帰りなさい。ディーゼルホフス、あなたはフェネックバルトの家にいってらいっしゃい』

「はい」

神の一言で、ディーゼルホフスは魔方陣から離れる。そして何だかすっきりしないという足どりで帰っていく皆の後ろをついて歩いた。



「なぁ」

帰り道、シオンはディーゼルホフスの方を振り返り、徐々に歩く速度を緩めて彼女の隣にならんで話しかけた。

「なに?」

ディーゼルホフスがシオンをに聞き返す。

「もしかして・・・オレのこと知ってたりしない?」

我ながら間抜けな質問だと思ったが、シオンは真面目に尋ねた。しかし

「しない」

彼女のその即答の一言だけで会話は終了した。シオンは、あははと乾いた笑い声を上げてそれからは話しかけなかった。

(なんか調子狂うんだよなー・・・。『寝ぼけてるのか』とか罵声のひとつやふたつ飛んでくると思ったのに)

ディーゼルホフスとフィーナは何かが違う。ディーゼルホフスはフィーナほど、ピリピリとした空気を持っていないのだ。







「ただいまー」

ディアが家のドアを開くと同時に、叫んだ。彼に続き、アルミオン、グレン、メル、リコリス、シオン、そしてディーゼルホフスが家に続々と入ってきた。

「おかえりなさい。疲れてるでしょう。今何か温かいものを・・・って・・・」

皆の帰宅を温かく迎えてくれたフェネックだが、一番最後にやってきたディーゼルホフスを見て目が点になっている。

「フィーナ・・・?」

「ちっちっち。フェネックさん。これはフィーナじゃなくてディーゼルホフス。いわゆるディーゼルだ」

ディアが、ぽかんとしてるフェネックにディーゼルホフスの紹介をする。

「まぁ、いわゆるディーゼルっていうのは今勝手にディアが言っただけなんだけど」

アルミオンが付け加える。

「確かにディーゼルホフスって呼ぶのは長いからね」

この一連の会話をきいていたフェネックは我にかえって、そうなのと呟いた。

「じゃあディーゼル。あなたも遠慮しないでゆっくりしていってね」

フェネックがにこっとディーゼルに微笑んだ。

「・・・ありがとう」

ディーゼルもかすかに微笑み、この気遣いを素直に受け止め礼を言った。





『シオン、明日神殿においでなさい。少しながらディーゼルホフスのことがわかりました』



夢の中で、神様からの声が届いたときシオンの意識は半分ほど目覚めた。

しかしまだ布団から出たくなく、布団をかぶって寝返りをうつ。その時、シオンの肩が軽く揺すられる。

一体何だ、と思ってそちらのほうを気だるく見ると

「おおわっ!!」

思わずシオンは飛び起きた。

「・・・ディーゼル!いつの間に!!」

シオンの肩を揺すっていたのはディーゼル。寝ているシオンの間近くまで顔を寄せていた。

フィーナと同じ顔が間近くにあるっていうことは、さまざまな意味で心臓に悪かった。

「あの白竜・・・アルミオンが、あんたを起こしてっていったから」

ディーゼルが距離を置き、踵を返して言った。

「あ、あぁ。どうも・・・」

シオンは、部屋を出て行くディーゼルの後姿にお礼を言った。

パタンと閉められたドアを呆然と眺める。全く今の環境が奇妙で仕方がない。

シオンの心境も複雑だった。

しかし夢見で神殿に来るように言われていたのもあり、シオンは手早く準備を済ませて部屋を出る。

居間にいたのは、グレンとディア、フェネック、そしてディーゼルとメルだった。

5人でテーブルを囲んでなにやら団欒中だ。

「よぉ、シオン。早かったな」

グレンがいち早くシオンに気づく。お前にしては、とぼそりと付け加えたのは聞かなかったことにしよう。

それからメル、ディア、フェネックにも挨拶を済ましたところでシオンが尋ねた。

「リコリスと、アルミオンは?」

「リコリスはモンスターに水やり、アルミオンは水汲み、ってことで二人とも川へ行ったよ」

メルが答える。彼女の両手には温かいお茶のカップがにぎられている。

独特な臭いがするのでどうやら、ラクシアスランドにしかないもののようだ。

「そっか・・・」

アルミオンがこの手の話に一番理解しているので、彼に一緒に神殿に行ってもらおうと思ってたのだがそれでは仕方がない。

そして居間の5人は久しぶりにゆっくりとした時間を過ごしているのだ。わざわざ神殿まで足を運ばすのも気がひける。

「オレもちょっと出かけてくるよ」

シオンは散歩にでも行くように、家を出て行った。



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