人間精霊



アルミオンとリコリスは集落の近くの川で、水を汲んでいた。

川のせせらぎと、木に囲まれた風景がとても美しい場所だ。

リコリスのモンスターたちは自由に水で遊んでいる。ペットのように無邪気である。

「アルミオンさん、ディーゼルさんのことどう思います?」

バケツに水を汲みつつ、リコリスはアルミオンになんとなくきいた。

すると、アルミオンは手を休めることなく答えた。

「フィーナに似てる、とは思ってるよ」

「シオンさんは・・・大丈夫でしょうか」

「シオンさんが一番複雑な気持ちだろうね。きっと、フィーナのときの負い目だって感じてると思うし・・・」

リコリスがアルミオンのほうへちらりと視線をやる。

「はい・・・」

「まぁ、彼女はフィーナとは全くの別人。そう考えて接した方が気が楽かもね」

アルミオンだって、フィーナとの付き合いは長い。それを全くリセットしてディーゼルと向き合わなければならないのは苛立ちを感じるだろう。

それなのに、それを微塵を見せないアルミオンをリコリスは素直に感心していた。

「アルミオンさんはすごいですね・・・」

「そんなことないよ。・・・フィーナは正直、気丈に振舞いすぎてたんだ。

不謹慎かもしれないけど今のディーゼルを見てるほうが僕は楽かもね。

よし、そろそろいいかな」

水を汲み終わったアルミオンは、ふぅと一息つく。

「では、戻りましょうか」

リコリスはモンスターたちをカードに封印し、水の入ったバケツひとつを手に持った。アルミオンのほうは両手にひとつずつバケツを持っている。

「そうだね、もうお腹も減ってきたし。帰ったら準備しようか」

にこっとアルミオンは微笑んで、言った。







一方、シオンは一人で足早に神殿に向った。

緊張ぎみにそっと中をのぞく。すると

『お待ちしておりました』

不意に話しかけられて、ビクッと肩を震わせた。

「え、えーと、こんにちは」

神様は昨日と同じ姿のまま。顔はやはり見えない。そして、部屋の中央に立っていた。





石を粗く削ったようなイスに向かい合うように座った二人。

薄暗い室内だが、日の光が優しく照らしていた。まるで防音されているかのように音は一切ない。

それが余計、緊迫感を演出している。

『シオン。彼女、ディーゼルホフスはフィーナレンスドラゴンの生まれ変わりなのです』

神はいきなり本題を話始めた。

「え・・・え!?」

シオンの目が丸くなる。何かしゃべろうとしても声が出ないようだ。

『生物の生まれ変わりは、魂の転生。再び魂がこの世に宿ることです。

フィーナレンスドラゴンの魂は、なにやらこの世に強い思い入れがあり再びこの世に戻ってきたのでしょう』

神は淡々と話を進める。

「え、でも転生って・・・ラフィスは記憶があるじゃないですか?」

シオンが不安げに尋ねると

『ラフィスは例外だと思ってください。ダークヴォルマに対抗するため、私がわがままで転生させただけです。記憶、能力はそのままに』

つまり、ディーゼルにはフィーナとしての記憶は全くない。

「ということは、ディーゼルとフィーナは全くの別人ということですか」

『いいえ。そうとも言い切れません。強い思い入れがあり転生してきたゆえ、過去生を思い出す可能性もあるでしょう。

ただ、今の彼女は<フィーナレンスドラゴン>としての記憶がすっぽりと抜けてしまっているでしょう』








あれからシオンはフェネックの家へと帰っていった。

いきなりあんな告白を受け、シオンの頭は正常に働いていなかった。

頭の中でいろいろな事がグルグルと回っている。

午前中にフェネックの家を出たのだが、もうお昼をまわってい、お腹もぺこぺこだった。

だからこそ、余計思考回路が働かないのもある。

「ただいまー」

シオンが家のドアを開くと、アルミオン、リコリス、グレン、リコリス、ディア、メル、フェネック、そしてディーゼルがテーブルに着席してい、一斉にシオンに視線を注い
だ。

それに一瞬たじろぐシオン。一体何事か。なにやら気まずい空気。

「シオンさん!いいところに帰ってきたね!お腹空いてたでしょ」

アルミオンが笑顔で近寄ってき、テーブルへ彼を勧める。

成り行きのまま席につくシオンだが、やはりみんなの視線が痛い。

しかしその訳はすぐに理解できた。

テーブルの上にあるのは、おそらく昼食と思われるもの。

いろんな色が交じり合っててもう、何を作ったかは理解できないが。

そこでディーゼルが一言、

「スパゲッティ・・・」

そう、みんなが注いでいたのは同情の視線。シオンは実験体なのだ。

食べざるを得ない状況になり、シオンは

「うわぁ、オレお腹すいてたんだー・・・」

フォークを握る。もうヤケだ。

「・・・いただきます」

パスタなんてもう入ってないように思える。ソースは何がかかってるのかさっぱりだ。

が、それを一掬いして口に運んだ。

口に入れた瞬間、頭の中で何かが破裂したようだった。口いっぱいにもう食べ物とは思えないような物体が広がり、シオンの顔色はみるみると青くなっていった。

持っていたフォークも思わず落ちて音を立てた。そのまま、机にうつ伏せてもがいていると皆の様子が一変した。

「ごめーん、私急用があるんだよね!急がなきゃ」と、メル。

「わ、私もちょっと用事が」とリコリス。

「ごめんなさい、私さっき御飯食べちゃってお腹いっぱいなの」とフェネック。

「僕、昨日からお腹壊してて。御飯食べれないかな」とアルミオン。

「オレ、スパゲッティクリームソースは死ぬほど嫌いだから」とグレン。

「ええーとぉ・・・、オレ、今週断食中なんだよなー」とディア。

皆なにかと理由をつけて、部屋から散ってしまった。













シオンは腹痛と格闘して30分、ようやくトイレから出てきた。

ふぅ、と疲労しきったため息を吐いていた。

ダイニングは、相変わらずガランとして誰もいない。ディーゼル以外は。

テーブルにつくディーゼルの前には空っぽになったお皿。

彼女は一人で、あの料理を食べきったらしい。彼女の料理の腕よりも、お腹の丈夫さに驚きだ。

「ディーゼル、オレ、たまたま調子悪かっただけだから」

さすがに気まずいのか、ディーゼルを気にして出来る限りのフォローをシオンはした。

するとディーゼルはさして気にとめる様子もなく、こくんと頷く。

そしてまた会話がなくなり、しんとした空気が流れる。



「なぁ、ディーゼル。ちょっと村の周りを散歩してみないか?」







ぽかぽかとした午後なので、外に出かけるのが心地よかった。

シオンの一言で二人は集落の近く――午前中にアルミオンとリコリスが水を汲みに行った川原を散策しながら歩いている。

「ディーゼルはさ、人間精霊だっていうけどどんなことするんだ?」

シオンがきいた。すると、ディーゼルが当然のように答えた。

「私は人間の運命を司る。ラクシアスランドからの干渉を避けさせたり、場合によってはその運命をつなげたり」

「運命を繋げる?」

「・・・簡単にいえば、命を守るっていうこと」

「へぇー!かっこいい仕事だな」

シオンが感心してディーゼルに笑いかけるも、彼女は「そう?」とどうでもよさそうな返事だ。

二人は川にそって上流に向ってゆっくりと歩いて行く。日の光を反射した川面が眩しいくらいに光っていた。

「懐かしいなー。昔はよくこんな道も歩いてたっけ」

シオンはしみじみという。2年前はこんな道も景色を見る間もなく進んでいたっけと。

「昔?」

数歩後ろを歩くディーゼルが尋ねた。

「そう。昔、アルミオンとリコリスとメル・・・それからテスタルトの王国の人間と・・・フィーナと」

シオンが、指折り数えながら名前を列挙していく。

すると、フィーナという名をきいたと同時にディーゼルの足が止まった。

シオンも不思議に思って足をとめてディーゼルを見た。ディーゼルもシオンを見ていた。

「ねぇ、フィーナってどんな人?この島の人たちは私を見るたびに驚いたようにその人の名前を呼ぶ」

ディーゼルは側にあった大きな岩に腰を下ろす。視線はシオンから川面に移った。

シオンもディーゼルに近づき、彼女の横にある岩に座った。

「ディーゼルとフィーナは似てるかもな。外見はだけど。フィーナはもっと傲慢で、冷徹で、恐かったからなー」

シオンは軽く笑う。正直、今のディーゼルにフィーナの感情が少しでもあれば今頃殺されているだろう。

「でも、きっと一番命の大切さを分かってたと思う」

さっきとは違い、今度は真面目な表情。

「ディーゼルはディーゼルのまま気にしなくていいと思う。ディーゼルの良さにも皆きっとすぐに気づいてくれるって」

「私のよさ?」

「そっ。ディーゼルは・・・反応は薄いけど・・・その、優しいし、素直じゃん」

するとディーゼルは、静かに頷いた。そして嬉しそうな笑みを浮かべた。

こんな風に軽く笑うディーゼルはみたことがない。

シオンは言葉も失ってディーゼルに見とれていた。

しかしディーゼルが静かに立ち上がって、川下の方へ帰っていくのをみて我に返った。

「ちょ、ディーゼル!も一回笑って!!」

シオンも急いで立ち上がり、ディーゼルの後を追いながら叫んだ。

そんな彼の姿は滑稽にも見える。

「おもしろくもないのに、笑えない」

ディーゼルは足をとめずに、シオンにばっさりと言い放つ。



二人はこうして集落に帰っていった。



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